植物の中には樹液にゴム質を含むものもあり、植物を傷つけるとやや粘着質な白い乳液を出します。一般的に乳液が白いのはゴムの色によるものでしょう。一部、白色ではない乳液を持つ植物もありますが、やはり白色の乳液が圧倒的多数です。多肉植物で乳液と言えばユーフォルビアですが、Fockea edulisなども乳液を出します。ということで、本日は乳液の色についての論考を取り上げましょう。参照とするのはSimcha Lev-Yudunの2014年の論文、『Why is latex usually white and only sometimes yellow, orange or red? Simultaneous visual and chemical plant defense』です。
植物の乳液とは何か
乳液は植物の化学的・物理的な防御手段として広く用いられ、傷がつくと乳管から分泌されます。乳液は複数回に渡り誕生しており、乳液を持つ植物は40科以上、2万種以上が知られています。
植物の乳液は草食動物、特に昆虫の食害から防御します。さらに、真菌や細菌からも植物を守ります。さらに、乳液は傷を塞ぐ役目もあります。乳液にはアルカロイドや強心配糖体、テルペン、消化タンパク質などの様々な生理活性物質を含みます。一般的に乳液に含まれる物質は草食動物を忌避させますが、特定の食性の節足動物などの草食動物を引き寄せることもあります。乳液は毒性だけではなく、(乳液の粘着力により)付着させて(身動き出来ずに)死滅させたり、口器を塞いで摂食を阻害したりすることはよく知られています。様々な昆虫が植物を食べる前に乳液を排出させるという事実は、乳液の防御的な役割りを示しています。この毒性と機械的防御の組み合わせにより、乳液を出す植物は多くの昆虫にとって、有毒あるいは口に合わない、さらには致命的です。特にキョウチクトウ(Nerium oleander)のような強毒性の植物は、様々な大型の草食獣に対しても毒性を示します。

キョウチクトウ(夾竹桃) Nerium oleander
毒性の高さで有名な夾竹桃。2025年7月、小石川植物園にて。
乳液は白色が一般的
黄色やオレンジ色の乳液のCroton lechleriや、赤色の乳液のNerium indicumも存在しますが、ケシ属(Papaver spp.)やインドゴムノキ(Ficus elastica)、トウダイグサ属(Euphorbia spp.)、Calotropis proceaなどの乳液は白色です。乳液が白色なのは乳液中に分散したゴム粒子によるもので、乳液の粘着性の由来の一部でもあります。
乳液が白色であることについて、その機能に関して3つの論理的な選択肢があります。
①乳液が白色であることには意味はなく、色に由来する機能はない。
②白色以外の乳液を生産するには化学的な制約がある。
③乳液が白色であることには視覚的な利点がある。

ケシ(芥子) Papaver somniferum
麻薬の原料となるケシも乳液を出します。芥子坊主を傷つけて出てくる乳液を集めたものが生阿片です。2025年5月、東京都薬用植物園にて。
なぜ乳液は白色なのか
乳液が黄色や赤色のものも存在するという事実は、乳液は白色に生産する固有の理由がないことを示唆します。しかし、白色の乳液は様々な植物の分類学的な系統で、何度も独立して進化してきたことから、乳液が白色であること進化の中で強く選択されてきたはずです。
乳液が白色なのは、明るい環境下である林冠部や、色盲の動物に対して、白色が視覚的な警告色として最適であるからです。白色は葉や未熟果実、茎や枝といった典型的な背景に対して視覚的に目立ちます。また、乳液は化学的防御と物理的防御のシグナルとなるため、乳液を持つ植物はミュラー型擬態の擬態環が存在する可能性もあります。
白色のシグナルは暗い色と対比すると、色盲の動物にも見ることが出来るため、色鮮やかな色彩より視覚的に有利であると考えられます。さらに、白色のシグナルは、日の出間近や日没間近、暗い林床、密林、曇り空の下など、低照度であったり様々なスペクトル環境下でも視認することが出来ます。(視覚的効果からして)多くの道路標識が白色であるは驚くべきことではありません。

Euphorbia unispina
毒性の高さで有名なユーフォルビアの中でも、特に毒性が高いE. poissonii、E. unispina、E. veneficaは、猛毒三兄弟の名で知られます。2025年3月、筑波実験植物園にて。
乳液の物理的防御
植物の樹脂や乳液などは、昆虫をトラップし、付着した昆虫やその死骸が警告となり植物を防御する可能性があります。このような「延長された表現型」(extended phenotype)である間接的な警告行動は、草食動物に視覚的に知らせることと、その危険性を腐敗した死骸やトラップされた昆虫がストレスにより放つ揮発性物質により警告します。

冲天閣 Euphorbia ingens
大型のユーフォルビアは毒性が高いと言われています。2025年1月、東京農業大学バイオリウムにて。
ユーフォルビアのベイツ型擬態
ベイツ型擬態は毒がない蝶が毒蝶に擬態する擬態として提唱されました。Euphorbiaに属する多肉植物の多くは、白い乳液により保護されます。理論的には乳液による擬態も考えられます。
Euphorbiaに属する多肉植物は、緑色の組織の一部に白い色素沈着が見られ、目立つ斑入りとなります。これは、乳液が滲み出ているように見えます。

Euphorbia robecchii
アフリカの柱サボテン状のユーフォルビアでは、このような乳液が垂れたような斑が入る種が沢山あります。
結論
乳液は主に白色であり、それは様々な光条件下で視認性を高めるためです。そのため、白い乳液は植物の防御特性に関する視覚的な警告シグナルとして機能します。乳液を防御に用いる植物は非常に多く、地理的に重複するため草食動物に対するミュラー型擬態の擬態環を提案します。また、ミュラー型擬態の擬態環同士が地理的に重複する場合、ミュラー型擬態が連鎖する可能性があります。また、様々な植物が様々なレベルの毒性を示す乳液を持つことから、乳液の嗅覚的および視覚的な警告に関して、準ミュラー型擬態、あるいは準ベイツ型擬態の擬態環がモザイク状になったネットワークが存在すると考えられます。
最後に
以上が論文の簡単な要約です。
ユーフォルビアに顕著な植物の乳液は、毒性とともに粘着性にも意味があるとしています。実際に鱗翅目の幼虫の口器に乳液がついて乾いたら、おそらく自力で取り除くことは難しいでしょう。これは私にとって新しい視点でした。
ミュラー型擬態に関しては、乳液=毒という図式が成り立つならば、種の違いや分類群の違いを超えて擬態環が成立するのかも知れません。また、本文のベイツ型擬態の話はわかりにくいのですが、乳液を持つ植物は様々でその毒性の強さも多様であることが想定されますが、その場合において弱毒性の乳液を持つ植物はベイツ型擬態の擬態環に守護されることになります。そして、ユーフォルビアに有りがちな白斑が、乳液を模しているという意見には驚かされました。実際に草食動物が白斑を嫌う傾向があるという報告があるため、本当に乳液を模しているかは分かりませんが、何らかの意味合いがあるのは確実でしょう。
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植物の乳液とは何か
乳液は植物の化学的・物理的な防御手段として広く用いられ、傷がつくと乳管から分泌されます。乳液は複数回に渡り誕生しており、乳液を持つ植物は40科以上、2万種以上が知られています。
植物の乳液は草食動物、特に昆虫の食害から防御します。さらに、真菌や細菌からも植物を守ります。さらに、乳液は傷を塞ぐ役目もあります。乳液にはアルカロイドや強心配糖体、テルペン、消化タンパク質などの様々な生理活性物質を含みます。一般的に乳液に含まれる物質は草食動物を忌避させますが、特定の食性の節足動物などの草食動物を引き寄せることもあります。乳液は毒性だけではなく、(乳液の粘着力により)付着させて(身動き出来ずに)死滅させたり、口器を塞いで摂食を阻害したりすることはよく知られています。様々な昆虫が植物を食べる前に乳液を排出させるという事実は、乳液の防御的な役割りを示しています。この毒性と機械的防御の組み合わせにより、乳液を出す植物は多くの昆虫にとって、有毒あるいは口に合わない、さらには致命的です。特にキョウチクトウ(Nerium oleander)のような強毒性の植物は、様々な大型の草食獣に対しても毒性を示します。

キョウチクトウ(夾竹桃) Nerium oleander
毒性の高さで有名な夾竹桃。2025年7月、小石川植物園にて。
乳液は白色が一般的
黄色やオレンジ色の乳液のCroton lechleriや、赤色の乳液のNerium indicumも存在しますが、ケシ属(Papaver spp.)やインドゴムノキ(Ficus elastica)、トウダイグサ属(Euphorbia spp.)、Calotropis proceaなどの乳液は白色です。乳液が白色なのは乳液中に分散したゴム粒子によるもので、乳液の粘着性の由来の一部でもあります。
乳液が白色であることについて、その機能に関して3つの論理的な選択肢があります。
①乳液が白色であることには意味はなく、色に由来する機能はない。
②白色以外の乳液を生産するには化学的な制約がある。
③乳液が白色であることには視覚的な利点がある。

ケシ(芥子) Papaver somniferum
麻薬の原料となるケシも乳液を出します。芥子坊主を傷つけて出てくる乳液を集めたものが生阿片です。2025年5月、東京都薬用植物園にて。
なぜ乳液は白色なのか
乳液が黄色や赤色のものも存在するという事実は、乳液は白色に生産する固有の理由がないことを示唆します。しかし、白色の乳液は様々な植物の分類学的な系統で、何度も独立して進化してきたことから、乳液が白色であること進化の中で強く選択されてきたはずです。
乳液が白色なのは、明るい環境下である林冠部や、色盲の動物に対して、白色が視覚的な警告色として最適であるからです。白色は葉や未熟果実、茎や枝といった典型的な背景に対して視覚的に目立ちます。また、乳液は化学的防御と物理的防御のシグナルとなるため、乳液を持つ植物はミュラー型擬態の擬態環が存在する可能性もあります。
白色のシグナルは暗い色と対比すると、色盲の動物にも見ることが出来るため、色鮮やかな色彩より視覚的に有利であると考えられます。さらに、白色のシグナルは、日の出間近や日没間近、暗い林床、密林、曇り空の下など、低照度であったり様々なスペクトル環境下でも視認することが出来ます。(視覚的効果からして)多くの道路標識が白色であるは驚くべきことではありません。

Euphorbia unispina
毒性の高さで有名なユーフォルビアの中でも、特に毒性が高いE. poissonii、E. unispina、E. veneficaは、猛毒三兄弟の名で知られます。2025年3月、筑波実験植物園にて。
乳液の物理的防御
植物の樹脂や乳液などは、昆虫をトラップし、付着した昆虫やその死骸が警告となり植物を防御する可能性があります。このような「延長された表現型」(extended phenotype)である間接的な警告行動は、草食動物に視覚的に知らせることと、その危険性を腐敗した死骸やトラップされた昆虫がストレスにより放つ揮発性物質により警告します。

冲天閣 Euphorbia ingens
大型のユーフォルビアは毒性が高いと言われています。2025年1月、東京農業大学バイオリウムにて。
ユーフォルビアのベイツ型擬態
ベイツ型擬態は毒がない蝶が毒蝶に擬態する擬態として提唱されました。Euphorbiaに属する多肉植物の多くは、白い乳液により保護されます。理論的には乳液による擬態も考えられます。
Euphorbiaに属する多肉植物は、緑色の組織の一部に白い色素沈着が見られ、目立つ斑入りとなります。これは、乳液が滲み出ているように見えます。

Euphorbia robecchii
アフリカの柱サボテン状のユーフォルビアでは、このような乳液が垂れたような斑が入る種が沢山あります。
結論
乳液は主に白色であり、それは様々な光条件下で視認性を高めるためです。そのため、白い乳液は植物の防御特性に関する視覚的な警告シグナルとして機能します。乳液を防御に用いる植物は非常に多く、地理的に重複するため草食動物に対するミュラー型擬態の擬態環を提案します。また、ミュラー型擬態の擬態環同士が地理的に重複する場合、ミュラー型擬態が連鎖する可能性があります。また、様々な植物が様々なレベルの毒性を示す乳液を持つことから、乳液の嗅覚的および視覚的な警告に関して、準ミュラー型擬態、あるいは準ベイツ型擬態の擬態環がモザイク状になったネットワークが存在すると考えられます。
最後に
以上が論文の簡単な要約です。
ユーフォルビアに顕著な植物の乳液は、毒性とともに粘着性にも意味があるとしています。実際に鱗翅目の幼虫の口器に乳液がついて乾いたら、おそらく自力で取り除くことは難しいでしょう。これは私にとって新しい視点でした。
ミュラー型擬態に関しては、乳液=毒という図式が成り立つならば、種の違いや分類群の違いを超えて擬態環が成立するのかも知れません。また、本文のベイツ型擬態の話はわかりにくいのですが、乳液を持つ植物は様々でその毒性の強さも多様であることが想定されますが、その場合において弱毒性の乳液を持つ植物はベイツ型擬態の擬態環に守護されることになります。そして、ユーフォルビアに有りがちな白斑が、乳液を模しているという意見には驚かされました。実際に草食動物が白斑を嫌う傾向があるという報告があるため、本当に乳液を模しているかは分かりませんが、何らかの意味合いがあるのは確実でしょう。
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