1月に東京農業大学のバイオリウムという温室で、コーンが出ている立派なZamia integrifoliaを見ました。改めてZ. integrifoliaを調べて見ると、2016年に再分類が提案されており、どうやら最近その考えが採用されたようです。記事にしましたので、以下のリンクをご参照下さい。
さて、Z. integrifoliaの情報をいろいろ漁っていたところ、蘇鉄を食害するシジミチョウに関する論文を見つけました。それは、Melissa R. L. Whitakerらの2020年の論文、『Localized overabundance of an otherwise rate butterfly threatens endangered cycads』です。日本でも蘇鉄を食害するクロマダラソテツシジミ (Chilades pandava、Luthrodes pandava)が北上し関東まで進出してきましたが、論文の主役はアタラマルバネシジミ (Eumaeus atala)です。
シジミチョウの消失と再生
Eumaeus atalaというシジミチョウは、南フロリダやバハマ諸島、キューバ原産で、幼虫はZamia属の蘇鉄を食べます。かつては、フロリダで「もっとも目立つ昆虫」と呼ばれるほど一般的でしたが、唯一の食樹であるZamia integrifoliaの過剰採取が原因で、1900年代初頭に急激に減少し1930年代には絶滅したと考えられてきました。しかし、1959年にマイアミ南部で小規模な個体群が発見されました。それ以来、草の根的な保護活動により、2001年以降はフロリダ州全体で300を超える個体群が記録されています。
E. atalaの激増の謎
フロリダ州にある研究施設であり保護庭園であるMontgomery Botanical Centerには、E. atalaの大規模で永続的な個体群が生息しています。ピークシーズンには49ヘクタールの敷地内に1日で300匹を超えるE. atalaの幼虫が見つかりました。E. atalaの希少性とフロリダ州全体での再導入の進展からすると、ここまで繁殖している理由を調査する必要があります。
モンゴメリー・ボタニカルセンター
Montgomery Botanical Centerでは1932年から蘇鉄が栽培されており、新たな種が追加され続けそのコレクションは豊富で、2020年には235種の蘇鉄を栽培しています。そのうち、55種のZamiaは2838本ありました。
センターのスタッフによると、E. atalaは常に敷地内に少数存在し、季節的な増減のサイクルがあります。しかし、過去約10年間でE. atalaは繰り返し大発生し、繁殖期はより長くより頻繁になっています。E. atalaの卵と幼虫は20種以上の蘇鉄から見つかりました。
E. atalaの幼虫は群れで蘇鉄の葉を食べ、生長の遅い蘇鉄に深刻なダメージを与え、大型の蘇鉄の葉を完全に枯らしてしまうこともあります。センターのスタッフは、Z. integrifoliaを毎日検査し、手作業で卵や幼虫、蛹を取り除いています。その他のZamiaからも定期的に取り除かれます。回収したE. atalaはフロリダの他の場所の教育機関や保護活動、研究者に送られます。2019年にはセンターで2000匹を超えるE. atalaが回収され、1週間で約4〜8時間もの採取作業が必要でした。
爆発的な増殖の謎
Montgomery Botanical CenterにおけるE. atalaの豊富さは、まず敷地内にある宿主植物の豊富さに起因します。2020年、センター内には431本のZ. integrifoliaがあります。不思議なのは、センターの周辺ではE. atalaを沢山見ることがないことです。センターの周辺の住宅や公共の庭園にはZ. integrifoliaはよく見られ、近くの道路の中央分離帯や公園などに大規模に植栽されているからです。Coral Gables公共事業局によると、センターから半径11km圏内の公共スペースには、少なくとも220本のZ. integrifoliaが植栽されています。センターから1km以内にあるFairchild Toropical Gardenには、201本のZ. integrifoliaが植栽されています。E. atalaはこれらの地域でも少数ながら見られますが、センターのように爆発的な増加は聞いたことがありません。よって、宿主植物の豊富さが唯一の要因ではないのかも知れません。
なぜ増えたのか?
E. atalaの幼虫はZ. integrifolia以外の外来蘇鉄も食べるめ、宿主植物の多様性が影響している可能性があります。センターには2020年には55種のZamiaが栽培されており、フロリダ州のどの地域よりも多様性があります。種類の違いにより植物資源が一年中利用可能となるならば、継続的に繁殖出来るかも知れません。E. atalaの一齢幼虫は若くて柔らかい葉を必要とするため、若い葉に優先的に産卵します。ほとんどのZamiaが1年に1回しか葉を出さないことが、歴史的にE. atalaの繁殖周期の制約となってきた可能性がありますが、食草の多様性が高まれば新鮮な若い葉が周年利用可能になるかも知れません。
他の要因としては、成虫の蜜源やねぐら、気候変動、宿主植物の質の不均一性などが挙げられます。しかし、センター付近の家庭菜園や公共スペースには蜜源植物が豊富にあり、蜜源植物の制限が個体数の制約である可能性は低いと言えます。次に低温が与える影響はありますが、フロリダでは最低気温が上昇しています。しかし、センターだけではなく、それはフロリダ全体でも同じはずです。次に灌漑や施肥などは、植物の組織内の水分や栄養素、毒素の比率を変えてしまい、植物の栄養価に劇的な変化をもたらしている可能性があります。おそらく、センターのZamiaは栄養価が高く、化学的な防御力が低いと考えられます。
最後に
以上が論文の簡単な要約です。
植物の保護施設で希少なシジミチョウが大発生するという、不可思議な現象についての話でした。その原因は、単純に食草が豊富であるというだけでは片付けられないようです。しかし、希少なシジミチョウが希少な蘇鉄を食害しているわけで、単純な駆除が出来ないのは困りものです。とは言え、蘇鉄も希少なため、センターの役割からして、放置も出来ません。
さて、本題のシジミチョウの爆発的な増加は、センターに特有の現象です。その理由を考察していますが、はっきりしません。まず、食草の多様性による周年性が指摘されていますが、これはある意味ありうる話かも知れません。とは言え、蘇鉄の新葉の展開は種に限らず春先になるでしょうから、種の多様性はあまり関係がないような気がします。論文では新しい葉は1年に1回とありますが、生育環境が良ければ夏〜秋にかけて追加で新葉が出ることもあります。ですから、最後に指摘されている「灌漑や施肥」はいかにも影響がありそうですね。
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さて、Z. integrifoliaの情報をいろいろ漁っていたところ、蘇鉄を食害するシジミチョウに関する論文を見つけました。それは、Melissa R. L. Whitakerらの2020年の論文、『Localized overabundance of an otherwise rate butterfly threatens endangered cycads』です。日本でも蘇鉄を食害するクロマダラソテツシジミ (Chilades pandava、Luthrodes pandava)が北上し関東まで進出してきましたが、論文の主役はアタラマルバネシジミ (Eumaeus atala)です。
シジミチョウの消失と再生
Eumaeus atalaというシジミチョウは、南フロリダやバハマ諸島、キューバ原産で、幼虫はZamia属の蘇鉄を食べます。かつては、フロリダで「もっとも目立つ昆虫」と呼ばれるほど一般的でしたが、唯一の食樹であるZamia integrifoliaの過剰採取が原因で、1900年代初頭に急激に減少し1930年代には絶滅したと考えられてきました。しかし、1959年にマイアミ南部で小規模な個体群が発見されました。それ以来、草の根的な保護活動により、2001年以降はフロリダ州全体で300を超える個体群が記録されています。
E. atalaの激増の謎
フロリダ州にある研究施設であり保護庭園であるMontgomery Botanical Centerには、E. atalaの大規模で永続的な個体群が生息しています。ピークシーズンには49ヘクタールの敷地内に1日で300匹を超えるE. atalaの幼虫が見つかりました。E. atalaの希少性とフロリダ州全体での再導入の進展からすると、ここまで繁殖している理由を調査する必要があります。
モンゴメリー・ボタニカルセンター
Montgomery Botanical Centerでは1932年から蘇鉄が栽培されており、新たな種が追加され続けそのコレクションは豊富で、2020年には235種の蘇鉄を栽培しています。そのうち、55種のZamiaは2838本ありました。
センターのスタッフによると、E. atalaは常に敷地内に少数存在し、季節的な増減のサイクルがあります。しかし、過去約10年間でE. atalaは繰り返し大発生し、繁殖期はより長くより頻繁になっています。E. atalaの卵と幼虫は20種以上の蘇鉄から見つかりました。
E. atalaの幼虫は群れで蘇鉄の葉を食べ、生長の遅い蘇鉄に深刻なダメージを与え、大型の蘇鉄の葉を完全に枯らしてしまうこともあります。センターのスタッフは、Z. integrifoliaを毎日検査し、手作業で卵や幼虫、蛹を取り除いています。その他のZamiaからも定期的に取り除かれます。回収したE. atalaはフロリダの他の場所の教育機関や保護活動、研究者に送られます。2019年にはセンターで2000匹を超えるE. atalaが回収され、1週間で約4〜8時間もの採取作業が必要でした。
爆発的な増殖の謎
Montgomery Botanical CenterにおけるE. atalaの豊富さは、まず敷地内にある宿主植物の豊富さに起因します。2020年、センター内には431本のZ. integrifoliaがあります。不思議なのは、センターの周辺ではE. atalaを沢山見ることがないことです。センターの周辺の住宅や公共の庭園にはZ. integrifoliaはよく見られ、近くの道路の中央分離帯や公園などに大規模に植栽されているからです。Coral Gables公共事業局によると、センターから半径11km圏内の公共スペースには、少なくとも220本のZ. integrifoliaが植栽されています。センターから1km以内にあるFairchild Toropical Gardenには、201本のZ. integrifoliaが植栽されています。E. atalaはこれらの地域でも少数ながら見られますが、センターのように爆発的な増加は聞いたことがありません。よって、宿主植物の豊富さが唯一の要因ではないのかも知れません。
なぜ増えたのか?
E. atalaの幼虫はZ. integrifolia以外の外来蘇鉄も食べるめ、宿主植物の多様性が影響している可能性があります。センターには2020年には55種のZamiaが栽培されており、フロリダ州のどの地域よりも多様性があります。種類の違いにより植物資源が一年中利用可能となるならば、継続的に繁殖出来るかも知れません。E. atalaの一齢幼虫は若くて柔らかい葉を必要とするため、若い葉に優先的に産卵します。ほとんどのZamiaが1年に1回しか葉を出さないことが、歴史的にE. atalaの繁殖周期の制約となってきた可能性がありますが、食草の多様性が高まれば新鮮な若い葉が周年利用可能になるかも知れません。
他の要因としては、成虫の蜜源やねぐら、気候変動、宿主植物の質の不均一性などが挙げられます。しかし、センター付近の家庭菜園や公共スペースには蜜源植物が豊富にあり、蜜源植物の制限が個体数の制約である可能性は低いと言えます。次に低温が与える影響はありますが、フロリダでは最低気温が上昇しています。しかし、センターだけではなく、それはフロリダ全体でも同じはずです。次に灌漑や施肥などは、植物の組織内の水分や栄養素、毒素の比率を変えてしまい、植物の栄養価に劇的な変化をもたらしている可能性があります。おそらく、センターのZamiaは栄養価が高く、化学的な防御力が低いと考えられます。
最後に
以上が論文の簡単な要約です。
植物の保護施設で希少なシジミチョウが大発生するという、不可思議な現象についての話でした。その原因は、単純に食草が豊富であるというだけでは片付けられないようです。しかし、希少なシジミチョウが希少な蘇鉄を食害しているわけで、単純な駆除が出来ないのは困りものです。とは言え、蘇鉄も希少なため、センターの役割からして、放置も出来ません。
さて、本題のシジミチョウの爆発的な増加は、センターに特有の現象です。その理由を考察していますが、はっきりしません。まず、食草の多様性による周年性が指摘されていますが、これはある意味ありうる話かも知れません。とは言え、蘇鉄の新葉の展開は種に限らず春先になるでしょうから、種の多様性はあまり関係がないような気がします。論文では新しい葉は1年に1回とありますが、生育環境が良ければ夏〜秋にかけて追加で新葉が出ることもあります。ですから、最後に指摘されている「灌漑や施肥」はいかにも影響がありそうですね。
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