顕花植物の多くは、風媒花ではない限りは受粉に花粉媒介者を必要とします。植物と花粉媒介者との関係において、非常に特殊化した例として有名なのはイチジクとイチジクコバチでしょう。お互いに特殊化した関係性を持ち、これを絶対送粉共生と言います。イチジクコバチの例はよく植物関連の書籍でも取り上げられています。イチジク以外の例としては、コミカンソウとハナホソガや、ユッカとユッカガも稀に取り上げられることもあります。これらは非常に面白く気になっていたので、今回少し調べてみることにしました。
しかし、当ブログは広義には植物ブログであり、記事は必ずしも多肉植物に限らないわけですが、出来る限りは多肉植物を中心としておりますわけで、一応は多肉植物の範疇とされることもあるユッカについて取り上げげさせていただきます。まあ、イチジクとイチジクコバチについては、あまりに有名で今更ですからね。
さて、というわけで本日ご紹介するのは、Yaron Ziv & Judith L. Bronsteinの1996年の論文、『Infertile seeds of Yucca schottii: a beneficial role for the plant in the yucca-yucca moth mutualism?』です。
ユッカ・スコッティイ
Yucca schottiiはアリゾナ州の山岳地帯、標高1200〜2400mに自生する森林植物で、オーク林の低地から松林に生えます。Y. schottiiは多年生かつ多結実性で、花序は6月中旬頃に芽が出現し、花茎は12〜14日で急激に伸びて開花します。受粉後は25〜30日で果実は生長しますが、種子の成熟にはさらに1ヶ月かかります。
ユッカ蛾
Y. schottiiにはTegeticula yuccasellaとParategeticula polleniferaという2種類の蛾が共生しています。T. yuccasellaはほぼすべてのユッカと共生しますが、P. polleniferaはY. schottiiとY. elephantipesのみと共生します。
この研究が行われた場所では、T. yuccasellaが圧倒的に多く見られます。T. yuccasellaはユッカの開花期にユッカの近くの地中にある蛹から羽化し、ユッカの花の中で交尾をします。雌は開花したばかりの花で花粉を集めてから、別の花に行き子房に産卵し、集めた花粉を柱頭に付けます。
幼虫は6つある子房の房の1つで生育し、近くの種子を食べます。約4週間後に幼虫は果実から出て地中に繭を作り、翌年の夏まで地中に留まります
相利共生のベネフィット
ある種が単独で存在するよりも、他種と共存する方が利益が高い場合、その2種間の関係性は相利共生であるとみなされます。2種が完全に相互に依存し合う場合を絶対相利共生と言い、典型的な例としてユッカとユッカ蛾の関係性が挙げられます。
相利共生を維持するためには、互いが互いに対して報奨を与える必要があります。通常はエネルギーと栄養素の分配が必要であるため、何らかのコストを伴います。純コストと利益のバランスが、それぞれの純利益を決定します。よって、相利共生の関係性を評価するためには、それぞれの種のコストと利益を調べる必要があります。
コストをかけて花蜜を生産することにより、利益として花粉媒介者に花粉の散布と運搬を行う一般的な相利共生では、コストと利益が比較的無関係です。しかし、ユッカとユッカ蛾の関係性では、ユッカの種子がユッカ蛾の幼虫の食糧となるため、コストと利益は密接に関係しています。ユッカ蛾による受粉により生産される種子は増えますが、一方で幼虫が食べる種子が多いほど種子は減少します。これは、相利共生者間の根本的な葛藤を示しています。
調査
著者らはアリゾナ州ツーソンで、Y. schottiiのユッカ蛾の幼虫の脱出口のある果実を集めました。果実を解剖し、6つある小室の配置を調べました。つまり、ユッカ蛾に食害された種子と食害されなかった種子、受粉した種子(稔性種子)と受粉していない種子(不妊種子、infertile seeds)です。受粉した種子は厚みがあり黒く、受粉していない種子は薄くて白いため容易に区別がつきます。食害された種子は穴が空いています。また、他の昆虫の影響により枯れたり虫癭が出来た小室は解析から除外されました。採取した年によっては甲虫による食害が盛んだったため、ほとんどのデータを除外せざるを得ませんでした。さらに、見られたのはほとんどがT. yuccasellaであり、P. polleniferaは極わずかで、しかも甲虫による食害との区別が難しく正確に評価出来ませんでした。
稔性種子と不妊種子
ユッカ蛾の幼虫は別の小室に移動することは稀(約2%)であったため、データは小室ごとに分析しました。
ユッカ蛾が寄生と不妊種子は関係があるか調査しました。幼虫がいる小室といない小室で、不妊種子の割合を比較しました。結果、1992年の調査では有意差は見られず、1993年の調査では有意差が見られました。よって、ユッカ蛾の寄生により、不妊種子の割合は寄生されていない種子と同程度か、あるいはより多く見られるということです。
次にユッカ蛾の幼虫が、稔性種子と不妊種子のどちらを好むかを調査しましたが、不妊種子を好む傾向は見られませんでした。また、幼虫による不妊種子への損傷が稔性種子より大きいか調査しましたが、稔性種子をより多く食害しました。
不妊種子の意義
不妊種子の存在は、ユッカ蛾の幼虫が食べる種子の数を減らすのでしょうか。幼虫が稔性種子を好む、あるいは不妊種子を避ける場合、食害される種子の数は不妊種子の存在により左右される可能性があります。
幼虫に食害された種子の総数は、不妊種子が増えるほど減少しましたが、稔性種子が増えても減少しませんでした。このことから、不妊種子は幼虫の食害を阻害し、食害される種子の数を制限する役割があることが分かります。ただし、食害は減少しますが阻止しているわけではありません。
この、相利共生の根底にある「パートナーシップの葛藤」、つまりはパートナーが課すコストを削減すると、相利共生者の方がより利益を得られる可能性があり、この相互作用を安定化させるのかも知れません。こうした形質は、特に資源が限定され、消費により相利共生者の利益が減少する可能性がある場合には不可欠です。不妊種子の存在は食害される稔性種子を減らすことにより、Y. schottiiに有利かも知れません。
不妊種子の発生原因
不妊種子の発生原因はよく分かっていません。3つの仮説があります。Riley(1892)はユッカ蛾の産卵管が胚珠を傷つけたり、種子の発育を妨げることで、産卵部位の果実が狭窄する可能性を示唆しました。実際に狭窄部の両側に不妊種子が頻繁に見られましたが、全体的に見られる不妊種子とは明確に異なります。次に、Powell(1984)とAddicott(1986)は、花粉の輸送が不十分だと胚珠が発育しない可能性を述べています。しかし、Powell(1984)によると、ユッカ蛾の密度が高い場合でも不妊種子があるため、花粉が受粉の制限要因ではないのかも知れません。最後にもっとも可能性が高いAddicott(1986)の指摘で、種子の発育に必要な資源が不足するため発育が阻害される可能性です。
相利共生と進化
著者らは不妊種子がユッカ蛾の食害を避けるために進化したと主張しているわけではありません。しかし、不妊種子の発生原因が何であれ、不妊種子が散在することがユッカにとって有利になる可能性があります。さらに言えば、有益な効果を発揮するために、不妊種子が発生するならば無秩序に散在するように進化した可能性もあります。
最後に
以上が論文の簡単な要約です。
ユッカとユッカ蛾の関係についての内容ですが、相利共生における互いのコストと利益について深掘りしています。相利共生は一見して互いに協力関係を結んでいるように見えますが、進化論的に見るならばこれはたまたま互いに利益になるから偶然そうなっているだけでしょう。ですから、互いに相手を出し抜こうとし、最大限自身に有利な関係性を指向するのです。もちろん、片方が有利になり過ぎれば関係性が破綻してしまう可能性もあるでしょうし、場合によっては相手に従属を強いるかも知れません。共生関係は平和に見えますが、実は互いに競争があるかも知れません。このような視点から見れば、また世界が違った姿で見えることでしょう。非常に面白い論文でした。
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さて、というわけで本日ご紹介するのは、Yaron Ziv & Judith L. Bronsteinの1996年の論文、『Infertile seeds of Yucca schottii: a beneficial role for the plant in the yucca-yucca moth mutualism?』です。
ユッカ・スコッティイ
Yucca schottiiはアリゾナ州の山岳地帯、標高1200〜2400mに自生する森林植物で、オーク林の低地から松林に生えます。Y. schottiiは多年生かつ多結実性で、花序は6月中旬頃に芽が出現し、花茎は12〜14日で急激に伸びて開花します。受粉後は25〜30日で果実は生長しますが、種子の成熟にはさらに1ヶ月かかります。
ユッカ蛾
Y. schottiiにはTegeticula yuccasellaとParategeticula polleniferaという2種類の蛾が共生しています。T. yuccasellaはほぼすべてのユッカと共生しますが、P. polleniferaはY. schottiiとY. elephantipesのみと共生します。
この研究が行われた場所では、T. yuccasellaが圧倒的に多く見られます。T. yuccasellaはユッカの開花期にユッカの近くの地中にある蛹から羽化し、ユッカの花の中で交尾をします。雌は開花したばかりの花で花粉を集めてから、別の花に行き子房に産卵し、集めた花粉を柱頭に付けます。
幼虫は6つある子房の房の1つで生育し、近くの種子を食べます。約4週間後に幼虫は果実から出て地中に繭を作り、翌年の夏まで地中に留まります
相利共生のベネフィット
ある種が単独で存在するよりも、他種と共存する方が利益が高い場合、その2種間の関係性は相利共生であるとみなされます。2種が完全に相互に依存し合う場合を絶対相利共生と言い、典型的な例としてユッカとユッカ蛾の関係性が挙げられます。
相利共生を維持するためには、互いが互いに対して報奨を与える必要があります。通常はエネルギーと栄養素の分配が必要であるため、何らかのコストを伴います。純コストと利益のバランスが、それぞれの純利益を決定します。よって、相利共生の関係性を評価するためには、それぞれの種のコストと利益を調べる必要があります。
コストをかけて花蜜を生産することにより、利益として花粉媒介者に花粉の散布と運搬を行う一般的な相利共生では、コストと利益が比較的無関係です。しかし、ユッカとユッカ蛾の関係性では、ユッカの種子がユッカ蛾の幼虫の食糧となるため、コストと利益は密接に関係しています。ユッカ蛾による受粉により生産される種子は増えますが、一方で幼虫が食べる種子が多いほど種子は減少します。これは、相利共生者間の根本的な葛藤を示しています。
調査
著者らはアリゾナ州ツーソンで、Y. schottiiのユッカ蛾の幼虫の脱出口のある果実を集めました。果実を解剖し、6つある小室の配置を調べました。つまり、ユッカ蛾に食害された種子と食害されなかった種子、受粉した種子(稔性種子)と受粉していない種子(不妊種子、infertile seeds)です。受粉した種子は厚みがあり黒く、受粉していない種子は薄くて白いため容易に区別がつきます。食害された種子は穴が空いています。また、他の昆虫の影響により枯れたり虫癭が出来た小室は解析から除外されました。採取した年によっては甲虫による食害が盛んだったため、ほとんどのデータを除外せざるを得ませんでした。さらに、見られたのはほとんどがT. yuccasellaであり、P. polleniferaは極わずかで、しかも甲虫による食害との区別が難しく正確に評価出来ませんでした。
稔性種子と不妊種子
ユッカ蛾の幼虫は別の小室に移動することは稀(約2%)であったため、データは小室ごとに分析しました。
ユッカ蛾が寄生と不妊種子は関係があるか調査しました。幼虫がいる小室といない小室で、不妊種子の割合を比較しました。結果、1992年の調査では有意差は見られず、1993年の調査では有意差が見られました。よって、ユッカ蛾の寄生により、不妊種子の割合は寄生されていない種子と同程度か、あるいはより多く見られるということです。
次にユッカ蛾の幼虫が、稔性種子と不妊種子のどちらを好むかを調査しましたが、不妊種子を好む傾向は見られませんでした。また、幼虫による不妊種子への損傷が稔性種子より大きいか調査しましたが、稔性種子をより多く食害しました。
不妊種子の意義
不妊種子の存在は、ユッカ蛾の幼虫が食べる種子の数を減らすのでしょうか。幼虫が稔性種子を好む、あるいは不妊種子を避ける場合、食害される種子の数は不妊種子の存在により左右される可能性があります。
幼虫に食害された種子の総数は、不妊種子が増えるほど減少しましたが、稔性種子が増えても減少しませんでした。このことから、不妊種子は幼虫の食害を阻害し、食害される種子の数を制限する役割があることが分かります。ただし、食害は減少しますが阻止しているわけではありません。
この、相利共生の根底にある「パートナーシップの葛藤」、つまりはパートナーが課すコストを削減すると、相利共生者の方がより利益を得られる可能性があり、この相互作用を安定化させるのかも知れません。こうした形質は、特に資源が限定され、消費により相利共生者の利益が減少する可能性がある場合には不可欠です。不妊種子の存在は食害される稔性種子を減らすことにより、Y. schottiiに有利かも知れません。
不妊種子の発生原因
不妊種子の発生原因はよく分かっていません。3つの仮説があります。Riley(1892)はユッカ蛾の産卵管が胚珠を傷つけたり、種子の発育を妨げることで、産卵部位の果実が狭窄する可能性を示唆しました。実際に狭窄部の両側に不妊種子が頻繁に見られましたが、全体的に見られる不妊種子とは明確に異なります。次に、Powell(1984)とAddicott(1986)は、花粉の輸送が不十分だと胚珠が発育しない可能性を述べています。しかし、Powell(1984)によると、ユッカ蛾の密度が高い場合でも不妊種子があるため、花粉が受粉の制限要因ではないのかも知れません。最後にもっとも可能性が高いAddicott(1986)の指摘で、種子の発育に必要な資源が不足するため発育が阻害される可能性です。
相利共生と進化
著者らは不妊種子がユッカ蛾の食害を避けるために進化したと主張しているわけではありません。しかし、不妊種子の発生原因が何であれ、不妊種子が散在することがユッカにとって有利になる可能性があります。さらに言えば、有益な効果を発揮するために、不妊種子が発生するならば無秩序に散在するように進化した可能性もあります。
最後に
以上が論文の簡単な要約です。
ユッカとユッカ蛾の関係についての内容ですが、相利共生における互いのコストと利益について深掘りしています。相利共生は一見して互いに協力関係を結んでいるように見えますが、進化論的に見るならばこれはたまたま互いに利益になるから偶然そうなっているだけでしょう。ですから、互いに相手を出し抜こうとし、最大限自身に有利な関係性を指向するのです。もちろん、片方が有利になり過ぎれば関係性が破綻してしまう可能性もあるでしょうし、場合によっては相手に従属を強いるかも知れません。共生関係は平和に見えますが、実は互いに競争があるかも知れません。このような視点から見れば、また世界が違った姿で見えることでしょう。非常に面白い論文でした。
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