ユーフォルビア・オベサ・ドットコム

カテゴリ: 読書記録

花の受粉に関わる話は面白く、私も度々記事にしています。例えばサボテンで言えば、昆虫だけではなくハチドリやコウモリも花粉媒介者として受粉に寄与しています。花の受粉様式は恐ろしく多様で、花粉媒介者だけではなく、雌雄異株と雌雄同株、雌雄異熟、雌雄離熟など、様々な用語が飛び交います。しかし、受粉した後の話、つまり結実して種子が散布される植物の繁殖ではとても重要な部分は、何故か受粉と比較すると論文も少なく感じます。この部分は重要かつ面白いため、以前から気になっていました。ところが驚くべきことに、動物による種子散布に関する本が出版されたのです。それは、総勢18人の研究者による2024年9月の新刊、『タネまく動物』(文一総合出版)です。様々な動物の様々な種類の植物の種子散布について語られます。その中の一部のトピックを少しご紹介しましょう。

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植物の種子散布は、ホウセンカやユーフォルビアのように種子をはね飛ばしたり、タンポポの綿毛がついた種子が風で運ばれたりと、必ずしも動物が種子散布に関与するわけではありません。しかし、全体的に見れば、植物の種子散布は動物に依存していると言っていいはずです。もっとも一般的な動物による種子散布は被食散布でしょう。果実を食べた動物が糞として種子を動き回りながら散布するのです。この図式は割りと一般的にも知られていますが、一部の昆虫も被食散布を行っていることは私も初めて知りました。しかも、まだまだ未開拓な分野のようです。研究されていないだけで、あるいは昆虫による種子散布は特殊な事例ではなく、一般化するかもしれません。また、果実を食べた動物を肉食動物が食べて、肉食動物の糞から2次的に種子が散布されるという話には驚きました。確かに言われて見れば、そのようなことは日常的に起こっているのでしょう。

種子散布の様式は実に多様です。私は果実ではなく種子そのものを食べる動物のことをすっかり失念していました。ですから、大型動物の糞に含まれる大量の種子を、ネズミが持ち去るという話には驚かされました。もちろん、種子を食べられてしまいますから、持ち去られた種子は発芽しません。場合によっては冬のために種子を隠して忘れてしまうこともあるかもしれません。しかし、確実なのは糞虫が糞の下に穴を掘って、種子ごと糞を埋めてしまうことです。このように、動物に食べられて糞として散布されて終わりではないのです。まったく、生態系の複雑さには驚かされます。

被食散布の次によく知られているのは付着散布でしょう。オナモミやセンダングサなど鉤爪などで動物の体毛に付着して運ばれるものや、粘着質なものもあるようです。しかし、付着散布はそれだけではなく、海洋鳥には付着種子ではない雑草の種子も付着しており、島を越えて種子が散布されています。さらに、驚いたのはカナリア諸島の猛禽類の話で、捕獲した獲物を調べると様々な種子が見つかったということです。カナリア諸島には複数の島に分布するEuphorbia canariensisと1つの島にしか分布しないEuphorbia handiensisという2種類のサボテン様ユーフォルビアが生えています。E. canariensisの種子は付着種子ではないのに複数の島に分布し、E. handiensisは1つの島にしか分布しない謎は、もしかしたらこのあたりに解決の鍵があるのかも知れませんね。

さて、本書は動物による種子散布に特化した稀有な読み物と言えます。研究者の手による本にも関わらず、初学者にも分かりやすく誰でも読める難易度となっています。しかし、それでも研究された内容は鋭く、まったく知らなかった話も多く大変勉強になりました。このようなニッチな分野を扱った本はあまりないため、このような本が出版されたことを嬉しく思います。普通に読み物としても面白い本ですから、ぜひ多くの方に手にとっていただきたいと思います。おすすめします。


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新刊というか、気になる特集を組んでいる雑誌がありましたのでご紹介します。それは、「生物の科学 遺伝」(NTS)という雑誌のVol.78、2024年のNo. 5にあたる、特集「バラ研究最前線」です。植物園にはバラ園があるのは一般的で、シーズンにはバラ展も催されます。私も植物園へ行きますし、バラ展も楽しみました。ここで少しバラについて知っておくのも悪くないと思い、読んでみることにしました。

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なんと言っても、バラの花の写真が沢山掲載されていますから、眺めているだけで楽しくはありますが、内容もなかなか興味深いものでした。まず「バラの自然史」では、野生のバラの由来と交配の歴史が語られます。次いで「バラの育種」では、国際的な育種のトレンドや、日本のバラ育種の歴史、近年の優れたバラの品種などが写真付きで解説されます。「青いバラを目指して」では遺伝子導入による青いバラの誕生について化学的に解説し、「バラのゲノム解読と遺伝子の研究」では四季咲きや八重咲きなどの原因遺伝子の特定などが解説されます。この2つのトピックは割りと専門的な内容でした。最後は「バラの香り」で、様々な香り成分があり、それらがどのような香りであるか解説されます。また、品種ごとの香りについても解説があり、バラ園で実際に香りを嗅いでみたくなりました。

さて、特集以外にも記事はありますが、気になったのは「ソテツ精子発見と池野成一郎博士」という記事で、ソテツの精子の発見の経緯が述べられています。ソテツはイチョウと同じく、種子植物でありながら精子を持つ面白い植物です。イチョウの精子発見は当時としては驚くべきニュースでしたが、ソテツの精子発見もほぼ同時期であることを初めて知りました。ソテツ好きとして、中々にして感銘を受けるものがありました。

バラを売りにしてバラ展やバラフェスタを開催する植物園は割りとあり、バラ専門のバラ園もあります。今号を読んでバラを見に行きたくなりました。とりあえずは、一番馴染みがある神代植物公園の秋のバラフェスタでしょうか? スケジュールが合えば、観て嗅いで撮影してこようと思います。知識があれば、楽しみは倍増します。皆様も本誌を手に、植物園へ行ってみるのはいかがでしょうか?


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食虫植物とは実に不思議なもので、その奇妙な姿や脅威的な生態には驚かされると同時に、多くの人を魅了してきました。かのチャールズ・ダーウィンもその一人です。近年、多肉植物ブームから派生して、珍奇植物やビザールプランツという名前で、多肉植物も含んだビカクシダやツツアナナスなども人気なようです。やはり、その姿の面白さから食虫植物も人気なようで、園芸書も沢山出版され、以前と比較にならないほど多種類の食虫植物が入手可能となっています。そんな中、食虫植物についての学術的な本が出版されました。2023年に刊行された、野村康之 / 著『あなたの知らない食虫植物の世界』(DOJIN選書)です。
内容的には食虫植物についての様々な事柄について、網羅したものとなっています。食虫植物の定義、捕虫方法、自生環境、蟲(昆虫など)との関係、進化、保全まで、非常は幅広く食虫植物の基本的事項はすべて学ぶことが出来ます。さて、本書を読んでいていくつか私個人が特に気になったトピックを、いくつかご紹介していきます。

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多肉植物の定義
まずは食虫植物の定義についてです。これは中々難しい問題です。思い浮かぶだけでもテンナンショウやバケツラン、ハスに至るまで、昆虫を一時的に捕らえる植物はそれなりにありますが、これらは食虫植物ではありません。なぜなら、食虫植物は捕らえた昆虫などを、誘引、捕獲、分解、吸収、養分活用という要素があるからです。上に挙げた植物は、あくまでも受粉のためであり、捕らえた獲物の養分を活用していません。しかし、現存する食虫植物でも、必ずしもこれらの定義がすべて当てはまるわけではありません。必ずあるのは捕獲と吸収でしょう。分解は消化酵素を出すものもありますが、微生物などに分解を委ねるものもあり必須とは言えないようです。捕獲については食虫植物でない植物でも割りと見られます。例えば、害虫対策で粘液を出す植物がありますが、これらは捕らえた獲物を分解も吸収もしません。ただの防御手段なのです。さらに、分解もカビなどの感染症への対抗策として分解酵素を有している植物もあります。これらの特徴はきちんと検証しないと食虫植物と見誤ってしまいますが、実はこれらは重要な意味があるのかも知れません。なぜなら、食虫植物が今までなかった粘液や分解酵素を新たに作り出したと考えるより、防御手段として粘液や分解酵素を発達させていた植物が食虫植物に進化した際にそれらの機能を転用したと考えた方が自然だからです。これらの非食虫植物の共通する機能が詳しく研究されることにより、食虫植物の進化についてもさらに深く知ることが出来るかも知れません。

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サラセニア(筑波実験植物園)

捕虫と受粉のアポリア
次に気になったのは、蟲との関係です。本書では昆虫以外の小動物を含むことから「蟲」という表現をしています。対象が食虫植物ですから、獲物としての蟲を想像してしまいます。しかし、当然ながら食虫植物も植物です。花を咲かせ受粉しなくては繁殖出来ないため、花粉媒介者としての蟲とも付き合う必要があります。ここにアポリアがあります。花を訪れた花粉媒介者が、他の花に行く前に捕虫されてしまう可能性があるのです。または、花より捕虫器に優先して引き寄せられてしまう可能性すらあります。この問題は言われて初めて気が付きましたが、確かに非常に根源的で面白い指摘でした。いくつか解決策はあるようですが、まだ完全解決とはいかないようです。とても興味深い話題でした。

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ウツボカズラ(神代植物公園)

最後に
食虫植物はあまり詳しいとは言えませんでしたから、本書は大変勉強になりました。しかし、この手の網羅系の本はどうしても薄口になりがちですが、本書はかなり濃厚です。この1冊ですべてが分かるとは言いませんが、重要な議題は網羅しているように思います。皆様にもご一読をおすすめします。

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エピジェネティクスとは、一般的に「遺伝子の配列を変えずに遺伝子を制御」する仕組みと言われていますが、これだけだと何だかわかりませんね。初めてこの言葉を聞いたのは、某ネット掲示板の書き込みで、確か「その世代が獲得した特徴が子孫に伝わる仕組み」のように言われていたように記憶しています。しかし、それはラマルクの進化論のように聞こえて、首を傾げたものです。一体どういうことなのでしょうか。まあ、知らないのなら調べたら良いではないかということで、手軽に読める新書を手にとってみました。本日は、2014年に刊行された、仲野徹 / 著、『エピジェネティクス -新しい生命像をえがく』(岩波新書)をご紹介します。

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まず、読んで直ぐに少しだけ知っている話だと気が付きました。要するにこれは、ヒストンのメチル化に関係する話ですね。それがエピジェネティクスと呼ばれていることを知りませんでした。とはいえ、私の知識はえらくぼんやりしていて、具体例と言われるとよくわかりません。一体どういうことなのでしょうか?

エピジェネティクスの仕組みは、簡単にいうとDNAやDNAを折りたたむヒストンというタンパク質がメチル化やアセチル化などの修飾・脱修飾をされると、その遺伝子がオンになったりオフになったりするということです。遺伝子は生きている間に変わりませんが、このスイッチのオン・オフは変わりうるものです。そして、そのオン・オフは次世代に伝わる可能性があります。しかし、エピジェネティクスはどうもそれほど万能なものではないようです。なぜなら、受精の際に遺伝子は脱メチル化され、一度リセットされるからです。ですから、必ずしもスイッチのオン・オフが次世代に伝わるとはいえないようです。正確には、この時にリセットされないでオン・オフが保存されるものもあるということです。

エピジェネティクスは遺伝子に依存しない仕組みのように捉えられる向きもあるようです。どちらかと言えば、遺伝子を制御する仕組みの一部と考えた方が自然かも知れません。遺伝子自体は変わりませんから、ラマルクの用不用説とも異なりますね。また、エピジェネティクスの制御は、ある遺伝的な現象に対し、それを主体的に制御しているのか、一部が関連するだけなのか、全く関与していないのか、かなり温度差があるようです。重要ではあるものの、すべての事象を説明しうるものではないということです。

エピジェネティクスの具体例としては、植物では春化現象が挙げられます。秋まき小麦を低温で処理(春化処理)すると、春まき小麦になるという現象です。これは、悪名高きルイセンコが見つけた現象です。観察された現象自体は正しいものの、解釈が間違っていました。春化処理するとその獲得形質は遺伝するとし、遺伝学や進化論を歪めてしまいました。これは、遺伝ではなく、エピジェネティクスの変化によるものだったのです。また、植物は受精の際の脱メチル化が動物のように広範に起きないとされているようです。


ここで、ラマルクの用不用説との違いを明確にしておきましょう。よくある用不用説の例として、キリンの首の長さに対する説明があります。曰く、高い場所にある枝についた葉を食べるために首を伸ばしていたら、世代を重ねる毎に徐々に首が長くなったというものです。エピジェネティクスで考えた場合、首の周囲の筋細胞のエピジェネティクスの変化でしかなく、生殖細胞のエピジェネティクスは変わっていないため、次世代には伝わりません。エピジェネティクスは生殖細胞に起きている必要があるのです。例として挙げると、飢饉が起きていた時に生まれた子供は、将来的に糖尿病などの生活習慣病になりやすいという調査の結果があります。これは、低栄養に耐えられるようにエピジェネティクスが変化した例です。この場合、生殖細胞を含めたすべての細胞にエピジェネティクスの変化があるため、次世代に伝わる可能性があります。さらに言えば、エピジェネティクスは用不用説の想定する新たに獲得した形質などではなく、既存の遺伝子が働くか働かないかというものですから、まったく異なりますね。

読んでいて驚いたのは、遺伝的には問題がなくてもメチル化の違いにより発病する病気があるなど、思いの外様々な部分に影響を及ぼしていることです。しかし、分かっている部分はまだまだ少ないようで、はっきりとしないモヤモヤした部分が残りました。エピジェネティクスが一部の病気に関わるため、例えば癌については研究が進行中です。もちろん、メチル化の制御が癌治療に有用な可能性があるからです。しかし、それも始まったばかりで、その他のエピジェネティクスについてはこれからの分野のようです。エピジェネティクスが関係していることは分かっていても、それがどれだけの重要性があるのかすら解明が難しいのです。実際にエピジェネティクスの関連が言われている現象でも、エピジェネティクスを確実に証明することはなかなか困難なようです。まあ、エピジェネティクスは仕組みの一端なのですから、エピジェネティクス以外の仕組みも合わせて理解しないと意味がないのかも知れません。
本書では植物のエピジェネティクスは扱いが少ないのですが、これは著者の専門外であるからなのか、植物のエピジェネティクス研究が進んでいないからなのかは、よくわかりません。ただ、医学研究などと比べると重要性は下がるため、それほどの進展はないであろうことが予想されます。植物のエピジェネティクスはかなり複雑なようですから、研究も難しそうです。本書によりエピジェネティクスに興味が湧きました。何か良い論文がないか調べてみます。そのうち、ブログで取り上げるかも知れません。


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サボテン栽培は日本でもそれなりに歴史がありますから、昔からサボテンの本は沢山出版されています。しかし、サボテン以外は単に「多肉植物」と称されがちで、なかなか単体では扱われて来ませんでした。ハウォルチアやエケベリアは近年の多肉植物ブームが起因となって本がでているようですが、私の好きなユーフォルビアについてはまだありませんでした。アガヴェとかエケベリアが好きな人は沢山いますが、ユーフォルビア好きで集めている人は、比べると少し珍しいかも知れません。ユーフォルビアはその種類の多さや多様性の高さなどは、多肉植物の中でも唯一サボテンに匹敵しますが、何故かそれほどの人気がありません。しかし、近年では、沢山の種類のユーフォルビアを見かけますし、珍しいユーフォルビアも流通してきました。これは、ユーフォルビア・ブームが来る前兆でしょうか? と言うことで、全ユーフォルビア・ファン待望のユーフォルビア本が出版されたので、簡単にご紹介しましょう。

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日本中のユーフォルビア・ファンが待ち望んでいたその本は、今年の7月に出版された靍岡秀明 / 著、『12か月栽培ナビNEO 多肉植物 ユーフォルビア』(NHK、趣味の園芸)です。靍岡秀明さんと言えば鶴仙園、私もお世話になっております。
さて、この趣味の園芸のシリーズは月ごとの栽培方法を指南するものですが、ユーフォルビアはどのような栽培が適しているのでしょうか。私などは、何となく試し試しというか、だましだまし栽培してきましたから、俄然プロの栽培方法には興味があります。細かい月ごとの管理が、春秋型、夏型、冬型で示されますが、正直そこまで細かく意識していなかったので、非常に参考になります。さらに、植え替えや挿し木、接ぎ木、受粉から種まき、さらには傷んだ株の仕立て直しまで、初心者が知りたい情報は大抵含んでいると思われます。
やはりと言うか、前半にあるユーフォルビア図鑑の個体の素晴らしさには圧倒されます。しかし、ユーフォルビアは種類も多く、その生活型や形態があまりにも異なるため、そのすべてが同じ属であることに改めて驚きを覚えます。ユーフォルビアを一冊の本にまとめるのは大変ですよね。

サボテンを栽培している人は昔から沢山いて、その栽培方法については割と一般化していると思います。しかし、ユーフォルビアに関しては、昔から普及種は売られていましたが、集めているのは一部の好事家くらいで、栽培方法などは個々で見つけていく雰囲気でした。ウェブ上の情報は割と怪しいものばかりですから、私も探りながらの栽培で困っていました。ですから、本書はすべてのユーフォルビア・ファンにとっての福音となるはずです。私個人としても、ユーフォルビアがより盛り上がって欲しいと考えております。まあ、ユーフォルビア・ブームが来たら珍しい種類も流通するだろうという、棚ぼたを期待してのことですが。まあ、それはさて置き、良書ですからおすすめ致します。


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久しぶりにダーウィンに関する新書が出版されました。2024年7月の新刊、鈴木紀之 / 著、『ダーウィン 「進化論の父」の大いなる遺産』(中公新書)です。実は進化生物学に関する本は割とでていますが、ダーウィンその人、あるいは「ダーウィンの進化論」についてはあまり語られません。本書では珍しくダーウィンの植物に関する本についても取り上げられていますから、今回記事にしてみました。

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種の起源
ダーウィンと言えば進化論を世に問うた「種の起源」が有名で、一般的に解説されるのも大抵はこの本です。しかし、意外にも大きな理論はともかく、詳細は語られないことが多いように思われます。本書ではそこに至るまでの道筋となる研究が示されます。
ダーウィンが進化論の問題点をまとめて議論している章もあり、大変興味深く読みました。なぜなら、意外にもこの時点の議論で、現代のウェブ上の進化論否定論者の批判の多くに対し、すでに回答しているからです。今日でも、ウェブ上などではラマルクやその他の進化論を批判することにより、ダーウィンの進化論を否定すると言う不可思議な言説が目立ちます。結局のところ、ダーウィンの進化論については実はよく知らないのでしょう。いみじくも、ダーウィンその人による「知識より無知のほうがより多くの自信を生み出すものだ。」と言う戒めは、未だに通用する考えでしょう。

性淘汰
本書では珍しいことに「人間の由来と性淘汰」が取り上げられています。進化論は当時のキリスト教下のヨーロッパ世界に対する重大な挑戦でした。しかし、「種の起源」では慎重に避けられていた人間の進化について、ついに語られる時が来たのです。しかし、「人間の由来と性淘汰」は、やはりダーウィンの実に独創的な理論である性淘汰について語られることが重要です。しかし、性淘汰は進化論の同士であるウォレスにすら批判されるなど、当時は理解されない理論でした。性淘汰が学術的に認められたのは、「人間の由来と性淘汰」が出版されてから約100年後であったことを思うと、ダーウィンはあまりに先駆的過ぎたのでしょう。

ダーウィンと植物
植物については専門家ではないとダーウィン自身が述べていますが、実際には6冊もの植物を研究した本を書いています。ダーウィンの植物研究についてはほとんど語られませんが、非常に重要な内容を含んでいます。
「ランの受精」では、花粉媒介者の役割りについて言及されます。実は当時の花に対する理解としては、人々を楽しませるために神が創造したとされており、花を訪れる昆虫の働きは注目されていませんでした。「ランの受精」では他家受粉のメリットについても説明されますが、「植物の受精」において自家受粉のデメリットについて徹底的に実験し検証しています。
また、「植物の運動力」では、芽の光に対する屈曲を実験により確認しています。この光の屈曲は、植物ホルモンの働きとして教科書に載る重要な現象です。ダーウィンが植物ホルモンを見つけたわけではありませんが、当時の権威の説く常識に真っ向から対立する考え方でした。後にダーウィンの方が正しいことが明らとなりましたが、徹底した実験と観察により証明するダーウィンの真骨頂ですね。


最後に
本書はダーウィンの著作について、一通り解説しています。珍しいことです。ちゃんと、ダーウィンの行った実験を1つずつ丁寧に解説された本は、実はそれほどないような気もします。ダーウィン本と言えば、その生涯や場合によってはゴシップ、あるいは社会ダーウィニズムなどへのダーウィンには責がないことへの悪影響などを綴るものもありますが、それらは個人的には偉人伝以上の価値はないと感じてしまいます。本書はあくまでも科学的な見地から解説し、科学的な価値や影響を示しています。残念なことに流言飛語に満ち誤解されたダーウィンの進化論について、正しく学べる良い機会です。皆様もこの機会に手にとってみては如何でしょうか?


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昔、神保町に行った折、今は無き鳥海書房の別館で入手したサボテンの本が出てきたので、せっかくですからご紹介しましょう。昭和37年に出版された、伊藤芳夫 / 著、『サボテン -その神秘な花-』(保育社カラーブックス)です。

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題名の通りサボテンの花に着目した本で、ふんだんにカラー写真が使われています。内容的には南米ものの花サボテンについて、その特徴や発見の経緯などを豊富な知識で縦横無尽に語っています。
南米ものの花サボテンと言えば、その代表格はRebutiaやLobivia、Echinopsisあたりでしょう。本書でもこの3属が中心です。しかし、花サボテンですから、何と言ってもその花を見たいところですが、カラーブックスですから実に美しい花を沢山見ることが出来ます。また、著者の長きにわたる属間交配の試みと、作出された新品種の紹介もありました。

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私が感心したのは「駄物礼賛の弁」と言う論です。曰く、初心者はいたずらに高級品に憧れず、作りやすく美しいものから始めた方が良いとのこと。サボテンの大家とされる人も、みな駄物から入ったのだと。まさに至言です。駄物と言ったところで、難物ではない限りは普及してしまえば駄物扱いされる定めなのですから、珍しさではなくそのサボテンが持つ美しさで評価すべきでしょう。近年、SNSなどで、密輸品と思しき黒王丸を初心者が徒長させたりする姿を見るのは、大変悲しいことです。
さて、本書の最後はサボテン全般に関する話で終わります。日本のサボテン栽培の歴史や、育て方、実生や接ぎ木の方法などが実に簡潔にまとめられています。栽培関係の話などは、現在でも通じる内容です。花サボテンは現在でもどちらかといえば脇役で、あまり言及されないことは非常に残念です。花サボテンに関する最高峰の本が昭和37年の本と言うのは困りものですが、それだけ素晴らしい本でもあると言うことでもあります。とはいえ、本書は入手が容易な部類ではありませんから、新たに花サボテン中心の良い本が欲しいところですね。


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久々ですが新刊案内です。植物関係ではありませんが、私個人の長年の疑問に答える良書が出版されたので記事にしたいと思います。それが、2024年4月に刊行された小林憲正 / 著、『生命と非生命のあいだ 地球で「奇跡」は起きたのか』(講談社ブルーバックス)です。これは簡単に言うならば、生命の起源と地球外生命体に関する本です。しかし、地球外生命体と言ってもオカルト的なものではありません。あくまでも、科学的な話です。

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さて、私が気になっていたのは、生命が誕生する確率の話でした。生命の誕生は恐ろしく低い確率であり、地球上の生命誕生は奇跡であるとよく言われていたものです。しかし、個人的にはおかしな話だと感じていました。なぜなら、生命誕生の確率と言ってはいるものの、それは実際には地球上で現在の生命が誕生する確率に過ぎないからです。同じように聞こえますが、生命の形は必ずしも地球型である必要はなく、構成成分などは異なっていても良いわけです。この議論の最大の問題は、我々が地球型生命しか知らないと言うことです。そのため、地球外生命体の話でも、何故か地球型の生命が地球外に存在するのかと言う、非常に狭く限定的な議論しか出来ません。しかし、本書では恐ろしく射程の広い議論が展開されております。

また、私が驚いたのは、アミノ酸生成の簡単さです。長らく原始地球を想定したアミノ酸生成は難しいと考えられていましたが、ミラーの放電実験によりアミノ酸の生成が可能であることが示されました。ところが、後にミラーの想定した原始大気は誤りであることが分かりました。ですから、振り出しに戻ったような気がしていました。しかし、ミラーの放電実験の後にも、様々な組成で原始大気からのアミノ酸生成実験は世界中で行われていたのです。その結果と言えば、様々な組成の混合気体でもアミノ酸はあっさりと合成されているのです。さらに、雷を想定した放電だけではなく、陽子線などの様々なエネルギーによってもアミノ酸が出来てしまうと言うのです。これは大変な驚きでした。思うに複数要因でアミノ酸は生成され、しかもその組成が変わってもアミノ酸は生成されうることが示されたのですから。

中心議題ではない部分ばかりをほじ繰り返してばかりで申し訳ないので、本書のキモについても少し述べさせていただきます。1つは化学進化の解説とRNAワールド仮説に対する疑問、そしてがらくたワールド仮説の提唱です。核酸とタンパク質のジレンマは、RNAが触媒作用を持つリボザイムの発見により解決したかに見えました。しかし、肝心のRNAの生成は困難であることが分かりました。著者は化学進化に着目します。アミノ酸生成により生体に使用されない大量のアミノ酸が生成されます。著者はこの「がらくた」を含んだ生成物の世界=がらくたワールドがアップデートされて生命に繋がったと考えています。この仮説は0→1でなはなく、中途段階を想定しています。著者はスペクトラムと表現していますね。

さて、長々とよく分からない感想をぐだぐだ述べて来ましたが、とにかく面白い本でした。私の感想以外の部分、例えば宇宙探査の話もありますし、生命の起源を巡る議論もあります。生命の始まりや地球外生命を考えるならば、逆に生命とはそもそも何者なのかを考えなければなりません。私は仮定の生命から生物を知ると言う逆説的な経験をしました。生物をより理解する契機として本書をお勧めします。


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久々に植物関連の新書が出ましたのでご紹介します。日本植物生理学会による『植物の謎』(講談社ブルーバックス)です。学会のホームページに質問箱があり、一般からの植物に関する質問を受け付けており、本書ではその中から60の質問を取り上げています。当然、質問には日本植物生理学会の会員が回答しています。内容的には幅が広く、10の分野に分けています。一般の会社員から教師、学生、時に小学生の素朴かつ鋭い質問がありました。

身近な野菜や果物の味や出来方に関する疑問から、植物の生態、形態、植物ホルモンの作用まで、実に幅広い質問を取り上げ回答しています。とは言え、必ずしもすべてが分かっているわけではなく、回答に窮する質問もありました。しかし、回答者は非常に丁寧で、関係ありそうな話や仮説を紹介してくれるので、自分で考えたり調べたりするヒントがあります。質問者も自身の観察から質問を投稿している方もおり、これを期にさらなる観察から学説や仮説の再確認や新たな発見があるかも知れません。

個人的に面白いと感じた質問をいくつか挙げてみましょう。例えば、なぜ果物のなり年があるのか、大根の辛味は先端と根元で異なるのはなぜか、などの素朴かつ興味深い質問も面白いものです。言われてみれば、明快な答えが浮かばない質問です。また、花穂の開花する順番の意味や、葉の鋸歯の意味、粘着性の花の意味、これらも面白い質問です。回答に関しては本書をご購入の上、ご確認下さい。

回答者は日本植物生理学会に属する現役の研究者たちです。一流の科学者に質問出来る機会など滅多にありませんから、大変貴重な機会ですね。私が読んでみた感想としては、何となく回答が浮かぶものから、まったく分からないものまであり、勉強になったことは間違いありません。1つの質問と回答は短く平易ですから、気軽に読めます。一読をお勧めします。


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本日は今年の1月末に出版された新刊をご紹介します。大崎直太 / 著の『生き物の「居場所」はどう決まるか』(中公新書)です。植物の本ではありませんが、生態学に関する著作ですから、生物界すべてに関わる内容です。様々な仮説、自然の観察、実証実験を通して、生物の「居場所(ニッチ)」や「競争」に焦点を当てています。とりあえず、個人的に気になった「緑の世界仮説」についてのみ少し紹介しましょう。

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すべての動物の生命を支えているのは植物です。植物が草食動物を支え、その草食動物を肉食動物が食べるわけですから、植物の量がすべての動物の数を定めているはずです。しかし、野生の植物が草食動物に食べ尽くされることはありません。基本的に広大な森林などの植物の間に動物は住みます。すると、食べ尽くされない大量の植物があるのなら、果たして動物の数は植物の量が決めていると言えるのでしょうか?
自然界では天敵の存在により、動物は個体数が抑制されています。大量に卵を産むような動物は、そのほとんどが捕食者により捕食されてしまい、適正数に保たれます。有り余る植物があるのなら、植物食昆虫や草食獣には競争が存在しないはずです。これを、「緑の世界仮説」と呼びます。
しかし、著者はモンシロチョウの「繁殖干渉」と言われる現象を捉え、植食者にも競争の原理が働いていることを明らかとしました。さて、この繁殖干渉とは、同じ植物を餌とする複数種の動物が他種に対して繁殖行動を起こしてしまい、本来の繁殖行動が邪魔されてしまうことです。基本的には外来種や分布を広げた侵入種で確認されています。在来種と外来種、あるいは外来種の植物を巡る植食者同士の競争が見られます。しかし、そのような特殊な場合しか競争は起きないのかと考えてしまいますが、棲み分けをしている動物は、かつての競争の結果として棲み分けられているだけなのかも知れません。

後半の話の中心である繁殖干渉は動物だけではなく、植物にも起きている現象です。柱頭に他種植物の花粉がつき花粉管を伸ばしてしまえば、それだけで正常な受粉は阻害されてしまいます。これは、外来植物の話だけではなく、在来植物の分布が広がり近縁種と出会ってしまうと、やはり繁殖干渉は起きてしまうことがあるようです。植物においても、実は繁殖干渉は日常的な現象なのかも知れませんね。

さて、本書は生態学の基本から最新の動向までを扱っています。沢山の研究者が登場し、様々な学説とそれを支える実際の研究内容について解説されます。丁寧に順を追って話が進みますから、非常に学説の流れが分かりやすいことが特徴です。生態学は生物のあり方を調べるため、生物そのものを知るためにはもっとも重要な学問分野の1つです。難解な部分もありませんから、初学者含めお勧め出来る1冊です。

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去年の神田神保町古本まつりで、植物関係の本をちょろっと何冊か購入しました。最近は思うように読書時間が取れないのですが、ようやく1冊読んだので軽くご紹介しようとかと思います。本日ご紹介するのは、W. Veevers-Carterの1984年の著作の日本語版である、『熱帯多雨林の植物誌』(平凡社、1986年)です。

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扱われる熱帯多雨林はマレーシアとインドネシアです。様々な熱帯植物が語られますが、いわゆる観葉植物の類ではないので、あまり一般的ではないものもあります。私が個人的に興味があるアリ植物や着生植物、つる植物の話もあり、大変面白く読みました。神代植物公園や板橋区立熱帯環境植物館で見たフタバガキ科植物やらジャックフルーツも登場します。こういう本を読んでいると植物園をより楽しむことが出来ます。

内容的には植生や繁殖システムと言った生態学、果実や材の利用から産業利用まで、学術的な発見の経緯、大航海時代の香辛料のためのヨーロッパ諸国同士のイザコザから東南アジアの歴史までと実に幅広いものです。
個人的に大航海時代については気になっており、何冊か本を読んでいますから、それらも絡めて背景を少し補足しましょう。まず、大航海時代はキリスト教の布教も行われましたが、その原動力は香辛料にあります。多くの香辛料は熱帯地方の原産です。その輸送はアラブ商人などを経て陸路で運ばれ、地中海貿易でヨーロッパ中に運ばれました。その香辛料交易を直に行おうとしたのが、大航海時代の目的です。その結果、香辛料交易のルートが変わってしまったため、地中海貿易の重要な港があるイタリアは、交易量が下火になってしまいます。また、香辛料交易の話では、よく取り上げられるのは胡椒ですが、本書ではチョウジとナツメグにそれぞれ1つの章が与えられています。

さて、本書の原版は1984年の出版ですから40年前の古い本ではあります。しかし、悲しいかな、すでにこの時点で様々な熱帯植物について、「すでに〜でしか見られない」と言う文言が付いてしまっています。世界野生生物基金のマレーシア委員会会長が序文を寄せていますが、短期的な利益のために失われる熱帯林を嘆き、本書を熱帯林を知り関心を持つ切っ掛けになって欲しいとの思いが語られます。本書が出版されてから40年が経ちましたが、状況は改善したのでしょうか? しかし、残念ながら、聞こえてくる声は悲観的なものばかりです。熱帯植物が、先進国の植物園の温室でしか見られないと言うような未来だけはあっては欲しくないものですね。


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今年は何かと忙しく、中々本を読む時間が取れませんでした。毎月、駅ナカの書店で新書を中心に新刊を買っていますが、今年は新刊本すら消化しきれない始末です。例年は新刊本だけでは足りずに、神保町の古本まつりで購入した古書も読んでいましたが、今年はほとんど古書は読んでいません。まあ、新型コロナの流行で古本まつりも中止になり、再開された去年はタイミングが悪く参加出来ませんでしたから、例年通りなら古書が枯渇していたかも知れません。ちょうど良いような気もしますが、古本まつりは好きなのでそれに関係なく行きたいわけですけどね。

今年は多少なりともブックレビューをいくつかしましたが、基本的に植物関連の本のみです。しかし、実際には植物関連以外の本の方が沢山読んでいます。まあ、植物関連の本なんてそれほどポンポン出ませんからね。さて、そんな今年の読んだ本のベスト10です。あくまでも私の個人的な好みに過ぎませんし、すべての本を読んだわけでもありませんから、まあそれほど意味があるランキングでもありませんが、しばしお付き合い下さい。

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1位『ダーウィンの呪い』
千葉聡 / 著, 講談社現代新書
進化論とは毀誉褒貶あるもので、中々捉えどころがないものです。単に進化論と言った場合、必ずしも「ダーウィンの進化論」とは限らず、「ラマルクの進化論」だったり、他の論者の進化論であるかも知れません。そのため、一般的には様々な説がごった煮になってしまっています。ですから、ネット上などでもダーウィンの進化論ではない進化論を批判することにより、ダーウィンを否定すると言う不可思議な言説が非常に多いように思われます。意外にダーウィンの進化論を正しく理解している人は少ないのかも知れません。
さて、本書ですが、主に社会ダーウィニズムに焦点を当てています。そもそも、ダーウィンの進化論を人間の社会に当てはめるのは大きな間違いです。ダーウィンの進化論は偶然に起こることです。あくまで、その一時的な環境に適応することか進化であり、より優れたものになると言う考えではありません。ある環境に適応して進化しても、環境が変わってしまえば他の環境に適応した生物に生態的地位を奪われ、やがて絶滅するだけです。何が優れているかなど分かりませんし、環境が変われば求められる能力も異なるのです。
社会ダーウィニズムは本来のダーウィンの進化論にはない、より優れていることほど素晴らしいと言う考えを持ち込みました。それは、やがて優生学につながる危険思想です。ダーウィンの進化論のドライな科学的理論が、社会ダーウィニズムではウェットな個人の思想や願望を前面に押し出した怪しげなものに変貌しました。ある環境に対する適応ではなく、論者の理想の人間像になることが優れていると言う話にすり替わったのです。あくまで個人の思想でしかないものが、全人類の進むべき道となったと言えば、その非常識さが分かると言うものです。


2位『シィエスのフランス革命』
 山﨑耕一 / 著, NHKブックス
フランス革命と言えば、岩波ジュニア新書の『フランス革命: 歴史における劇薬』(1997年)でしょう。何冊かフランス革命の概説本を読ましたが、入手書としてこれ程優れたものはありません。しかし、その先と言うと中々に適当な本がないものです。その点、本書は実に良い本です。
フランス革命と言えばロベスピエール独裁と言われがちですが、必ずしもそうとは言えないようです。ロベスピエール以外の名前は、出て来ても中心にならず、入れ替わり立ち替わりといった感じになりがちです。しかし、本書はフランス革命の始まりから、エマニュエル=ジョセフ・シィエスを中心に経過を追っています。シィエスはフランス革命初期に出した『第三身分とは何か』と言う政治パンフレットで知られていますが、あまり著名とは言い難い人物です。しかし、政治や憲法の理論家として、フランス革命の間、活発に活動しました。テルミドール独裁では大人しくしてやり過ごし、やがて来るナポレオンの台頭に対しても代表的な政治家として対峙します。このような掘り下げにより、手垢に塗れたフランス革命史に新たな生命を吹き込み、実に豊穣な世界が提示されます。非常に優れた本です。


3位『道徳的に考えるとはどういうことか』
大谷弘 / 著, ちくま新書
新書とは何かと言うと、実は入門書だったりします。その分野に分け入り前に基本知識や、考え方の基本を学ぶことが出来ます。その点において、本書は大変優れた入門書と言えるでしょう。本書の特徴は、1つの内容の深堀りではなく、様々な問題があり様々な考えがあると言うことを、読者に提示しています。ですから、本書を読んで様々な問題が解決しそれを理解出来るとは考えない方が良いかも知れません。示された論点を、議論された著作を読んで、我々も考えてみることこそが重要なのだと思います。


4位『現代フランス哲学』
渡名喜庸哲 / 著, ちくま新書
構造主義やポスト構造主義に関する入門書は随分と読んできました。まあ、入門書を沢山読んだところで、何が分かるのだと言われてしまえばそれまでです。しかし、示された考え方には、同意するにせよ批判するにせよ、私に豊かな思想的愉悦を与えてくれます。
まず、構造主義、ポスト構造主義に関しては、決まった面子ばかりが取り上げられてしまっております。その点、本書は中心人物以外も取り上げられており、大変勉強になります。また、ポスト構造主義後の思想を詳しく概説しています。全体としてどのような思想的流れがあり、それを次世代がどのように受け取ったのか大変明示的です。哲学は完成しておらず、常に緊張し絶え間なく進んでいくものであると、改めて認識しました。最近では哲学書はあまり手に取りませんが、また勉強してみても良いかもと思わせてくれる本です。


5位『もっと菌根の世界』
齋藤雅典 / 編著, 築地書館
2020年に出版された『菌根の世界』の続刊です。前巻で取り上げられなかった部分を解説しています。植物のその大半は菌類と共生関係を結んでおり、菌根と呼ばれる構造を作ります。この菌根はあれば便利どころではなく、なくてはならないものです。その歴史も植物が地上に上陸した時点まで遡るかも知れないのです。以前に書評を書いていますから、詳しくは以下のリンクをご参照下さい。


6位『アマゾン五〇〇年』
丸山浩明 / 著, 岩波新書
アマゾンと聞けば未開な熱帯雨林を想起しますが、その世界史における歴史は古いものです。そして、ヨーロッパ諸国の欲望が渦巻いた土地でもあります。始まりとなるヨーロッパ諸国の黄金を巡る欲望は、やがて植民地支配による富の搾取へ、やがて米国が白人国家とするために黒人を廃棄するためのゴミ箱にと、実に身勝手な玩具扱いでした。全く持って散々たる有り様ですが、このような毒々しい歴史だけではなく、当たり前ですがこの後も歴史は続きます。
本書では日本人のブラジル植民についてもかなり詳細に解説されます。排日論や黄禍論により大変な苦労があったことが分かります。読んでいて、ブラジル移民を描いた北杜夫の『輝ける碧き空の下で』を思い出しました。さらに、アマゾン開拓を託され、未開のジャングルに挑んだ、通称「ゴム兵」たちの悲惨な末路も語られます。そして、収穫したゴムを運ぶ鉄道の敷設も、マラリアなどによる大変な数の犠牲者の上で、完成しました。しかし、鉄道の開通時にはすでにゴム産業は下火になり、鉄道会社は破産し沢山の死者により完成した線路は虚しくジャングルに還ったのです。


7位『大塩平八郎の乱』
藪田貫 / 著, 中公新書
大塩平八郎の乱は、大坂東町奉行所の元与力であった大塩平八郎が、飢饉に対し嘆願しても聞き入られず、それどころか大坂町奉行は米を買い漁り、将軍就任祝いに幕府に米を送るなどのあまりの無法ぶりに乱をおこしたものです。実際には大塩平八郎の乱は、直接的には大した影響はありませんでした。しかし、長く平和が続いた江戸時代の、綻びの目の始まりを告げるものだったのかも知れません。大塩平八郎の義憤は、圧政に苦しむ民草の声を真摯に聞いたものです。現代の金の問題に沸く腐敗政治家たちにも、この本を読んで襟を正して欲しいものです。


8位『「利他」の生物学』
鈴木正彦・末光隆志 / 著, 中公新書
自然界には様々な関係性が見られます。例えば、食う・食われるといった捕食関係や、餌や住処を巡るニッチ競争が代表的です。しかし、自然界には様々な共生関係もまた沢山見られるのです。本書はあらゆる生物を対象としていますが、植物に関する、虫媒花や菌根の話もあります。
人間には関係ない話だろうとお思いの方もおられるかも知れませんが、我々の細胞にはもともと細菌だったミトコンドリアがエネルギー生産を行っており、胎盤を形成する遺伝子はウイルス由来のものです。我々もまた、他の生物との共生関係なくては生まれて来なかったのだと、再確認するべきであろうと思います。



9位『海のアルメニア商人』

重松伸司 / 著, 集英社新書
これは思わぬ視点から歴史を見た本です。様々な勢力に囲まれたアルメニアは度重なる侵略を受け、アルメニア人は世界中に散らばりました。彼らは商人となり、世界中を旅して回ります。歴史の端々に無名のアルメニア商人の存在がチラチラと映りこみます。シルクロード交易からインド交易へ、やがて海路を廻り日本にまで到達しているのです。私の知の枠組みに変更を迫るような素晴らしい本でした。


10位『オットー大帝』
三佐川亮宏 / 著, 中公新書
これは中々の力作です。丹念にオットーの生涯を追っています。異民族の度重なる侵入や、度々おこる親族の反乱、3度に渡るイタリア遠征など、出来事には事欠きません。苦境は常に隣にあります。そのすべてに打ち勝ち、大帝と呼ばれるに至る長い道のりを、我々読者も辿ることになります。何故、オットー大帝は大帝と呼ばれるのか、一読をお勧めします。

最後に
さて、この1年は一応は多肉植物に塗れていましたが、あまり他に手が回らない忙しい年でもありました。そのせいで、今年は70冊程度しか読めませんでした。新刊本もまだ10冊以上積み上がったままです。今年の神田神保町古本まつりで購入した本にも、まだ手が出せていない体たらくです。来年はもう少し本を読む時間が取れると良いのですがね。


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多肉植物を育てていると、その不思議な形からどのような生態なのだろうかと思うことがあります。論文などを読んでいると、多肉植物に限らず植物の生態はあまりに多様で謎に満ち溢れています。教科書的な本も多少は読みましたが例外も多く、本を読む度に知らないことなどいくらでもあることに気付かされます。本日はそんな気付きを与えてくれる1冊をご紹介します。それは、1996年に刊行された『植物の生き残り作戦』(平凡社自然叢書)です。23人の研究者が自身が専門とする植物の生態について短くまとめたアンソロジー的なものです。1つ1つは短いですが、各々の研究者が様々な視点から植物を捉えているのが特徴です。

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さて、肝心な内容についてです。浅慮なことに私もそれなりに植物に詳しいつもりではいましたが、恥ずかしながら知らないことばかりでした。読んでいて色々と考えさせる事が多く、読むのに時間がかかってしまいました。1つだけ例を挙げてみます。

遷移が進んだ森林を極相林と言い、日本の平野部だと基本的には陰樹からなります。最近では森林は一様ではなく、また必ずしも安定はせず変化しうるものであるという考えから、極相林は存在しないという考え方もあるようです。しかし、極相林は基本的には安定しており、何かが起こっても最終的には極相に収束するのですから、個人的には未だ意味がある概念だと私は捉えています。そんな中、本書ではジャックパインという北米の亜寒帯のタイガに生える松が極相林を作るという話は非常に示唆的でした。そもそも、寒冷地では寒さに適応しなければならないため、樹種が少なく純林となることは珍しくはないと私は思っていました。しかし、必ずしもそうではなく、ジャックパインは他の樹木と競争があるというのです。何とジャックパインは陽樹であり、明るい場所に生える先駆植物だと言うのです。先駆植物は遷移を経て、やがて入れ替わるものです。しかし、ジャックパインが生える森林では高い頻度で山火事が発生し、すべてを焼き払ってしまいます。ジャックパインの松ぼっくりは火事で焼かれることで、開いて種子が出て来ます。しかも、ジャックパインの種子は25年に渡り発芽能力を維持しますから、ジャックパイン林にはおびただしい数の種子が眠っていることになります。ですから、競争相手である他の樹木が消え去った場所に、素早くジャックパイン林を形成することが可能なのです。遷移や陰樹の極相を許さず、陽樹であり先駆植物である特徴を生かしてジャックパインの極相林を維持しているという驚くべき話でした。

以上のように考えさせる内容が満載です。扱われるのは雑草から野菜まで様々で、生態や受粉、種子散布、環境保全など、目下私の興味の中心をなす事柄が多くあり大変勉強になりました。やや古い本ですから分類学はあくまで数世代前のものでもはや古色蒼然とした感がありますが、観察された事象は事実であり今も変わらないでしょう。大変勉強になる非常に良い本でした。


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多肉植物が好きでボチボチ育てておりますが、基本的には植物そのものに興味があります。植物の分類や進化、生態に関する本が出たらなるべく読むようにしています。裳華房から「生命の神秘と不思議」という新しいシリーズが始まり、何冊か読んでいるのですが、いつの間にやら「植物メタボロミクス」に関する著作が出版されていました。近所の書店では取り扱いが、ないため気が付きませんでした。早速取り寄せて読んでみましたから、軽いブックレビューをしてみます。ご紹介するのは、2019年に刊行された斉藤和季 / 著、『植物メタボロミクス -ゲノムから解読する植物化学成分-』(裳華房)です。

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そもそも、植物メタボロミクスとは何ぞやという話ですが、メタボロミクスとはどうやら代謝産物の探索を指すようです。植物は様々な化学物質を合成していますが、それらを単離することは容易なことではありませんでした。しかし、遺伝子工学の発展により、遺伝子配列から植物が合成する物質を推測することが可能となりました。しかし、実際に物質を分析することはかなり難しく、複数種の機器を駆使して様々な方法で行われます。植物の代謝産物は非常に種類が多く、次々と新たな成分が特定されており、活発な分野であることが分かります。植物の代謝産物は生理活性があるものも多く、薬や漢方の主成分も含まれます。
本の前半は、植物のメタボロミクスについて、一般的な傾向や分類、特徴がやさしく解説されています。後半は実際に著者が成分の特定に関わった話が中心となります。後半はやや専門的な話があるため、少々難解に感じるかも知れません。

意外と面白いと思ったのは、遺伝子組み換えの話です。それほど詳しくは解説されませんが、中々興味深い指摘がありました。現在、新しい品種を作る方法は大まかに3種類あります。1つは昔ながらの交配と選抜によるもので、2つめは遺伝子組み換えによるものです。遺伝子組み換えは導入する遺伝子がどこに入るのか分からず、思わぬ突然変異がおこる可能性があるものでした。しかし、近年になり3つめのゲノム編集が加わりました。ゲノム編集はピンポイントに場所を指定して遺伝子導入が可能なため、非常に安全性が高い方法です。著者は昔ながらの交配は思わぬ突然変異が起きる可能性があることから、1箇所しか変わらないゲノム編集の方が安全なのではないかと述べています。まあ、それはあくまで理屈の上の話ですから、安全性は徹底的に検査する必要はあるでしょう。しかし、気になったのは、交配による突然変異の可能性です。言われなければ思いもしない意外な話でした。
少し考えたのですが、交配により新しい品種を作る場合、外見や味を基準に選抜されます。しかし、外見や味以外の、表に出てこない変異もあるはずです。例えば、毒性の高い成分が新品種では増えているかも知れません。そんなバカなと思われたかも知れませんが、食用作物でも人体には無害なレベルの有害物質は産生されています。特に害虫にかじられたりすると、植物は害虫に害のある物質を大量に産生します。ですから、無農薬野菜は良いような気もしますが、あまり害虫にやられていると有害物質が蓄積してしまいます。もし、交配によりそのような遺伝子に変異が入り、有害物質を大量に産生してしまっているかも知れません。問題は、それを見抜くことが出来ないことで、一々新品種が出来た時に安全性の確認などは行われていないのです。とは言え、だから新品種は危ないのではなく、我々はそれぐらいは平気であるということなのかも知れませんね。


植物は約39万種が知られておりますが、そのほとんどの種は代謝産物が特定されておりません。それどころか、遺伝子解析されている植物など、研究用植物や稲など極一部の有用植物だけです。当然ながら、代謝産物が研究されたのは、すでに効果が知られている薬用植物程度となっています。植物は種により異なる代謝産物を複数持っているかもしれず、未だ未知の成分が数え切れないぐらい存在することは自明でしょう。このような植物の代謝産物の解明が進めば、様々な分野に応用可能な成分も沢山あるはずです。実際、2015年には、クソニンジンから抽出された抗マラリア薬アルテミシニンの発見により、ノーベル賞が与えられています。これからも新たな発見が続くかも知れません。非常に今後が楽しみな分野ですね。


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神保町の古本まつりは毎年参加する恒例行事でしたが、新型コロナの流行で開催が中止になったりしました。去年は久々の開催でしたが、忙しく残念ながら不参加でした。今年こそはと勇んでおりましたが、仕事が入ったりして、先週末は行くつもりだったのに行けませんでした。今年も不参加と思いきや、昨日は祝日で休みなので、最終日ですが神保町古本まつりに参加してきました。本当に久しぶりの古本まつりです。

あちらこちらの古本屋台を見てちまちま買って行きましたが、いくつかの書店にも立ち寄りました。まずは、自然科学系に強い鳥海書房から。鳥海書房の別館が無くなっていましたから、本店に立ち寄りました。サボテンの本もありましたが、かなり高額なので諦めました。購入したのはソノラ砂漠の自然の様子を描いた以下の本です。表紙のSaguaroとOcotilloに惹かれて購入を決意しました。
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「サボテンと捕虫網」
平河出版社、1988年刊行


お次は学術系書籍専門の明倫館書店へ。大型本が多いためあまり立ち寄りませんが、外のワゴンセール品には気楽に読めるものもあります。気になっている受粉生物学関連で、こんな本がありました。最近は論文ばかり読んでいて基礎が疎かになっているような気がしますから、こういう本は貴重です。
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「虫媒花と風媒花の観察」
ニュー・サイエンス社、1976年刊行


最後は3店舗もあり勢いのある澤口書店へ。いつも寄るのは巌松堂ビル店です。購入品は2冊。熱帯雨林の方は単純に読み物として面白そうで、もう片方は勉強になりそうな感じがします。
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「熱帯多雨林の植物誌」
平凡社、1986年刊行


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「植物の生き残り作戦」
平凡社自然叢書、1996年刊行


古本屋台では、あちこちで何冊か購入しました。時間があればもう少し買ったかも知れません。
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「なんじゃもんじゃ」
北隆館、1973年刊行。
様々な植物の和名と学名の解説本。


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「スルタンガリエフの夢」
東京大学出版会、1986年刊行

前々から気になっていた本ですが偶然目に止まりました。一瞬の閃光のような人生を描いています。

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「古代人の化粧と装身具」
東京創元新社・創元選書、1963年刊行
このような思わぬ本に出会えるのも、古本まつりの醍醐味の1つです。

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「染織の歴史」
「漁業の歴史」
1970年代の至文堂の日本歴史新書。


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「神を殺した男」
講談社選書メチエ、1994年刊行
ダーウィニズムに関する本。
「日本人と東南アジア」
小学館創造選書、1983年刊行
70年代から80年代にかけては、このような海外に出て改めて日本の事を考えるという本が沢山出されていました。海外旅行が当たり前の現代とは発想が異なるのです。


実は大失敗をしてしまいました。ウトウトしていたら電車を乗り過ごしてしまい、気付いたら上野駅で慌てて降りました。銀座線を経由して半蔵門線に乗りたいわけですが、銀座線がやたらに遠く面倒臭いったらないですね。予定より到着が遅れ、しかも午後から所用がありましたから、あまりじっくりとは見られませんでした。昔は古本まつり開催中に3回は足を運んで100冊以上購入していましたが、今回はこんなものです。
まあ、今回時間がなかっただけではなく、読む時間も減ってしまっています。読みたい本はいくらでもあるわけですが、読書に費やせる時間が中々取れません。まったくもって、やりたいことを十全にやるには人生は短く、何かにつけて思い通りにはならないものです。

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2020年に『菌根の世界 菌と植物のきってもきれない関係』(築地書館)という本が出版されました。菌根とは植物と菌類が共生関係を結び形成されるものです。菌根自体は昔から知られており、私も90年代には図鑑の簡単な説明があり、存在自体は知っていました。しかし、私の認識としては、一部の植物にだけ関係する特殊な事例だと勘違いしていました。その後、菌根は特殊なものではなく、樹木から雑草まで普遍的にどこにでも存在することを知りました。『菌根の世界』を読んでから菌根について興味がわき、多肉植物と菌類の関係を調べ、サボテンやWelwitschiaが菌根を形成していることを確認した論文を記事にしたことがあります。菌根は植物と菌類の間で栄養のやり取りがあるわけですが、それだけではなく、特殊な環境に生える植物は、乾燥耐性や強酸性・強アルカリ性土壌への耐性は菌根の形成が担っていたりもするのです。

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さて、前置きばかり長くなりましたが、『菌根の世界』の続刊が出ました。『もっと菌根の世界 知られざる根圏のパートナーシップ』(築地書館)です。前巻でカバーしきれなかった部分、ツツジ科植物のエリコイド菌根やトリュフに代表される地下性菌、葉緑体がなく光合成せずに菌類に依存する腐生植物など非常に魅力的なラインナップです。厳密には菌根とは異なるかも知れませんが、DSEというカビが植物と共生していることなどは私も初めて知りました。非常に勉強になります。ただ、部分的にはかなり専門的な内容も含まれます。私は経歴的にある程度は分かりましたが、それでも実験のイメージがまったくつかない話もありました。まあ、簡単に図解するだけで、何となく理解が出来なくもないような気もしました。
それはそうと、植物と菌類の共生は欠かさざるえないものであることは明らかでしょう。本書を読んでいてまず関心したのは、植物の遷移と共生菌との関係です。山火事や崖崩れ、火山の噴火など様々な要因で、植生がリセットされた崩壊地が生まれます。崩壊地には生長の早い一年草が生え、腐植質が溜まれば松などの先駆的な樹木も生えて来るでしょう。温暖多雨な日本では、割と早く森林となりますが、樹種は移り変わって行きます。これを遷移といいますが、実は植物と共生する菌類の種類も遷移していくということを、初めて知りました。さらに、崩壊地に生える草の近くに樹木の実生が生えるのは、草の根の菌根菌が樹木の実生の根と繋がっているからであるというのです。偶然に樹木の種子の芽生えた根の近くに菌根菌の胞子があったり、風で偶然に胞子が飛んでくることを期待することは難しいことでしょう。資源の量からしても、すでに発達した菌根にアクセス出来るということは、大変なメリットです。まさに、森林は菌根菌あって初めて成立しているのです。

植物の進化史は、水中の植物が上陸したことは、非常に大きな出来事でした。それは、動物が上陸するに際して、すでに陸上に植物があったから可能であったことは明らかです。その植物も上陸初期は非常に未熟な根しか持っていなかったことが化石から明らかとなっています。おそらくは、上陸初期の植物はすでに菌類と共生関係を結んでおり、未熟な植物の根の代わりをしていたのでしょう。遺伝子解析の結果からは、菌根菌の一部は植物の上陸した時期にはすでに存在していたことが推定されています。そうなると、動物が上陸出来たのは植物のおかげで、植物が上陸出来たのは菌根のおかげということになります。我々人類が誕生したのは、遠因を辿ると植物と菌根が共生関係を結んだ時点まで行き着くとも言えるかも知れませんね。


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鈴木正彦・末光隆志 / 著、『「利他」の生物学 適者生存を超える進化のドラマ』(中公新書)が刊行されました。生物は利己的であるというのは基本的なことですが、共生関係など利他的な戦略は、ただ利己的であるよりも生存に有利であったりします。そんな、共生関係について生物界を広く見渡し紹介した1冊です。内容的には植物だけではありませんが、植物も扱われており、以外と本では触れられない話が多いように思われます。内容について、植物関連部分の概要だけ少しご紹介します。

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①細胞内共生説
ミトコンドリアや葉緑体は元来は細菌であったという細胞内共生説は、1970年のリン・マーグリスの『真核生物の起源』にまで遡ります。すぐに認められたわけではなく、中々受け入れられなかったとはいえ、細胞内共生説について学術レベルの内容を一般書籍で解説した本はあまりなかったと言えます。葉緑体の誕生は植物の誕生でもあるわけですから、生物の進化の歴史では非常に重要なイベントです。マーグリスの時代より研究は進んでいますから、最新の情報を得ることが出来ます。

②虫媒花と昆虫の進化
当ブログでも、サボテンや多肉植物と花粉媒介者の関係についての論文をいくつかご紹介してきました。しかし、論文は狭い範囲の的を絞った話でしたから、その基本的な有り様についてはわかりませんでした。本書では、様々な実例を挙げて花粉媒介の有り様を解説しています。共進化やアリ植物を始めとした、植物と昆虫の関係性を広く解説しており勉強になります。

③菌根菌と植物の関係
野生の植物は菌類と共生関係を結んでいるものが非常に多く、乾燥地に生えるサボテンや多肉植物も例外ではありません。私も何度か記事にしたことがあります。根粒菌の話だけではなく、蘭菌の話やアーバスキュラー菌の話もあり、植物と菌類の共生関係の基本的な部分を学ぶことが出来ます。

内容的には動物や菌類の話も沢山あります。しかし、このように植物だけを分けないという書き方は少し珍しいですね。研究者は基本的に1分野に突出するため、広く扱うのは中々難しいように思われます。本書は2人の専門が異なる研究者の共著で、お互いに内容を補っています。読んでいて感じたのは、植物もまた生物界の一部分に過ぎないのだという当たり前のものでした。しかし、基本的に生物学の一般書籍は、動物は動物、植物は植物に絞って書かれがちですから、その当たり前の意識が薄れがちです。私などはサボテンや多肉植物の論文に前のめりで入り込んでいるため、そのことをついつい忘れがちです。一度立ち止まって、広く見回してみるのも必要なことだと思いなしました。おすすめします。


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花の誕生はいつまでさかのぼるのでしょうか? おそらく初めての花は、シダ植物から裸子植物が進化する段階において誕生した風媒花だったのでしょう。しかし、その裸子植物の花は針葉樹のように実に目立たないものだったはずです。しかし、現在の植物の大半は目立つ花を咲かせる虫媒花です。これらの花は被子植物に特有ですが、その起源は謎に包まれていました。かのダーウィンが「忌まわしき謎」と称したぐらいです。この「忌まわしき謎」に化石記録から挑んだ本があります。されは、髙橋正道による『花のルーツを探る -被子植物の化石-』(裳華房、2017年)です。

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被子植物はどのくらい前から花を咲かせているのでしょうか。遺伝的変異の蓄積を時間軸に当てはめて計算した分子時計というものがあります。参照とする植物により結果が変わりますが、予測される被子植物の誕生時期は石炭紀〜白亜紀とかなり広いものでした。しかし、被子植物の花には1億年以上の歴史があることは明らかです。
とりあえず、現在見つかっている確かな最古の被子植物は、イスラエルの1億3200万年前の地層から見つかった花粉の化石です。しかし、裸子植物やシダ植物の花粉が圧倒的で、被子植物の花粉はわずか0.2%以下しかありませんでした。とはいえ、白亜紀には被子植物が存在したということだけは確かでしょう。また、さらに古い被子植物の花粉や花などの化石が報告されていますが、保存状態が悪くはっきりと断定できないものばかりで、可能性はありますが確実とは言えませんでした。
これまで発見された化石は時代を遡るほど単純化するため、著者は1億3500万年前くらいに被子植物が誕生したのではないかと考えているようです。

著者の専門は花の化石ですが、ここで化石について基本的なことを解説しておきます。ド素人の私の解説で申し訳ないのですが、結構勘違いされる向きがあるようですから少しお付合い下さい。まあとにかく言いたいのは、遺骸は化石として必ずしも残る訳ではないということです。基本的に生き物は死ぬといずれ腐ってしまい、消えて無くなります。分解されにくい骨や貝殻も、少しずつカルシウムが溶け出してしまい、脆くなり粉になってしまいます。
縄文時代には縄文人の骨が見つかりますが、弥生時代には見つからなくなります。昔は弥生人に滅ぼされたようにも考えられたりしましたが、実際には異なりました。というのも、日本の土壌は酸性で骨は溶けてすぐになくなってしまいます。縄文時代には海面が上昇(縄文海進)したため巨大な干潟が出現し、縄文人は干潟で採った貝の殻や魚の骨を穴に捨てました。いわゆる貝塚ですが、このため縄文時代は貝塚付近は土壌がアルカリ性となり縄文人の骨は残ったのです。次に弥生時代には、縄文海進が終わり貝塚が作られなくなりました。そのため、縄文人の骨はほとんど見つからないのです。ちなみに、弥生人の骨は壺に入れられて埋葬されたため溶けずに見つかるのです。ただし、そのような骨は大陸に近い海岸沿いでしか見つからず、縄文人の代わりになったというにはささやかなものです。
という訳で、化石は特殊な条件があって初めて出来るものです。昔、人類の化石が少ししか見つからず、しかもそれぞれの年代が離れていたので、それを「ミッシング・リンク」と呼びました。ただ問題は「ミッシング・リンク」を過大視して、進化論を否定する人が沢山いたことです。それは、古代人骨が必ず化石になるという素朴な勘違いによるものでした。ある意味、見つからない方が自然です。むしろ、化石が見つかった場合は何か特別なことが起きたからなのです。

長くなりましたが、化石は奇跡の産物です。植物化石なら、落ち葉の化石がよく見つかります。しかし、これは柔らかい粘土などに押された跡が残ったものです。そのものではありません。植物化石で確実なのは炭化することです。日本では遺跡から炭化した米が見つかりますが、これは米を炊いた時に出来たお焦げです。炭化した植物は立体的な構造が綺麗に残ります。野生の植物なら、山火事による偶然を期待するしかありません。しかも、偶然化石となっても、地層の圧力や褶曲により破壊されてしまいます。著者もあちこち調査に赴くも上手く行かず中々苦労したみたいです。
採取した堆積岩を溶かし、ふるいにかけ、塩酸に浸けてからフッ化水素に浸けて石英などの鉱物を溶かします。これらの処理を何度か繰り返し、1つのサンプルで3〜4ヶ月あるいはそれ以上かかるそうです。ここからが一番大変で、残ったものを顕微鏡で観察していきます。実際には壊れて破片になったゴミばかりですが、稀に壊れていないものが見つかるのです。そのような苦労の末、著者は日本で初めて白亜紀の花の化石を発見しました。日本は火山活動が活発なので、このような化石が見つかるのは中々にして奇跡的なことです。さて、白亜紀の被子植物の花はミリ単位の超小型な花です。被子植物の誕生時はこのようなサイズだったようです。日本の白亜紀はまだ大陸の一部だったころで、熱帯性のバンレイシ科植物の花化石がみつかるなど、暖かい気候だったようです。

被子植物の花化石の傾向を見ると様々なことが分かります。例えば、原初の花はモクレン科の花が想定され、枝の頂点に1つ付くとされます。しかし、花化石からは、古いものでも複数の花が集合しているものが沢山あり、著者はそのような集合した花序が古い形質と考えているそうです。また、モクレン科説では、花の中央の雄しべと雌しべからなる部分(花床、花托)は螺旋状ですが、原始的な花は螺旋状の花床が軸状に長くなったものとされます。しかし、古い花化石は短い花床のものが多いようです。この他にも、原始的な花について、その傾向が様々な角度から述べられています。
花の進化を知る上で、本書は非常に参考になります。白亜紀の花の電子顕微鏡写真が沢山載せてあり、原始的な花の姿を見ることが出来ます。メジャーなレーベルではないため本書の存在を知らない方が多いとは思いますが、良い本ですから是非おすすめしたい一冊です。


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植物栽培は様々な病害虫との闘いですが、そのなかでも致命的なのはウイルス病です。簡単に伝播・蔓延し、基本的に治す手段はありません。この植物のウイルス病については、何故かあまり園芸書にも詳しく書かれていません。そんな植物のウイルス病について書かれた珍しい本がありますので、ご紹介します。本日ご紹介するのは、井上成信による『ランのウイルス病 診断・検定・防除』(農文協、2001年)です。

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植物のウイルスはインフルエンザウイルスのように、空中を漂って感染したりはしません。基本的に接触感染ですが、ウイルスに感染した植物に触れた手で他の植物に触ると感染する可能性があります。特に植え替えの際にランの根は傷つきやすく、大量のウイルスが手に付くことになります。また、株分けや枯れ葉の処理のために使用したハサミやナイフからも感染します。また、アブラムシ、ハダニ、アザミウマ、センチュウなどにより媒介されます。灌水した際に鉢底から流れ出る水からもウイルスは検出され、特に吊り鉢から流れ出る水がウイルスをばらまくことがあります。面白いことに、市販のタバコはタバコモザイクウイルスが90〜100%という高率で含まれているという報告があります。しかも、紙巻きタバコに加工されていても感染力があるため、タバコをもみ消した時などに葉に指が触れた手で植物に触れると、感染が起こる可能性があるということです。
基本的にウイルス病は治す手段がないため、持ち込まないことが重要です。そして、感染源となるアブラムシやハダニの防除に努めるしかありません。また、ウイルス病の鉢があった場所に、他の鉢を置くと感染してしまうため、置き場を流水でよく洗い、漂白剤などで消毒します。鉢同士も葉が接触しないように少し離し、落ち葉が他の鉢に落ちないように気を配る必要があります。使用するハサミやナイフ、ピンセットなども使いまわしはせず、流水で物理的な汚れを取り除いてから消毒します。鉢や用土の使いまわしはウイルスの感染が起きるため注意が必要です。用土は使いまわしはせず、鉢はしっかりと洗浄と消毒が必要です。
本書は様々な種類のウイルス病についての専門的な解説もありますが、興味を引くのはなんと言っても様々な症状が写真で示されていることです。ウイルス病ではよくあるまだら模様になるだけではなく、葉がよれたり、褐斑を生じたり、凹みを生じたりと症状は様々です。

以上が本の一部を抜粋したです。あくまでランの話であってサボテンや多肉植物には関係がなさそうですが、必ずしもそうとは言えません。ランはウイルス病の見本市のようなもので、とにかくウイルス病はなんでも感染してしまうため、このような本が出たわけです。しかし、植物のウイルス病は本来の宿主とは異なる植物にも感染するため、サボテンや多肉植物にも野外の植物からアブラムシやハダニなどを介してウイルスが感染する可能性があります。実際にランのウイルスを鑑定するために、他の植物にランのウイルスを接種する試験があるくらいです。

植物のウイルス病と言えば、オランダのチューリップバブルの頃は、モザイク斑がウイルス病であると分からず、非常に高額で取引されました。これは、日本の古典植物にも見られ、江戸時代の園芸書の品種には、明らかにウイルス病とおもわれるものがありました。本書でも、寒蘭などの古典園芸で用いられてきたCymbidiumには、「金砂」と呼ばれる明瞭な斑が現れるタイプがありましたが、これはORSVというウイルスによるものでした。この事実は著者が明らかにしたということですが、植物に価値がなくなるため、中々受け入れられなかったそうです。しかし、ウイルス斑であるか否かなど我々のような素人には分かりませんから、斑入りの植物を目の前にした時に区別が付かない気もします。


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『生物の科学・遺伝』という雑誌の2023年5月1日に発行されたVol. 77号を購入しました。この号は花ハスの特集で、面白そうですから買ってみました。隔月の刊行なので、今年の3号になるそうです。

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購入を決めた決め手は、なんと言っても沢山のハスの品種の花の写真が掲載されていたからです。しかし、これほど沢山の品種があることには驚きました。そして、ハスの花は非常に美しいですね。それだけでも十分に楽しめました。もちろん、それだけではなくて、様々な角度からハスに迫っています。科学雑誌らしく、ハスの研究も紹介されています。
その前に、ハスの全般的な解説と利用についての総論、「花ハスの歴史と人々との関わり」や、2000年以上前の地層から発見されたハスの種子を発芽させることに成功させた、いわゆる古代蓮について経緯と特徴を解説した「大賀一郎博士とハスの研究」。さらに、様々な遺跡からハスの種子を見つけ、花を咲かせようというプロジェクトについて述べられた「お釈迦様のハスを探す冒険」があります。
科学的なものでは、次の論考があります。ハスの葉は水を弾きますが、その微細構造から撥水の仕組みを説明した「ハスの微細突起構造がもたらす超撥水性」や、ハスの葉のくぼみに溜まった水に気泡が出る現象を解説した「抽水植物ハスの換気システム」。ハスの地下茎であるレンコンの肥大についてと突然変異の赤いレンコンを調べた「根茎の肥大制御と着色」、ハスの花が発熱する現象を説明した「ハスの発熱現象と温度調節メカニズム」がトピックとしてあります。
赤いレンコンは将来的に食卓に登るかもしれないので気になりました。赤い色はアントシアニンという色素で、ブルーベリーなどに含まれるいわゆるポリフェノール類です。ポリフェノールは抗酸化作用がありますから、昨今の健康ブームから見て一般化するかも知れません。
そして、一番気になったのは、ハスの花の発熱現象についてです。なんと、この現象は明治31年に日本人研究者により英語論文が書かれており、その論文が世界初の報告だと言います。雑誌の内容的には、発熱のメカニズムが主です。しかし、気になるのはなぜ発熱する必要があるのかです。花の発熱と虫媒は関係すると聞いたことがありますが、それはどのような関係なのでしょうか? にわかに気になってきました。そのうち調べてみたいと思います。


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植物にも病気になるものがあり、場合によっては病気が原因で枯れてしまうこともあります。症状は様々で、その原因も様々です。植物の病原菌の大半は真菌、細菌、ウイルスが原因です。真菌とはカビやキノコの仲間のことですが、その多くは落ち葉や動物の遺骸を腐らせ分解しますが、一部は生きた植物に感染します。植物寄生性の細菌は葉に茶色い斑点を作ったりしますが、このような斑点は生理障害や葉焼けなどが原因の場合もあります。植物にウイルスが感染すると、葉に斑模様が現れ花が縮れるなどの症状が現れます。昔はこのようなウイルス斑が入った植物を珍しがって高値で取引されたこともあります。
さて、このような植物に感染する病原菌に興味を持ち何冊かの本を読んだりしましたが、2019年に非常に良い本が出版されたのでご紹介します。日本植物病理学会による『植物たちの戦争 病原体との5億年サバイバルレース』(講談社ブルーバックス)です。少しだけ内容を見てみましょう。

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植物は動けないからといって無抵抗な訳ではありません。まず、植物の葉には病原菌から見ると非常に分厚いクチクラ層や細胞壁があり、簡単に侵入することは出来ません。いったいどのように侵入しているのでしょうか?
まず、カビから見ていきましょう。カビは付着器という器官を持ち、そこから穴を開けて侵入します。穴を開ける仕組みも巧妙です。付着器には粘性の高いグリセロールが溜まっており、水が流入すると膨れ上がります。その圧力は自動車のタイヤの空気圧の40倍にもなるそうです。その高い圧力で葉の表面に穴を開けているのです。
次に、非常に小さな細菌では葉に穴を開けることば出来ませんから、植物の気孔から侵入します。植物は光合成のために二酸化炭素を取り込まなくてはならないため、気孔という穴を開閉する必要があります。しかし、気孔は細菌を感知すると閉じてしまうのだそうです。そのため、細菌は植物ホルモンの類似物質や様々な毒素を分泌して気孔を開かせるのです。


植物はただ硬くなるだけではありません。病原菌に侵入を許したとしても、様々な防御機構があります。
その1つが、ファイトアンティシピンと呼ばれる抗菌性の化学物質群です。常に存在するものや、病原菌の侵入により活性化するものなど様々です。ファイトアンティシピンとして有名なのは、お茶に含まれるカテキンなどのポリフェノールです。しかし、病原菌はファイトアンティシピンを分解する物質を作って対抗するものもあります。
また、植物は病原菌に攻撃されると、様々なタンパク質を分泌します。例えば、17のタイプがあるPRタンパク質は、カビの細胞壁の成分であるキチンやグルクンを分解するキチナーゼやグルカナーゼといった酵素や、カビや細胞に抗菌性を示すディフェンシンやチオチン、卵菌に抗菌性を示すPR-1やソーマチン様タンパク質、ウイルスに対するリボヌクレアーゼなど様々です。

さらに、極端な植物の防衛策として、過敏感反応があります。過敏感反応は病原菌の周囲の植物の細胞が自ら死を選び、自分もろとも病原菌に対抗する反応です。これは、生きた細胞内でしか生きられないような、完全に寄生性の病原菌には非常に有効です。しかし、毒素を撒き散らしながら組織を浸潤するような病原菌の場合、逆に病原菌が活性化してしまいます。

思いもよらぬ対抗策もあります。実験用の植物の細胞の内外の糖分の出し入れに関わるタンパク質に変異がが入った場合、何故か細菌に感染しやすくなることがわかりました。詳しく調べると、細菌に感染するとこのタンパク質は活性化して急速に糖分を細胞内に吸収します。細菌は細胞内ではなく細胞の間に潜むため、細胞外の糖分が失くなると栄養分が足りなくなります。ある種の兵糧攻めのようなものです。

以上はごく一部の要約です。実際には詳しいメカニズムも解説されます。さらに言うならば、以上の話は本の前半のみの内容です。これ以上に激しい植物と病原菌とのせめぎあいがあります。
しかし、どうやら植物の病原体は環境中にいくらでもおり、動かない植物ですが常にそれらの病原体と激しい攻防を繰り返しているようです。この本を読んで、私の持っていた植物のイメージは完全に変わってしまいました。大変、勉強になる本ですのでぜひ一読してみて下さい。


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植物に関わる新刊が出ました。『牧野富太郎の植物学』(田中伸幸 / 著、NHK出版新書)です。NHKの連続テレビ小説「らんまん」は大正生まれの植物学者である牧野富太郎をモデルとしたドラマですが、著者はその植物監修を担当したということです。著者が高知県立牧野植物園の標本室長だったことなど、牧野富太郎と縁があるそうです。まあ、ドラマはともかくとして、牧野富太郎について書かれた本は、その半生をドラマチックに描いたものが多いようです。しかし、本書の著者は植物学者ですから、牧野富太郎の植物学者としての仕事に焦点を当てています。実は牧野富太郎について学者が書いた本は珍しく、肝心の植物について詳しく書かれた本はあまりないようです。

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前半は、特に日本国内の植物をすでに正式に学名が命名されている植物と照合し、名前がないものには新たに命名するという、牧野富太郎の生涯の活動について詳しい解説しています。その際に、基本的な植物学の基礎知識として、学名についてのある程度詳しい解説があり、結構勉強になります。後半は植物画や標本の意味などやはり植物学に関する話が続きます。牧野富太郎と言えば細密な植物画を描いたことは有名ですし、生涯に数十万点の標本を作ったことが知られています。それらの今日的な価値とは如何なるものでしょうか?
牧野富太郎はその半生の前半は学術世界に、そして後半は教育に人生を捧げました。牧野富太郎は日本中を飛び回り、植物について語り標本の作り方を伝授しました。それにより
、アマチュアの植物観察の会は日本各地に出来て、今現在でも活動している会も沢山あるそうです。
植物学から見た牧野富太郎は新鮮で、スキャンダルやゴシップが大好きな方々に書かれた本とは一線を画す出来です。植物そのものではなく、論文や学名、新種の記載、植物画、標本など、あまり植物関係の本でも語られない学術世界が新鮮に感じますし勉強にもなります。非常に良い本でした。


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花を咲かせる植物は花粉を作りますが、花粉は受粉して種子を作るためです。というよりも、花粉のために花があるといった方が正しいかもしれません。受粉が風任せな風媒花(杉などの針葉樹、オオブタクサ、イネ科植物など)は目立たない花を咲かせますが、昆虫を呼び寄せて花粉を運んでもらう虫媒花は、昆虫を呼び寄せるために目立つ花を咲かせるのです。
もちろん、風媒花以外の花はすべて虫媒花という訳ではありません。アフリカのタイヨウチョウや新大陸のハチドリなど花の蜜を専門とする鳥もいることから、鳥媒花も存在します。また、コウモリにより受粉する蝙蝠媒花も存在します。とは言うものの、やはり動物による花粉の媒介は、その多くが昆虫によるものと考えられています。

アフリカの鳥媒花については、こちらの記事をご参照下さい。

蝙蝠媒花については、こちらの記事をご参照下さい。

一口に虫媒花と言っても花粉を媒介する昆虫は様々です。花を訪れる昆虫と言えば蜜蜂や蝶が思い浮かびますが、それだけではなく蝿や蛾も重要なポリネーター(花粉媒介者)です。これらの花と花粉を媒介する昆虫の関係について書かれた石井博の著作、『花と昆虫のしたたかで素敵な関係 受粉にまつわる生態学』(2020年、ベレ出版)を本日はご紹介します。

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花粉を運ぶ昆虫と言えばミツバチを思い浮かべますが。これは養蜂からの発想に過ぎません。実際には狩りバチや寄生バチ、ハバチなど様々なタイプのハチが花を訪れます。その中でも重要なのはハナバチの仲間です。ハナバチは非常に種類も多く、ハナバチが訪れることが重要な意味を持つ植物も多いようです。赤・橙・黄色系統の花を咲かせるアロエにもハチは訪れますから、暖色系の赤色の花にハチが来ると思っていましたが、ハチは赤色を認識出来ないようです。まあ、アロエの花は純粋な赤色ではないので、特におかしなことではないのでしょう。また、ハチが訪れる花の色は様々で幅が広く、それほど強い傾向はないようです。まあ、ハチの種類ごとには傾向があるのかもしれませんが。
しかし、ハチの口器の形からして、筒状あるいは先端や根元がすぼまった形の花からは採蜜は出来ないでしょう。例外はあるようですが基本的には開いた花に訪れます。ハチが訪れる花には、花の中央付近の色が濃くなったり異なる色の模様が入っているものが割と多く、これを蜜標(nectar guide)と呼ぶそうです。


次はやはり花に訪れる昆虫の代表格であるチョウを見てみましょう。しかし、チョウは口器がストロー状ですから花粉に触れないで採蜜出来るような気がします。つまりは、いわゆる盗蜜者ではないのかと私は考えていました。ところが、実際にクサギではアゲハチョウが花を訪れないと、受粉効率が低下するようです。そもそも、チョウが多く訪れる花には、蝶媒とも呼べる共通する特徴があると言います。それは、花の形がラッパ状や漏斗状で、葯や柱頭が飛び出しており、花粉に粘着性があり甘い芳香があるなどです。また、赤系統の花が多い傾向もあるようです。

次は蛾についてです。ガもチョウと同じく鱗翅目の昆虫ですから、当たり前ですが採蜜します。ガもやはり蛾媒と言える花の特徴があります。夜間に咲き、花は白か緑色、あるいは薄い色、葯や柱頭が飛び出しており、花筒や距が発達しており、強くて甘い香りを持つなどです。花は白や薄い色が多いのは、薄暗くても比較的見つけやすいとあります。しかし、個人的に思うのは、暗いためガは視覚ではなく嗅覚に頼っているので、花の色が不要なだけなような気もします。

次は蝿です。ハナアブやツリアブは花に特化しており、長い口器を持つものもあります。普通のハエも花を訪れて採蜜するそうです。花虻・蝿媒の花は皿状や椀状で単純な形で、葯や柱頭、蜜腺が露出し、花色は白か黄色、薄い緑色が多く、日中に開花し香りは弱いものが多いようです。一般的にハエ目の昆虫は色を識別する能力が低いため、花色は地味なのでしょう。長い口吻を持つツリアブは花筒が長く花蜜が、奥深くにある花を好みます。そして、様々な色の花を訪れ、他のハエよりハナバチに似た傾向があるようです。
他にも、ハエはラフレシアなど腐臭がする花に引き付けられます。マムシグサなどサトイモ科植物はキノコバエを誘引するため、キノコの匂いを出しているのかもしれません。

この他にも、ハナムグリやケシキスイなどの甲虫や、アザミウマによる花粉媒介なども知られています。また、鳥媒花とコウモリ媒花も紹介されています。赤い花にはハナバチが来ないため、Fouquieriaの赤い花は昆虫ではなくハチドリだけを呼ぶ算段なのかもしれませんね。ちなみに、コウモリ媒花の花は、夜間に咲いて、白かクリーム色、緑色などで、発酵臭などの強い匂いがあったりするそうです。面白いことに、綿毛に覆われた柱サボテンであるEspostoa frutescensは、綿毛が音を吸収することにより、花の音響を際立たせていると考えられているそうです。音の反射を利用して飛ぶコウモリに対する適応なのかもしれません。他にも、ヤドカリ、トカゲやヤモリ、ネズミなどが受粉に関与するケースもあるそうです。
本の内容的には以上の話はほんのさわりで、花と昆虫の複雑な関係のディープな話が盛り沢山です。植物と昆虫が一対一の関係を築いたり、昆虫が花を選択してある個体は同じ種類の花にばかり訪れたり、植物が昆虫を騙しておびき寄せたり、逆に昆虫が花の蜜を盗んだりと様々な事象が語られます。非常に勉強になり、かつ面白い本でした。


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プラントハンターはヨーロッパの列強国が世界中に派遣した植物採取人たちのことです。もちろん、国家が国策として行っていたわけではなく、ヨーロッパの園芸熱の高まりにより、ヨーロッパの人々は異国の珍しい植物を入手しようとしたのです。
さて、本日はそんなプラントハンターについて書かれたAlice M. Coatsの「プラントハンター東洋を駆ける」(八坂書房、2007年)をご紹介しましょう。原版は世界中のプラントハンターについて書かれているそうですが、日本語版はその中から日本と中国を舞台にした部分のみを抜粋しています。基本的には次々とプラントハンターの人生が語られ、内容は非常に濃密です。語られるのも、日本では有名なシーボルトやケンペルだけではなく、存命中はまったくその業績が知られていなかったようなプラントハンターすら登場します。


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日本はプラントハンターが訪れた時には、すでに園芸ブームが繰り返しあったわけで、プラントハンターも植木屋が沢山あることに驚いた様子です。また、日本では何かと異国の話を聞きにくる知識人も結構いた様子もうかがえます。中には帰国したプラントハンターに植物を送り続けた日本人すら登場します。国や時代が代われど人のつながりは普遍的ですね。
さて、日本や中国からヨーロッパに渡った植物は沢山あれど、そのすべてが栽培された訳ではありません。初期は地球を半周する船旅に耐えられないものも多く、植物輸送用のミニフレームである「ウォードの箱」が開発されるまでは生き残るものはわずかでした。また、船が難破することもしばしばでした。
日本からはアジサイやアオキ、ツツジなどの花木やユリやサクラソウなどの草花を始め、非常に多くの植物が導入されました。意外にも針葉樹が何かと登場しますが、庭木としての活用が期待されたのかも知れません。また、桜は中々導入されませんでしたが、理由はよく分かりません。開花期を見逃していただけなのでしょうか?
プラントハンターは園芸植物だけを求めた訳ではなく、沢山の乾燥標本を作ってヨーロッパに送っています。それらの標本を元に学名が付けられていますから、現在でもそれらは貴重な資料です。

最近、日本でもプラントハンターと呼ばれる人がいます。しかし、テレビで放映しているところを見ると、実際に採取するために探検している訳ではなく、世界中を飛び回って買付をしているバイヤーであることが分かります。とは言うものの、昔のプラントハンターも、ほとんど都市部で植木屋などから購入するだけだった人物もいないではありません。まあ、当時はヨーロッパからアフリカ西岸を帆船で南下して、喜望峰を回り北上し、インドや東南アジアを経由して東アジアに来るだけで大変な冒険ではありました。また、中国では盗賊や海賊に悩まされ、病気になったものも多く現地で亡くなったプラントハンターもいます。中には現地民に襲撃されて命を落としたプラントハンターすらいます。昔のプラントハンターは危険をかえりみず、わずかな報酬でまったく未知の世界に飛び出した、まさに冒険家だった訳です。

この本の原版は割と古いもので初版は1969年ですから、何となく時代を感じる記述が目立ちます。例えば中国ではプラントハンターは所詮は余所者でしかないというのに、便宜を図らない中国に批判的です。しかも、侵略的なヨーロッパ列強の姿勢には無批判で、読んでいると列強に侵食される中国の方が悪いかのように感じてしまいます。どうにも西洋中心主義が色濃い雰囲気ですが、実は1990年代でも学術世界ですら生き残っていた思想ですから、時代を考慮するならば仕方がないことかもしれませんね。


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植物の研究では分野によりますが、野外で植物を観察したり標本を作製したりすることもあります。これらの標本は研究者個人のコレクションではなく、大学や博物館に貴重な資料として納められます。もちろん、これはプロの研究者が採取地などの詳細な情報と共に標本化されるものですから、私のような素人が採取したものとは重要性・信頼性・学術性において雲泥の差があります。これらのコレクションは乾燥標本、つまりは押し花ですからペッタンコで色も褪せてしまっています。そのようなものが役に立つのかと思ってしまいますが、実際大いに役に立ちます。単純に葉や花の形を比較するだけではなく、例えば茎に細かい筋がある、葉の裏に微小な毛がまばらにあるなど、後から詳細に調べることも可能です。さらに、過去の標本や、違う産地の標本同士を比較することも可能です。最近では、標本から遺伝子を取り出して解析することも出来るようになりました。同じ種類の産地の異なる標本の遺伝子を調べるだけで、実は良く似ている別種であったなんてこともあり得る話なのです。

という訳で、前置きが長くなりましたが、標本の採取はこのデジタルな時代にあってもなお重要です。本日は、そんな研究者の標本採取の旅について書かれた本をご紹介したいと思います。それは、塚谷裕一/著『秘境ガネッシュヒマールの植物』(研成社)です。

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表紙はいわゆるヒマラヤの青いケシです。この調査は、ネパール・ヒマラヤのガネッシュヒマールで行われました。ガネッシュヒマールは王政時代は入山禁止だった秘境中の秘境で、ほとんど調査が及んでいない地域です。調査の目的はガネッシュヒマールに分布する植物をリストアップすることです。1種類につき最低6セットの採取を目標としていますが、これは世界6箇所の研究機関に配布して、広く世界中の研究者たちに利用してもらうためです。もちろん、必ずしも6セット揃うとは限りませんが。
調査はチームで行われ、それぞれが専門分野を持っています。とはいえ、自分の専門分野外についても採取する必要があります。ちなみに、著者はシロイヌナズナを実験材料としていますが、ヒマラヤ地域にも分類的に近い固有種が分布しています。国内にはほとんど標本が存在しないため、著者は標本を必要としているのです。また、今回は標本だけではなく生きた植物を採取して持ち帰り、種子をとることを目指しています。
流石にヒマラヤ地域ですから、標高も高く環境は厳しいものです。著者も高山病で常に頭痛に見舞われながら採取をこなしていきます。ポーターがいるとは言え、野営地では標本を作るために採取した植物を乾燥させたりと、中々忙しい道中です。標高が上がれば高山病、下がれば蛭だらけと楽は出来ないのです。

さて、中々このような学術調査の道中については語られませんから、大変興味深く読みました。というのも、このようなフィールドワークは道中に様々な出来事があったはずですが、そのような細々したことは論文には書かれません。研究に関係ないことは記載しないのは当たり前のルールです。今回は採取が目的ですから論文は書かれないかもしれませんが、国から研究費が出ていますから報告書の提出が必要です。しかし、この場合の報告書は論文よりさらに簡潔な無味乾燥な代物です。著者が見たもの感じたことは論文には示されません。このような本は大好物なので、見かけたら必ず入手するようにしていますが、大きな出版社ではなく有名なものではないため中々難しいものです。1960~1980年くらいには、この手の本はよく出ていたのですが、最近はあまりないみたいです。昔は海外調査自体が稀で、海外旅行も今より少なかった時代の読者も、見知らぬ海外に興味が高かったのかもしれません。現代人は海外旅行は当たり前な上、ネットの膨大な情報で、感覚的に秘境など無いに等しいのかもしれません。個人的には寂しくもあるのです。


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植物の葉の形は様々です。当たり前のように思われるかもしれませんが、生存に適した形や大きさというものがあるならば、似たような葉ばかりになるのではないのでしょうか? この葉の多様性は大変興味深い分野で、日本では植物学者の塚谷裕一さんが何冊か本を出しています。本日は日本植物生理学会が監修する2008年に刊行された『進化し続ける植物たち』(化学同人)という本から、塚谷裕一さんの論考、「植物の柔軟性はどのように進化してきたのか」をご紹介します。

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屋久島は多くの植物が本土とは異なります。構成は同じなのですが、全体的に小型で大抵は本土に生える植物の変種扱いとされています。塚谷さんは屋久島の小型の植物は渓流植物ではないかと考えました。渓流植物は文字通り渓流に生える植物で、水の増減が激しい渓流ではふいに強い水流を受けやすい環境です。ですから、渓流植物は小型になる傾向があるのです。
例えば、屋久島原産のヒメツルアリドオシという植物は、日本各地に見られるアリドオシの変種とされます。ヒメツルアリドオシはまるでアリドオシのミニチュア版のような大変小さな植物ですが、ただ小さいから変種とするのは大げさではないかと塚谷さんは考えたようです。そこで、日本中のアリドオシを集めて葉の縦の長さと横幅を測定してみました。すると、日本各地のアリドオシは様々なサイズの葉を持ちますが、葉の縦の長さと横幅の比率はほぼ同じでした。縦軸に葉の長さ、横軸に葉の幅を表したグラフを書いてみると、綺麗な直線となるのです。驚くべきことに、ヒメツルアリドオシはその直線の一部で連続しており、確かに小さいもののアリドオシとの境は見つかりませんでした。ヒメツルアリドオシの葉を顕微鏡で見てみると、葉のサイズは異なるのにアリドオシとまったく区別はつきませんでした。つまり、細胞のサイズが小さくなるわけではなく、細胞数を減らしてミニチュアの同じ形を作っているのです。

次に金華山(宮城県)ではオオバコが小さな葉をつけ、しかもそれは鹿が食べるからだという話を聞き、調査に向かいました。実際に金華山で植物は小型化したり、匂いがきつくなったり、トゲが長くなったりと鹿に対する防衛策が発達しています。ちなみに、小さくなることがなぜ防衛策となるのかと言うと、鹿は地面に鼻を着けて草を食べないので背の低い草は食べられにくいということです。
さて、金華山には自然のブナ林がありますが、鹿が苗を食害してしまうため、新しい木がまったく育ちません。実は金華山にはもともと鹿はいなかったのですが、金華山に神社を建てた時に人為的に鹿を放したということです。鹿に苗を食べられてしまうため、ブナは古木ばりで若い木でも樹齢500年ということです。しかし、よく考えたら鹿が放たれたのは、500年前くらいだったのかもしれません。この樹齢500年の「若い樹」は鹿に食べられずに育ったからです。
ここで、面白いことに気がつきます。鹿が放たれてからたった500年ほどしか経っていないのに、植物は防衛策をこれだけ発達させているのです。進化は急激に進んだことが分かります(※1)。

(※1)直ぐに思い付く疑問として、なぜブナは食べられる一方で食べられないように進化しないのか?、他の植物が出来ているならばおかしいのではないか? というものです。私も最初、そう思いました。しかし、ブナは種子が発芽してから、その個体が生長して実をつけるまでの時間が長すぎるのではないでしょうか。発芽してから1年以内に種子をつける一年草とは条件が異なり、世代交代が遅く進化速度も緩やかなはずです。そして、そもそも実生が食べられてしまうため、次世代が育たないので進化しようがありません。ブナは倒木更新が一般的ですから、発芽して育つ苗自体の数も少ないので、鹿害を受けやすいのではないでしょうか。

これらは非常に希なケースかと思いきや、実は鹿のいる宮島(広場県沖)でもオオバコなどの植物が小さいというのです。島+鹿は植物の葉を小さくするのでしょうか? 。さっそく、全国の島を調査しましたが、必ずしも島+鹿で葉が小さくなる訳ではないようです。ある程度の大きさのある島じゃないと植物の小型化は起きないようです。どうやら、島が小さすぎると鹿が植物を食べ尽くしてしまい、植物が進化する前に全滅するということが分かりました。
さて、実は鹿だけではなく、古い神社仏閣に生えるオオバコなども小型化するということが知られているそうで、これを神社仏閣型と呼んでいるそうです。これは鹿ではなく、神社仏閣の境内など敷地内はよく整備されており、雑草が抜かれる傾向が強いからかもしれません。古くは江戸時代の書物にもその旨が書かれており、由緒正しい神社仏閣ほど小型化するとされていたようです。つまり、由緒正しいということは、その神社仏閣が古くからあるということでもあります。それだけ長い年月、植物に淘汰圧がかかっていたということのでしょう。ちなみに、古い神社仏閣は数百年の歴史があり、金華山の約500年と年月的に似ていますね。
オオバコは日本中に分布しますが、やはり屋久島のオオバコは小型でヤクシマオオバコとされています。しかし、やはり小型の宮島のオオバコもヤクシマオオバコではないかという考え方もあるのだそうです。しかし、日本中のオオバコを集めて遺伝子を調べたところ、意外なことが分かりました。大型のオオバコ、小型のオオバコがそれぞれ分布を広げたのではなく、小型化はあちこちでその都度起こっていたのです。様々な実例を見てきた私たちには特に意外な話ではありませんが、これまでの一般的な考え方を覆したのです。

葉の大きさは思ったよりも可変で、環境に合わせて柔軟に変わってしまうことが分かりました。しかも、それがせいぜい数百年で起こることも驚きです。植物は単純に大きさの大小で別種や変種に分類されたりしますが、もしかしたらそれらは誤りである可能性もあります。まあ、大きさに限らず、例えば日本の南北に分布する植物では、南限と北限の植物は驚くほど異なっていたりしますが、実際には南北の中間地点はグラデーションのように特徴が移り変わり、どこかで区切ることが出来ないこともあります。そもそも種とは何かとは大変な難問ですが、これらの知見を踏まえるとさらにややこしいことになり、恐ろしく曖昧なものになってしまうかもしれません。
さて、実は塚谷さんの本領はこれからで、葉のサイズに関わる遺伝子を解析しています。大変興味深い話ではありますが、またの機会とします。塚谷さんの著作は何冊か手元にありますから、またそのうちご紹介出来ればと考えております。


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どれだけ小さな庭でも、そこに土があれば何かしらの雑草がたくましくも生えてきます。ガーデニングを趣味としている方なら、雑草は大なり小なり厄介な存在でしょう。私も育てている多肉植物の鉢に、どこから来たのか様々な雑草が生えてきます。早期に抜かないと根を深く張ってしまい、中々取り除くのにも手を焼くことになります。こんな趣味の範疇の園芸でも厄介な存在なのですから、農業における雑草は厄介どころの話ではないでしょう。もちろん、科学の力により除草剤なるものが開発され使用されます。しかし、たかが雑草と侮るなかれ。雑草には人間の知恵など凌駕する力があるようです。本日はその雑草が主役の話をしたいと思います。参考とするのは2003年に出版された『雑草の逆襲』(全国農村教育協会)です。早速、簡単に内容をご紹介しましょう。

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農業では雑草は実に厄介な存在です。せっかくまいた肥料を吸ってしまいますし、背丈が高くなれば日照を遮ります。あまりに雑草が蔓延ると、そこから病害虫が拡がることもあります。風通しも悪くなりカビなどによる病気も起こりやすくなります。そのため、除草剤がまかれますが、日本各地で異変が起きているというのです。雑草は本来、実に沢山の種類があります。しかし、除草剤をまいていると、何故か1種類の雑草のみが蔓延る、奇妙な光景が現れ始めたのです。
事の起こりは1980年の埼玉県のことでした。荒川堤外地の桑畑でパラコートなどのビピリジリウム系除草剤に抵抗性があるハルジオンが見つかりました。驚くべきことに、このハルジオンは通常の16倍の除草剤にも耐えることが分かりました。

では何故除草剤が効かないのでしょうか? そもそもパラコートはどのように効くのかというと、葉に光が当たると光合成しますが、その反応にパラコートが作用して活性酸素を生じて葉の組織に損傷が生じるようです。そこで、パラコートに耐性のあるハルジオンやアレチノギクの葉を切って、切り口から標識したパラコートを吸わせてみました。すると、パラコートは葉脈にはありましたが、葉の組織にはありませんでした。つまり、光合成がおきる葉の組織にパラコートが行かないため、活性酸素が生じないということのようです。
しかし、不思議なのはハルジオンのパラコート耐性が、原産地の北米ではなく日本で初めて発生したという事実です。一般的に原産地は種内の多様性が高いことから、北米でこそパラコート耐性が出てくるような気がします。ただ、ハルジオンは日本では大量発生しますが、北米では重要な雑草ではありません。これは、ハルジオンが本来は存在しない侵略者であるため、競争相手がいないだとか、北米でハルジオンにつく病害虫が日本にはいないだとか理由は色々と考えられます。そのため、ハルジオンに対し日本では北米より大量のパラコートが使われてきたということかもしれません。

さて、除草剤に限らず薬剤耐性が起きる仕組みとは、①薬剤の吸収・移行を阻害する、②薬剤を分解してしまう、③薬剤の作用部位が変異してしまう、という3つが考えられます。ハルジオンのケースは①の薬剤の吸収・移行の阻害によるものですね。
さらに、北海道や東北で、水田雑草であるミズアオイやアゼトウガラシにSU剤という除草剤に対する耐性が見られました。SU剤は植物がアミノ酸を合成する過程のアセト乳酸合成酵素(ALS)を阻害しますが、ミズアオイやアゼトウガラシはALSの変異によりSU剤が効かないと考えられているようです。つまり、③の薬剤の作用部位の変異によるものです。
また、何も除草剤抵抗性は日本だけの話ではなく、世界中で起きている現象です。しかも、複数種類の作用機序が異なる除草剤に抵抗性を獲得した雑草も現れているようです。さらには、オーストラリアのボウムギやカリフォルニアのイヌビエのように、解毒機構を発達させてほとんどの除草剤を無効化する「スーパーバイオタイプ」と呼ばれる恐ろしい雑草さえ出てきてしまっています。②の薬剤の分解によるものですね。


しかし、考えて見れば雑草とは実にたくましいもので、人類の叡智など軽々と乗り越えてしまいます。まったく異なるタイプの除草剤が開発されても、基本的にはいたちごっこで、直ぐに乗り越えられてしまうのでしょう。これは、近年重大な問題と化している抗生物質に耐性のある細菌の出現と同じ現象です。こちらも多剤耐性菌の出現により医療現場に多大な負荷がかかってしまっています。やはり、こちらも除草剤と同様に終わりのない戦いを強いられています。
除草剤自体は人体にも有害な物質ですから、使わないに越したことはないのでしょう。しかし、狭い庭ですら雑草を蔓延らせている私には、農家は広い農地を手作業で雑草を抜くべきだとはとても言えません。やはり、人間の知恵など「たかが雑草」にすら勝てないのでしょうか? こうなってしまうと、除草剤とはまったく異なる手法による、新たな除草方法が求められているのかもしれませんね。


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最近、植物と菌類との関係について、幾つか記事にしています。ここで一つ、良い本がありますからご紹介します。それほど重要な話には思えないかもしれませんが、大抵の植物は菌類と共生関係を結んでいます。
さて、本日は2020年に出版された『菌根の世界』(築地書館)をご紹介します。内容はまあ実際に手にとって読んでいただくとして、菌根の基礎的な部分のみ解説させていただきます。なお、説明しにくい部分もありますから、私が一部情報を追加していますので悪しからず。

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さて、まずはキノコの話から始めましょう。キノコには大まかに分けて3つのタイプの生態があります。1つは落ち葉を分解するキノコで、身近な例ではブナシメジやツクリタケ(マッシュルーム)、えのき茸、フクロタケなどです。2つ目は木材を分解するキノコで、身近な例では椎茸や舞茸、ヒラタケ、ナメコ、キクラゲなどがあります。そして、3つ目が植物と共生関係を結ぶ菌根菌です。菌根菌では松茸やトリュフ、ポルチーニなどが有名ですが、一般的に栽培が難しく高額なキノコです。もちろん、ここに名前が出たキノコだけではなく、他にも沢山の種類のキノコがあります。これらのキノコが作る菌根を「外生菌根」と呼び、植物の根の周囲に服を着せたかのように、キノコの菌糸が被います。植物とキノコの間で栄養分のやり取りがあり、植物の生育にとって非常にプラスとなっていることが分かっています。

菌類にはキノコを作らないものもあり、一般的にカビと呼ばれています。カビには、生き物の死骸を腐らせるものと、植物に寄生するタイプの病害菌と、植物と共生するカビがあります。植物と共生するカビは、アーバスキュラー菌根と呼ばれる特殊な菌根を形成します。アーバスキュラー菌根は、なんと植物の根の組織にカビの菌糸が入り込んで、植物と菌が一体化してしまいますから、これを「内生菌根」と呼んでいます。アーバスキュラー菌根は痩せ地に生える植物でよく発達し、貧栄養に育つ植物にとって極めて重要な存在です。また、様々な作物などでアーバスキュラー菌根菌の接種により、植物の生育が良くなることが確認されています。アーバスキュラー菌根菌は、栽培困難な外生菌根とは異なり、相手を選ばずしかも簡単に接種できます。
さらに、驚くべきことに4億3000年前に初めて植物が陸上に進出した時、すでにアーバスキュラー菌根が存在していた可能性があります。なぜなら、上陸したばかりの植物にはちゃんとした根がないため、栄養分を上手く吸収出来ていたとは考えにくいのです。アーバスキュラー菌根菌が存在していれば、根の代わりに菌糸が栄養分を運んでいたのではないかというのです。さらに、アグラオフィトンという植物化石の仮根(まだ未発達な根)にアーバスキュラー菌根に類似な構造が観察されています。アーバスキュラー菌根菌であるグロムス菌亜門は、(おそらく遺伝子解析により)4~5億年前に近縁な菌類から分かれたと考えられており、その点においても符合します。


アーバスキュラー菌根菌は農業への応用が期待されますが、実はすでに製品化されているそうです。しかし、残念ながらあまり普及していない現実があります。なぜなら、菌根は土壌中の栄養分が少なく場合により効果が期待できるわけで、日本のような過剰に化成肥料をまく農業では効果が表に出にくからです。実験的には肥料を減らしても高い収率が期待できるということですから、使い方次第では面白いのではないかと思います。最近、サボテンにアーバスキュラー菌根菌を接種した論文をご紹介しましたが、生長が良くなり病原菌の影響を減じました。乾燥した過酷な環境に生きる多肉植物はいかにも菌根菌と関係していそうです。アーバスキュラー菌根菌の応用は効果が期待できるかもしれません。

以上のように、簡単に菌根について解説させていただきました。しかし、これはいわばさわりの部分でしかなく、内容的には様々な角度から菌根について語られています。植物と菌類の関係は様々で非常に複雑です。外生菌根の話や蘭菌の話、苔やシダの菌根の話など大変興味深い内容です。大変面白く勉強になる良い本ですからオススメします。


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植物は常に闘っています。とはいえ、動物の喰う・喰われるの関係に比べると、非常に静かで密やかな闘いです。植物は常に周囲の他の植物と、光や栄養分を巡り競いあっているのです。その闘いには植物ごとに独自の戦略があります。本日はオオブタクサの戦略を例に、植物の闘いを見てみましょう。参考としたのは1996年に出版された、鷲谷いづみによる『オオブタクサ、闘う -競争と適応の生態学』(平凡社・自然叢書)です。

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まずはオオブタクサとはどんな植物なのでしょうか。実はオオブタクサは正式な名称ではなく、実際にはクワモドキというそうです。ブタクサに似ていて(実際に近縁)、とても大きいのですから、オオブタクサの方が実態を表しているような気がしますから、以降はクワモドキではなくオオブタクサで統一します。
オオブタクサは北米原産の帰化植物で、大豆に混入して持ち込まれた可能性があるそうです。輸入された大豆は種苗用ではなく加工用ですから、どのような経緯で野外に逸出したのかは良く分かりません。河原などによく生えるのだそうです。関東地方でもかなり増えているようです。しかし、生える場所からしてあまり目につきにくいような気がします。
オオブタクサは一時期のセイダカアワダチソウのように、ある区域を埋め尽くしてしまうことがあります。オオブタクサは風媒花ですから、密集地では花が咲くと大量の花粉で周囲が黄色く見えるほどだそうです。風媒花は風任せですから、数打ちゃ当たる方式で虫媒花より多くの花粉を作り、しかも周囲にばらまきやすい構造となっています。ですから、オオブタクサは花粉症の原因の1つになっています。ちなみに、セイダカアワダチソウは虫媒花ですから、それほど沢山の花粉を作りませんし花粉をやたらに環境中にばらまいたりはしません。風媒花ではないのでそんなもったいないことはしないでしょう。セイダカアワダチソウが花粉症の原因のように言われますが、果たして本当なのでしょうか。あのように、目立つ花を咲かせるのですから、虫媒花であるのはどちらかと言われたら分かりやすい方ですよね。


さて、日本の植物からするとオオブタクサはインベーダー(侵入者)なわけですが、そもそも日本の環境中にインベーダーの入り込む余地がなければ定着しません。一般的には隙を付くのが定石で、空いたニッチに侵入する場合と、攪乱地に侵入する場合があります。ニッチとは生態的地位という分かりにくい訳語がありますが、要するにどういう場所でどんな環境かということです。空いたニッチ、つまりある環境を他の生き物が利用していない場合、競争相手がいないため簡単に侵入出来ます。次に攪乱地ですが、一般的には山火事や崩落地、洪水の跡など流動的な場所です。攪乱地では本来の生態系が崩壊していますから、様々な生き物が侵入するチャンスがあります。そのため、攪乱地では周囲より様々な生き物が見られ多様性が著しく高いことがあります。また、人工的な都市環境は本来の自然とは全く異なりますから、侵入者の比率が高い環境と言えます。しかし、オオブタクサは隙を付く戦略ではなく、あくまで競争して打ち勝つという在来の植物に真っ向勝負を挑んでいます。
※河原自体は攪乱地でもあります。

そもそも、オオブタクサは北米においても特殊な植物です。アメリカで実施された調査では、オオブタクサが生えると遷移が進まなくなるそうです。一般的に裸地には、まずイネ科の雑草など生長の早い一年草が生えてきます。その後は、先駆植物という荒れた環境に生える植物、例えばアカメガシワや松が生えます。環境は移り変わり、対応するように植物相も移り変わりますが、これを遷移と言います。オオブタクサは一年草としては非常に大型で、最大6mにもなります。背が高いと日照を独占できますから、オオブタクサは大変有利です。日照を巡る競争に勝てないのなら、オオブタクサが占有する区域では他の植物が生えることは非常に困難です。オオブタクサが生えると種の多様性は1/8にまで低下するということです。

では、なぜオオブタクサは他の雑草と競争して打ち勝つことが出来るのでしょうか? 背が高くなり太陽光を独占出来るということも確かに1つの理由ですが、オオブタクサより早く芽吹き生長する植物がいたら、オオブタクサの実生は陰となり育たないかもしれません。なぜ、オオブタクサが勝てるのか、非常に不思議です。
その理由の1つが、オオブタクサの種子のサイズが1cm近くにもなり、周辺の雑草の中では大型であることが原因だと考えられています。種子が大きければそれだけ沢山の養分を含んでいますから、発芽すると種子の沢山の養分を使って急激に生長することが出来るのです。
種子が大きいほど養分が多くなり生長が早くなりますから、他の雑草も種子を大きくした方が有利な気もします。しかし、種子の大きさは種によってバラバラですが、そこにもやはり意味があります。オオブタクサは親植物が巨大なので、大きな種子を作ることが出来るという側面もあります。しかし、それだけではないのかもしれません。
種子を作るには沢山の栄養分をつぎ込まなくてはなりませんから、親植物が種子を作れる限界があります。仮に親植物の種子につぎ込める栄養分が等量と仮定しましょう。その場合、大きな種子ならコストが高いので少数しか出来ず、小さな種子ならコストが低いので沢山作ることが出来ます。小さな種子は大量にばらまかれて、種子の養分は少ないので育たないものも多いのでしょう。しかし、実は種子のサイズは、種子に貯蔵された養分だけの問題ではありません。なぜなら、大きな種子は重いため基本的に親植物の近くに落下しますが、小さな種子は軽いため親植物から離れてあちこちに分散します。オオブタクサが同じ場所に高密度に生えるのは、種子が重くあまり拡散されないからでしょう。小さな種子はオオブタクサ集落でオオブタクサと競争する必要はなく、広く拡散してそのうちのどれかが良い条件であれば問題がないという訳です。そう考えると、必ずしも大きな種子が有利とは言えないような気がします。要するに戦略が異なるだけと言えるでしょう。


次にオオブタクサは種子の目覚めが早いと言います。関東地方では2月頃だと言います。種子は暖かくなると芽を出しますが、オオブタクサは他の雑草の種子が目覚める前にいち早く芽を出すのです。これは非常に有利な戦略ですが欠点もあります。早く芽を出してしまうと、まだ寒いこともあって霜が降りたり寒波などでせっかくの実生がダメージを受けて枯れてしまうかもしれません。しかし、オオブタクサはイヤらしいことに、種子の発芽にバラつきがあり、次から次へと順次発芽するので問題がないようです。
これは非常に優れた戦略です。何でも、オオブタクサはオギ原にまで侵入しているそうですが、これは種子の目覚めの早さと関係があるかもしれません。オギやススキなどは地下茎に栄養分を貯蔵しているため、暖かくなると急激に生長します。オギは人の背丈ほどになりますから、オギ原はオギが占有することは普通です。しかし、オギが目覚める4月までにオオブタクサはすでに生長を開始しており、アドバンテージがある状態から競争を始めるのです。


今回はオオブタクサを例に取りましたが、非常に面白い生態を持っていました。しかし、他の植物も非常に多様な戦略を取っています。何となく庭に生えているように見える雑草も、実は優れた戦略の末にそこに生えているのかもしれませんね。


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普段は本ばかり読んでいるので、積み上がった本の山が出来てしまいました。仕方がないので整理していたところ、大昔に神保町の古本街で入手したサボテンの本が出てきました。昭和28年に刊行された『サボテン綺談』(伊藤芳夫/著、朝日新聞社)です。

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タイトルに綺談とありますように、様々なサボテンに関するエピソードが語られます。ここいらへんの話も大変面白いのですが、後半の日本におけるサボテン受容、あるいは需要について書かれた日本サボテン史が個人的に大変興味深く感じます。昔のサボテンの流行はどのようなものだったのでしょうか?

模索期 1573~1865年
サボテンの渡来は非常に古いようですが、徐々に本草学者の目に止まるようになりました。しかし、「草にあらず、木にあらず」だとか「草中の異物なり」などと、変わってるなあ位の感想だったみたいです。模索期末期には様々なサボテンが海外から入ってきたようですが、育て方が分からずに丈夫なウチワサボテン以外は枯れてしまったみたいです。

黎明期 1865~1912年
明治時代に入り海外との交通が開け、流行があったようです。サボテンの斑入物が大流行し、サボテンの品評会が開かれ、早くもサボテン業者が現れました。明治末期には日露戦争の好景気により、サボテンは流行し多くのサボテン業者が出てきました。

混乱期 1912~1925年
大正時代に入ると様々な階級に普及し、東京中心だったのが関西にも拡がり、大正末期には全国に拡がりました。様々なサボテンが輸入され各業者が名前を付けたので非常に混乱した状態でした。

黄金期 1925~1942年
昭和に入りますが、この時代には研究熱心な栽培家が現れ始めました。大きなサボテン業者も現れ日本中の業者がカタログを出していたようです。

空白期 1942~1950年
太平洋戦争突入によりサボテン栽培どころではなくなり、業者も鳴りを潜めました。

復興期 1950年~
終戦後の混乱から復興までですが、戦争により多くのサボテンは珍品・銘品含め失われました。しかし、サボテンも復興の兆しがあり、若い世代も入ってきて、各所に愛好団体ができて様々な催し物が開かれています。斑入り物も流行っているそうです。

この本の出版が昭和28年、つまりは1953年ですから、終戦からまだ8年しか経っていません。まさに復興期の最中に書かれたということがわかります。とはいえ、サボテンの本が出版されるのは需要があるからです。すでに、サボテン・ファンは沢山いたということなのでしょう。しかし、このようにサボテンの歴史を知ると、それ以降も気になってしまいます。この本が出版されてから現在までのサボテンの流行はどうなのでしょうか?  ここ10年くらいは多肉植物ブームで、塊根植物、エケベリア、アガヴェなど、次から次へと流行が移り変わり、サボテンは少数派です。しかし、裾野が広がったことからサボテン人口自体は増えているような気もします。多肉植物のイベントでは若い人が非常に多いので、サボテン界にも新しい風が吹いているのかもしれませんね。


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文庫クセジュはフランスの新書のシリーズですが、1941年に出版されている古くからあるシリーズです。日本でも1951年から白水社から翻訳されており、国内だけですでに1000点以上が出版されております。様々な内容の本がありますが、フランス独特?の癖が強くて読みにくいものが多く、一般的とは言えないかもしれません。
さて、気になる文庫クセジュはたまに購入していますが、『花の歴史』というタイトルの本を入手しましたのでご紹介します。1965年の刊行ですから、割と古い本ですね。


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あくまでも、当時のフランスの目の届く範囲の地域と出来事からなりますから、そのほとんどはヨーロッパとヨーロッパの植民地あたりの話が中心となります。内容は3部構成で、「古代の諸民族における花」、「芸術の中の花」、「花の歴史」からなります。
最初の「古代の諸民族における花」は文献や遺物から、ギリシャ、ローマ、エジプト、インドなどの古代に飾られたり植栽された植木な花を再現しています。次に「芸者の中の花」は、彫刻や絵画、文学等による花について語っています。
最後に「花の歴史」ですが、主にヨーロッパで流行した植物の話です。チューリップ・バブルの話やバラ、蘭もありますが、やはり気になるのはサボテンと多肉植物です。少し見てみましょう。

フランスではサボテンは19世紀から流行り始めました。特に第二帝政時代のメキシコ遠征により沢山のサボテンがもたらされました。しかし、それも長続きせず、19世紀末から20世紀初頭にはブームは過ぎ去ったようです。Ch.バルデにより1892年に出版された『フランスの園芸』には、サボテンはわずか一行しか記載がありませんでした。当時流行っていた菊や蘭、シダにかなりの部分を割いているそうです。しかし、それも短期間のことで、やがて愛好家が現れます。最初のサボテン愛好家協会は1890年にアンヴェルス(ベルギーのアントウェルペンのこと)に創立されました。ドイツは長い間サボテンの国になっていました。第二次世界大戦前にはサボテン熱は高まり、1935年にはサボテン協会の会員は2000人以上となり、主要な町にサボテン愛好家のグループがあったほどです。
1932年にはP.フルニエはフランスのサボテン趣味の再興を語っており、その理由を考察しています。曰く、「住居が狭くなり大抵の花は部屋で育てることは困難となったが、サボテンは置いた場所に満足している。その穏やかな不変の姿に接し、熱や苛立ちを鎮める楽しみを見つけている」とのことです。
著者はオプンチア(ウチワサボテン)は非常に丈夫だが、愛好家にあまり求められていないとしています。オプンチアは大きく育つので鉢植えで室内に置けないことが心配され、フランスの気候では花が咲きにくいことが不人気の原因のようです。ウニサボテン(Echinopsis?)は最も普通のサボテンで、栽培が容易く花を多く咲かせます。マミラリアは栽培が比較的易しく花が多く美しいことから、非常に評価されているということです。カニサボテンとクジャクサボテンは最も古くから知られたサボテンの1つで、Phyllocactus phyllanthoidesは夏の間は薔薇色の美しい花が沢山つき非常に良く  知られているそうです。
サボテンは現在では非常に細分化されましたが、はじめて学名がついたのはサボテンをすべて含むCactus属でした。この本が出版された当時はどうだったのでしょうか? 出てくる名前を現在と比較していませんが、結構変わっているものもありそうです。


さて、続いて多肉植物も少しだけ見てみましょう。Sempervivumのことを、山の岩壁に付着したアーティチョークのようと表現しています。ベンケイソウ科では、Sedum、Aeonium、Cotyledon、Crassula、Echeverie、Greenovia、Kalanchoe、Pachyphytum、Rocheaがあるとしています。メセン類は500種類、Agaveは300種類ほど知られているとしています。アオノリュウゼツランは地中海沿岸部や北アフリカ、アゾレス諸島、マデイラ諸島、南アフリカ、マウリチウス島、インド、インドシナで野生化しているそうです。Agave parryiやAgave utahensisはパリ平野でも生育しているとのこと。Agaveの近縁種としてYucca、Agaveに間違われる植物として約200種類あるAloeがあります。Sansevieriaは室内栽培植物として、またAstroloba、Gasteria、Haworthiaはフランスでもコレクションとして増えつつあるようです。euphorbes(Euphorbia)は不思議なほどサボテンに似ており、P.フルニエは「素人でなくても騙される」と述べつつ、800種類以上あるトウダイグサ科植物を分類しています。灌木性ユーフォルビア、柱状ユーフォルビア、メドゥーサ・ユーフォルビア(タコもの)、メロン形ユーフォルビア(E. meloformis、E. obesa)があるとしています。サボテン型のユーフォルビアはサボテンとして18世紀末にフランスに渡来しましたが、最近まで広まりませんでした。スタぺリアの仲間は200種類以上あり、時にサボテンに似ています。スタぺリアは開花時に乾いた音を出して破裂し、驚くほど大きい星形の肉質な花を咲かせます。しかし、不幸なことに死肉の臭いがしてハエを呼ぶので、部屋で栽培することは出来ないとしています。キク科にも多肉植物はあり、KleiniaとOthonna、Senecioが挙げられています。
以上のように多肉植物は現在の主要なものは概ねあったように思います。今では一般的なHaworthiaは当時のフランスではあまり出回っていなかったようですね。また、あまり導入されていない節があるユーフォルビアは、意外にも様々な形態のものが認識されていたことがわかります。


というわけで、58年前に出版された園芸書を少しだけご紹介しました。とはいえ、これは日本語版の出版年ですから、原版はもう少し遡るのでしょう。当時の認識は現在と異なることがありますが、意外とその差異が面白かったりします。サボテンや多肉植物以外の部分の方がヨーロッパでは園芸として長い歴史がありますから、実は今日ご紹介した部分以外の方が面白かったりします。「花の歴史」というタイトル通り、興味深いエピソードが語られます。ご紹介したいのは山々ですが、長くなってしまったので本日はここまでとさせていただきます。


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ケイ素と言ってもあまりぴんとこないかもしれませんが、実はケイ素自体は地球の地殻の30%弱を占めるくらい大量に存在します。ガラスや水晶は二酸化ケイ素ですから、実は大変身近な存在です。半導体やシャンプーなどに入っているシリコンはケイ素が原料です。流石に植物には関係なさそうですが、大いに関係があります。身近な例ではイネ科の植物には大量のケイ素が取り込まれており、細胞の中に小さな水晶の結晶としてケイ素が存在します。イネ科の雑草が生い茂る草地に入ると皮膚に切り傷がついたりしますが、これは取り込まれたケイ素が原因で切れるのだと言われています。という訳で、植物とケイ素には関係があります。それはどんな関係か、昭和62年(1987年)に出版された『ケイ酸植物と石灰植物』(農文協)を参考にして見ていきましょう。

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日本の土壌は火山灰由来のものが多いのですが、雨が多く火山灰は透水性が良いため、土壌中のケイ素は溶脱してアルミニウムの割合が高くなります。アルミニウムはリン酸と結合してしまうため、地力を著しく落とします。そういう意味においては、日本の土壌は農作物を育てるのに適さないと言えます。土壌から流出したケイ素は河川水に溶け込みますが、 この溶けたケイ素を上手く利用したのが水田です。

そもそも、稲の栽培にはケイ素は不可欠です。なぜなら、水田にケイ素が不足すると生育が遅れ、さらに稲が倒れてしまい健全な生育が困難となるからです。ですから、地力が落ちた水田には、製鉄でできるスラグ(鉱滓)を投入します。スラグの主成分はケイ酸カルシウムですから、非常にケイ素が豊富です。ケイ素が豊富であると、茎や葉がしっかりするだけではなく、いもち病などに強くなることがわかっています。実は稲の葉や茎の15%以上がケイ素からなるわけで、稲は選択的にケイ素を吸収していることがわかります。

稲は強力にケイ素を吸収する希な例ですが、調べると多くの作物にケイ素は関係してきます。例外としてトマトがあり、ほとんどケイ素を吸収しませんから、ケイ素を与えても生長が良くなることはありません。しかし、実験的にケイ素が存在しない条件でトマトを育てると生育に問題が出てくるそうです。全くないというのも良くないのでしょう。さて、他の例を見てみるとキュウリが上げられています。キュウリは稲ほどではないにしろ、ある程度はケイ素を吸収するみたいです。実験的にケイ素を除くと生育に問題が出て、ウドンコ病にかかりやすくなりました。逆にキュウリはケイ素を与えるとウドンコ病に強くなります。実際に私もキュウリにケイ酸カルシウムを与えたところ、葉のサイズが大きくなり厚みが出て、茎に生えるトゲが非常に強くなって触ると刺さって痛いくらいでした。しかも、毎年発生するウドンコ病が出なくなったことには驚きました。あとは、個人的にはオクラの生育が非常に良好になった経験はあります。

という訳で植物もケイ素が必要なのだという話でした。しかし、この本はかなり専門的で盛り沢山な内容ですから、上記の内容は触りに過ぎません。このような良質な本は少ないので大変貴重です。
さて、私が稲の中にあるケイ素を知ったのは、実は園芸関係の話ではなく考古学でした。考古学では稲自体は腐ってしまうため、出土しません。たまたま炭になった炭化米がたまたま見つかった場合のみ、古代に稲作を行っていたと判断されてきました。しかし、上手く炭になった米があって、それがたまたま見つかることは中々ありません。炭化米が見つかっていないから、稲作が行われていなかったとは言いがたいのです。研究者が考えたのは、稲の中にあるケイ素を探すことです。イネ科植物の中には結晶となったケイ素があり、これをプラント・オパールと呼びます。イネ科と言っても種類によりプラント・オパールの形が異なり見分けることが可能です。そこで、遺跡の周囲を調べると、高い密度でプラント・オパールが見つかる場所が見つかったのです。昔は稲穂は地際から刈り取らず、穂刈りしていました。ですから、水田には稲の葉や茎由来のプラント・オパールが大量に残されることになります。このような手法で古代の水田跡を見つけているという話は大変な驚きで、大したものだと感心したものです。
この本を読んだことで、考古学と園芸が繋がりました。本を読んでいるとこのような偶然があり、より読書を楽しむことが出来ます。園芸関係で良い本がありましたら、また紹介させていただきます。


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新型コロナが流行する前は神保町の古本街を度々散策していました。図鑑や理科系の書物が多い店ではサボテンの本もありました。その時に入手したのが、昭和61年に刊行された『サボテンの観察と栽培』です。

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ニュー・サイエンス社のグリーンブックスというシリーズで、ほんの100ページほどの小冊子です。理系の様々な分野の入門書で、この刊で131冊目ですからけっこう続いているシリーズです。

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内容は「サボテンとはどんな植物か」、「サボテンのおもな種類」、「サボテンの栽培」、「サボテンの管理」、「サボテンの繁殖」という5つの章からなります。1章の「サボテンとはどんな植物か」は、やはり当時はわからないことも多くあっさりとしています。原産地や当時の分類に触れています。2章の「サボテンのおもな種類」は、上の画像のように非常に簡単なものです。写真は少しだけあります。まあ、頁数が少ないため仕方がないのでしょう。

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昔懐かしの木製フレーム。

3章、4章、5章は育て方に関する部分です。3章では、まずサボテン栽培の要点は以下の4点としています。
①春先によい用土でていねいに植えつける。
②生長に必要な温度が得られる所に置く。
③十分に日照を与える。
④植物の欲しいときに灌水する。
詳細な解説が続きますが、実に当たり前のことです。しかし、突き詰めれば中々万全の体制を整えるのは難しいものです。栽培設備、用土、鉢、肥料、灌水、温度と通風、日照と遮光と続きます。
4章はサボテンの季節ごとの管理について述べられています。移植の時期と方法、病害虫についても詳しく解説があります。
5章はサボテンの繁殖についてです。一般的な挿し木、接ぎ木、実生の方法が解説されます。


内容的には以上の通りです。100ページ程度ですから種類の紹介は少ないのですが、栽培の基礎については十分な内容だと思います。しかし、今は園芸資材も進歩し種類も増え、ネットで簡単に誰でも入手出来るようになりました。例えば、様々な種類のアルミの簡易フレームが販売されていますから、新しく始める人で木製フレームを自作する人はいないでしょう。とは言うものの、サボテンの栽培方法自体はそれほど変わっていないでしょう。サボテン自体は変わりませんからね。という訳で、古いものですが今でも基本を学ぶには良い本だと思います。


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昨日はネコブカビにより引き起こされる根コブ病についての話をしました。しかし、根にコブが出来るのはネコブカビが原因の場合と、ネコブセンチュウが原因の場合とがあります。一般的に根コブ病と言った場合はネコブカビによる病害ですが、何が異なるのでしょうか? ネコブカビはアブラナ科植物の根元に大きなコブができますが、ネコブセンチュウは根のところどころに小さなコブが出来ます。ネコブセンチュウはアブラナ科以外の植物にもコブを作ります。また、ネコブカビとネコブセンチュウが同時に感染することもあります。

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本日はどうしたら線虫の病害を防ぐことが出来るのかを解説した、『センチュウ おもしろい生態とかしこい防ぎ方』(農文協、1993年)をご紹介します。ちなみに、今回の記事ではネコブセンチュウを取り上げますが、この本は他の線虫の防除についても解説しています。

さて、そもそも線虫とは何かですが、現在は線形動物に分類されています。有名なのは回虫や蟯虫、アニサキスなどの寄生虫ですが、実際にはそのほとんどが土壌中に住む自由生活者で寄生性のものは全体から見ればほんの一握りです。土壌中にはおびただしい量の線虫がおりますが、その大半はカビを食べる食カビ線虫、他の線虫などを捕食する食肉性線虫、細菌を食べる食細菌線虫からなります。今回の主題は植物寄生性線虫です。
植物寄生性線虫にはネコブセンチュウだけではなく、ジャガイモを腐らせるジャガイモシストセンチュウも知られます。また、ネグサレセンチュウも根を腐らせる原因とされがちですが、ネグサレセンチュウはカビを食べる線虫ですから実際の病害の原因ではありません。カビに寄生されて腐った植物で見つかるため、原因とされてきました。重要な植物病害カビであるフザリウムや、ナス科植物で多発する半身萎ちょう病の原因のカビによく見られます。

本題のネコブセンチュウについて見てみましょう。ネコブセンチュウは寄生した植物内で増殖し、やがて耐久性の高い卵を生みます。これが厄介な点で、線虫害の対策として殺線虫剤によりガス消毒が行われてきましたが、残念ながら耐久性の高い線虫の卵は死にません。活動している線虫は死にますから一時的な線虫害は減りますが、翌年にはネコブセンチュウは逆に増殖してしまいます。なぜなら、土壌中には捕食性の線虫や他のネコブセンチュウの天敵が沢山いますが、消毒によりそれらも死んでしまい、ネコブセンチュウにとっては快適な環境となってしまうからです。
実際に線虫害が減ったのは、作付けの関係で夏に2ヶ月くらい畑が裸地だった、イネ科の雑草が沢山生えていた、作付けせずに畑で堆肥を作っていた、線虫が寄生しない作物を作っていた、などの後に作付けした場合です。ネコブセンチュウは寄生性ですから、植物の根の中でしか生きられません。卵の状態ではないネコブセンチュウは何もしなくても、やがて死んでしまいます。ということで、線虫を減らすためには耐久性のある卵を積極的に孵化させてしまうことが重要です。ネコブセンチュウと一言に言っても種類がありますから、まずはそこを見分けることが重要です。
日本で最も一般的なネコブセンチュウは4種類あります。判別方法は、落花生、唐辛子、スイカ(あるいはスイカかトウモロコシ)を植えてみて、根にコブがで来るかどうかで分かります。(+)は根にコブが出来た場合で、(-)は出来なかった場合です。

①落花生(+)→西瓜(+)
             →アレナリアネコブセンチュウ
②落花生(+)→西瓜(-)
             →キタネコブセンチュウ
③落花生(-)→唐辛子(+)
             →サツマイモネコブセンチュウ
④落花生(-)→唐辛子(-)
             →ジャワネコブセンチュウ


さて、後はそれぞれのネコブセンチュウの寄生しにくい作物を作付けして行けば、徐々に土中のネコブセンチュウの卵は減っていきます。アレナリアネコブセンチュウなら苺、キタネコブセンチュウならサツマイモ、小麦、トウモロコシ、西瓜、キュウリ、里芋、サツマイモネコブセンチュウなら苺、落花生、里芋、ジャワネコブセンチュウなら苺、落花生、唐辛子にはほとんど寄生しません。計画的に輪作することにより効果的に被害を減少させることが出来ます。
また、トラップ(罠)作物という方法もあります。被害を受けやすい作物を植えて、線虫が感染したら作物を抜き取ってしまうか、畑に漉き混んでしまいます。ネコブセンチュウは寄生性ですから、植物が枯れてしまうと死んでしまいます。卵を作る前ならば、畑に漉き混んでしまっても問題ないのです。

土壌を豊かにすることも有効な手段です。土壌中に有機物が少なく化成肥料にたよる畑では、土壌中の線虫の90%が有害な線虫であったというような事例が多く見られます。有機肥料や堆肥は寄生性じゃない線虫や他の微生物を増やし、植物寄生線虫を減らす効果があります。
また、作物の生育を良くすることで、根にコブが出来ても収量を高めることが出来ます。木炭の粉末を撒くと根の張りが良くなり、菌類などの微生物の活動が活発になりネコブセンチュウの活動を抑制する効果もあります。また、木酢液はネコブセンチュウが原因のトマトやキュウリの萎ちょうに効果的で、新しい根の伸長を促す効果があります。木酢液は殺菌効果も高く、ネコブセンチュウの感染により引き起こされるナスの青枯病などの二次感染病にも効果があります。


昨日と今日は植物の根にコブを作る病害について解説してきました。植物の病害虫は植物を育てる上で重要なことですから、それなりに関心があります。しかし、あまりこういう特に農学者が書いた良質な本はありません。今後も何か良い本がありましたら、また紹介出来ればと思います。


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植物の根というのは様々で、普段は隠れて見えませんが、植え替えをすると近縁な植物でも根の雰囲気が異なることもあります。しかし、根は隠れて見えないだけに、病害虫が気付かないうちに蔓延ってしまうこともあります。本日はそんな根の異常の1つである根コブ病についての話です。

植物の根にコブが出来る原因は様々です。コブがあったとしても必ずしも病気ではなく、マメ科植物やソテツの根粒だったり植物にとって有用なものもあります。しかし、基本的には根にコブが出来ると植物は極端に生育が悪化するか、枯れてしまいます。コブの原因は多くの場合はネコブカビかネコブセンチュウです。このうち、ネコブカビは主にアブラナ科植物に発生します。アブラナ科植物には、キャベツや白菜、大根、カブ、チンゲン菜、漬け菜類(小松菜、水菜、野沢菜など)があり、ネコブカビの発生は野菜の価格上昇につながり我々の生活に直結します。
本日はそんなネコブカビによる被害を防ぐためにはどうしたら良いのかを解説した『根こぶ病 土壌病害から見直す土づくり』(農文協, 2006)をご紹介します。

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ネコブカビは名前の通りカビの仲間、つまりは菌類です。根にコブが出来ると、カビの菌糸が根の中で育ち、大量の胞子が作られ土壌中にばらまかれます。この胞子で増える性質は実に厄介です。なぜなら、カビの胞子には殺菌剤が効かないからです。活発に生長している菌糸には殺菌剤は効果的ですが、活動を休止し休眠状態の胞子には意味がありません。今までは根コブ病が発生すると土壌を殺菌剤で燻蒸していましたが、この対処法方ではカビの胞子を殺すことは出来ないのです。基本的に畑に何も植えていない時に殺菌しますから、効果のある菌糸は存在しない状態です。しかし、この土壌燻蒸はある程度の効果があるのも事実です。詳しい調べると殺菌剤が胞子の発芽を抑制していることが分かりました。しかし、広い畑の全面を燻蒸するのは多額の費用と手間がかかります。しかも、一度やれば終わりではなく、胞子は生きているので効果が切れる前に繰り返し燻蒸する必要があります。我々消費者から見ても、殺菌剤漬けの畑で作られた野菜はあまり食べたくありませんよね。

一般的にカビは酸性を好みますが、日本の土壌は酸性に成りやすい条件が揃っています。まず、雨が多く土中のカルシウムが溶けて流出しやすく、そもそも河川水が軟水で弱酸性です。さらに、畑では作物を連作しますから、どんどん酸性側に片寄っていきます。作物を植える前に石灰を撒きますが、それは一時的に中和されるだけで直ぐに酸性に戻ってしまい根本的な解決にはなりません。では、次に実験的にネコブカビの胞子を含むアルカリ性土壌で白菜を育ててみると、なんと白菜の根にネコブカビが感性していることが分かりました。では、アルカリ性にしても意味がないのかと思いきや、不思議といつまで観察しても根にコブは出来ません。さらに不思議なことに、土壌中のネコブカビの胞子が減少していることが分かったのです。これは、一体どういうことなのでしょうか? それは、土壌をアルカリ性にしてもネコブカビの胞子は死にませんし普通に発芽し感染しますが、感染しても菌糸は生長出来ず胞子を作ることが出来なくなるようです。しかも、どうやら土壌中の胞子はアブラナ科植物の根に触れると発芽します。ですから、アルカリ性土壌で育つ白菜の根に対しても胞子が次々と発芽してしまうため、土壌中の胞子も減っていくのです。

このアブラナ科植物の根に触れると発芽するネコブカビの胞子の性質を利用して、胞子を減らす方法も考案されています。実はアブラナ科植物の中で大根だけはネコブカビに感染しないことが確認されています。何故かは不明ですが、大根に含まれる辛味成分のおかげではないかとは言われています。大根を植えるとネコブカビの胞子は次々と発芽しますが、感染出来ずに死んでしまいます。ネコブカビは寄生カビですから、休眠に特化した胞子形態でないと土壌中で生きることが出来ないのです。ですから、大根と他のアブラナ科植物を交互に育てると、ネコブカビの被害を最小限に押さえることが出来るのです。

しかし、大根を植えることは対策のひとつであり、被害を減らすための工夫で、根本的な解決策ではありません。ではどうしたら良いのかと言えば、土壌をアルカリ性にしたらいいだけです。しかし、石灰を撒いても一時的なもので、土壌はアルカリ性にはなりません。大量に石灰を撒いても雨の多い日本では、直ぐに流出してしまいます。さらに言うと、ただの石灰を土壌がアルカリ性になるまで撒くと、マンガンやホウ素などの微量元素が不溶化してしまい作物が吸収出来なくなります。特にアブラナ科植物はホウ素要求性が高いので、過剰な石灰の使用は控えなければなりません。

そこで注目される資材が転炉スラグです。スラグとは鉱滓のことで、鉱石の精製過程で出てくる鉱石の滓のことです。転炉スラグの場合は、鉄鉱石を精製する際の残り滓です。その転炉スラグの主成分はケイ酸カルシウムです。畑に撒くとまずは微量に含まれる生石灰により土壌はアルカリ性となりますが、やがてケイ酸カルシウムがじわじわ溶けてアルカリ性を保ち続けます。最初に十分量を撒いておけば、効果は10年以上保たれることが確認されています。転炉スラグはマグネシウム、マンガン、ホウ素、モリブデンなどの微量元素が豊富で、しかも雨が降っても溶けだして流出しません。植物の根からは酸が出て根の周囲の鉱物を溶かして養分とする働きがありますが、転炉スラグに含まれる微量元素は「く溶性」(クエン酸に溶ける性質)であるため、植物が出す酸により少しずつ溶けて長期間吸収出来るのです。

土壌がアルカリ性だとネコブカビの胞子は発芽するものの育ちませんから、連作するほど根にコブが出来にくくなります。なぜなら、作物を植えれば植えるほど胞子が発芽して死にますから、年々土壌中の胞子が減っていくからです。ただし、転炉スラグにはマグネシウムがカルシウム分に比べて少ないため、マグネシウム不足になりがちですから水酸化マグネシウムを撒く必要があります。また、ジャガイモは土壌がアルカリ性だとジャガイモそうか病になりやすいため、育てることは難しくなります。

現在、戦火に見舞われているウクライナは豊かな土壌を持つ穀倉地帯として有名で、かつての旧ソ連の食を支えたことでも知られています。ウクライナには非常に豊かな黒土がありますが、不思議とネコブカビが発生しません。この謎は土壌がアルカリ性でかつマグネシウムなどの微量元素が豊富であるためです。
そういえば、鉱滓なので残存する重金属が心配される向きもかもしれませんが、炉は約1700℃の高温ですから水銀や砒素、カドミウムなどの重金属は蒸発しており、安全性は確認されている資材です。
根にコブが出来るのはネコブカビだけではなく、ネコブセンチュウが原因の場合もありますが、そちらはまた別の対策が必要となります。そのうち記事にします。


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実はというほどのことではありませんが、植物に関する本をポツポツと読んだりしています。まあ、植物に関係ない本の方が多いのですけどね。しかし、読書感想文は苦手ですから、あまりブックレビューは書きません。しかし、年末だけはこの1年を振り返るために、今年のベスト10をご紹介します。
今年は131冊の本を読みました。今年は何かと忙しくこれでも例年より少ない方です。読んだのはほんどが新書です。読む分野は、生物学、社会学、西洋哲学、歴史学、考古学、文化人類学、宗教学、民俗学といったあたりが中心です。とは言うものの、新刊が良く出るのはやはり歴史でしょう。新書では日本史がやはり多く、中国史や西洋史も割とあります。哲学はあまり出ませんが、講談社現代新書が『今を生きる思想』というシリーズを出し始めたことは嬉しく思います。
さて、今年一番面白かった本は以下の通りでした。

①『陰謀論 民主主義を揺るがすメカニズム』, 秦正樹/著, 中公新書 
新型コロナウイルスの流行以来、関係する様々な陰謀論がネット空間やSNSを騒がせました。SARS-CoV-2の出自をめぐる陰謀論や、ワクチンに関する一連の陰謀論もありました。一応断っておきますが、この本は別に新型コロナ関連の陰謀論を中心に扱っているわけではありません。しかし、陰謀論そのもののメカニズムと危険性がよくわかります。時節をとらえた時事ネタではありますが、ある種の普遍性を持つ内容ですから新型コロナ以外の話題でもなお有効です。

②『「笛吹き男」の正体 東方植民のデモーニッシュな系譜』, 浜本隆志/著, 筑摩選書
いわゆる「ハーメルンの笛吹き男」に関する論考です。単なるおとぎ話の類いかと思いきや、実は実際におきていた事件であるというのです。事件そのものはオカルト的なものではなく、ドイツ騎士団の活躍により獲得した土地に、人口増によりあぶれた農民を集めて送り込むという当時のシステムが関係しているというのです。話が謎解きのように進行するので、大変楽しい時間を過ごせました。

③『曾国潘 「英雄」と中国史』, 岡本隆司/著, 岩波新書
中国史は好きですが、最後はすべてを灰塵に帰して終わりますから、何とも言えない諸行無常を感じます。本作は主に太平天国に対峙する曾国潘が話の中心です。2020年に出版された同じ岩波新書の『太平天国』も読みましたが、合わせて読むとより無情感を感じることが出来ます。中国史はエピソードがいちいち物語として優秀で、劇を見ているような気持ちになります。

④『謎の海洋王国ディルムン メソポタミア文明を支えた交易国家の勃興と崩壊』, 安倍雅史/著, 中公叢書
本を読んでいると、いやはや知らないことは幾らでもある、というより知らないことの方が多いという事実に打ちのめさせられます。己がいかに無知かを知ることは謙虚を知る契機でしょう。本作は正にそれで、メソポタミア文明を知ってはいても、ペルシャ湾の小島に数えきれないくらいのメソポタミア時代の遺跡があるという事実に驚かされます。基本的に知らないことばかり書いてあり、本にかぶり付きで読みました。

⑤『サボテンはすごい! 過酷な環境を生き抜く驚きのしくみ』, 堀部貴紀/著, ベレ出版
この本はすでに新刊が出た時に記事にしていますから、詳しくは書きませんが一つだけ。最近では学者の書くサボテンや多肉植物の本がありませんでしたから、日本にサボテン学者が生まれたこと自体、祝福すべきことですよね。
以前のブックレビューした記事はこちら。


⑥『スピノザ -読む人の肖像』, 國分功一郎/著, 岩波新書
スピノザに関しては過去に何冊か解説書を読んでいますが、まあそれほど本は出ていません。だから、今年は『スピノザ 人間の自由の哲学』(講談社現代新書)も出版されれたこともあり、スピノザを学ぶ良い機会となっています。特に本書は内容の濃い労作ですから、流し読むようなことはせずに、じっくり時間をかけて読みたい本です。年末年始に哲学はいかがでしょうか?

⑦『ショーペンハウアー 欲望にまみれた世界を生き抜く』, 梅田孝太/著, 講談社現代新書
講談社現代新書の新しいシリーズ「今を生きる思想」の一冊。このシリーズは全体の紹介ではなく、ある一点に重点を置くような解説が特徴です。シリーズはどれも面白かったのですが、個人的にショーペンハウアーを贔屓にしているので、選ばせていただきました。まあ、ショーペンハウアー自体、解説本が出ませんから、入門書と言えど貴重ではあります。私はかつて読んだ「生の嘆き ショーペンハウアー倫理学入門」(法政大学)に非常に衝撃を受けた口なので、ショーペンハウアーというだけでやや前のめりになってしまいます。

⑧『日本の高山植物 どうやって生きているの?』, 工藤岳/著, 光文社新書
高山植物には縁がありませんが、その生態には興味があります。本州の高山植物は氷河期に分布を拡大した北方系の植物の生き残りです。受粉と受粉媒介者との関係もそうですが、植物学の知識を色々学ぶことが出来ました。実際のところ、私が学術論文を読む際の最大のネックは専門知識の欠如でした。というのも、論文は基礎知識を知っている前提で書かれがちです。正直、わからないことだらけです。私も少しずつですが、このような良書を参考に勉強しながら記事を書いていきたいものです。

⑨『ソ連核開発前史』, 市川浩/著, ちくま新書
ロシアによるウクライナ侵攻は世界に衝撃を与えました。戦争が長引くにつれロシアが核兵器を使用するのではないかという懸念もされるようになりました。このロシアの核技術はソ連時代から引き継いだものです。ソ連崩壊は世界情勢がガラリと変わる出来事で、1990年前後に大量の研究書やルポルタージュが世に出されました。私も世界史の転換点として学ぶ必要性を感じ、ここ10年くらい少しずつ本を集めています。しかし、核開発は機密中の機密ですから、核技術に重点を置いた本ははじめて読みました。独裁国は現実ではなく方針に沿った発言しか許されないため、安全性に対する懸念と権威的体制は相性が悪く非常に危険です。ソ連はロシアに生まれ変わりましたが、プーチンの事実上の独裁状態ですから、ソ連時代からの危うさまで引き継いでしまいました。

⑩『南洋の日本人町』, 太田尚樹/著, 平凡社新書
ヨーロッパが香辛料を求めて大航海時代が訪れました。しかし、実際にはヨーロッパは交易に関しては完全に後進国であり、中国から東南アジア、インド、ペルシャ、アフリカ東岸まで含む超巨大交易圏がすでに発展していました。この辺りの話には非常に興味があり、過去に出た本を含め割と読んでいるほうだと思います。しかし、交易圏の日本人の存在は他の著作でも記載はありましたが、話の中心にはならず詳しくはわかりませんでした。しかし、本書を読んでみて思いの外、巨大交易圏に日本人がいたことに驚きます。

若い頃はジャンルを選ばず主に小説を読んできましたが、ここ十年ちょいは小説はまったく読まなくなりました。今は代わりに新書を中心に読んでいます。しかし、2019年から始まったSARS-CoV-2の流行は私の読書生活にも打撃を与えました。だいたい一年に150冊以上読みますから、新刊だけだと興味のある分野のものはそんなに出版されませんから、どうしても足りなくなります。ですから、春と秋の神田神保町古本祭りで毎年古本を100冊以上購入していましたが、SARS-CoV-2により古本祭りは中止が続いていました。そのせいで、私の古本在庫はついにほとんどなくなってしまいました。今年の秋の古本祭りは開催されましたが、残念ながら予定が合わず行けませんでした。というわけ、今年の読書は新刊の比率が高くなっています。毎年、60~80冊の新刊を購入しますが、いずれにせよ来年は新刊だけでは足りないでしょうから、なんとかしなければ…


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私は多肉植物が好きで、色々育てたり調べたりしてブログに記事を書いたりしていますが、育てている多肉植物はそのほとんどがアフリカ原産です。アフリカ原産と言えば、多肉質のユーフォルビア(Euphorbia、オベサやホリダなど、ユーフォルビアは世界中に生えるが多肉植物は南アフリカとマダガスカルに多い)、パキポディウム(Pachypodium)、ハウォルチア(Haworthia, Haworthiopsis)、ガステリア(Gasteria)、アロエ(Aloe)、亀甲竜(Dioscorea elephantipes)、ボウィエア(Bowiea)などが私が育てている多肉植物です。その他にも、メセン(ConophytumやLithopsなど)、アデニア(Adenia)、オペルクリカリア(Operculicalya)、ガガイモ(Huerniaなど)、サンセベリア(Sansevieria)、クラッスラ(Curassula、アフリカ以外にも自生するが南アフリカに多い)など、アフリカは多肉植物の宝庫です。次いで多肉植物が多いのはアメリカ大陸です。サボテンは北米から南米まで分布しますし、アガヴェ(Agave)やフォウクィエリア(Fouquieria)、ディッキア(Dickia)、エケベリア(Echeveria)、シンニンギア(Sinningia、断崖の女王)もそうです。ということで、大抵の多肉植物はアフリカ大陸かアメリカ大陸原産ということになります。

しかし、多肉植物が生える砂漠や乾燥地帯は、アフリカや南北アメリカだけではありません。普段あまり意識されませんが、中央アジアには巨大な乾燥地帯と砂漠が存在します。中国北部の黄土地帯からモンゴルのゴビ砂漠、タリム盆地、タクラマカン砂漠からトルファン、さらにアラブ世界に至るシルクロード…、とてつもなく広大な乾燥地帯が広がっています。当然ながら乾燥地帯に適応した独特と植物も沢山自生しているわけです。ところが、何故か中央アジアの乾燥地帯の植物はあまり知られていません。私は興味がありましたから、少しずつ本を集めています。ということで、アジアの乾燥地帯の植物についての本の紹介と、アジアの乾燥地帯の植物についてのお話をさせていただきます。

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まず紹介するのは、2003年に研成社から出版された『砂漠化と戦う植物たち ━がんばる低木━』です。主に内蒙古など中国北部の乾燥地帯の植物について書かれています。アジアの乾燥地帯の植物は、サボテンの様に高度に多肉化した植物や、バオバブやパキポディウムの様な塊茎植物は基本的にはないようです。どちらかと言えビャクシン(柏槙)のような地面を這う針葉樹など、ブッシュ状となる低木が多いみたいです。
これは、個人的には色々な可能性があると考えました。アフリカやアメリカ大陸原産の多肉植物は、熱帯や亜熱帯、あるいは砂漠で進化した植物です。しかし、アジアの乾燥地帯の植物は温帯や亜寒帯の植物です。中国北部など緯度的には内蒙古は、日本で言えば東北地方から北海道あたりと同じですから、基本的に寒冷で多肉植物の生育する環境とは言えないでしょう。また、乾燥するとは言え、放置すれば草原となる程度の雨は降ったりします。むしろ、乾燥以外の部分が重要なのかもしれません。例えば、乾燥地帯のその多くはいわゆる土砂漠で、一般に黄土と言われている乾燥した黄色い土で覆われています。これが、嵐で巻き上げられて黄砂として降り注ぎます。本の表紙は「小葉錦鶏児」という低木が、根が1メートルも浮き上がってしまっても育つ様子を示しています。このように、地形が変わってしまうことがまず問題です。低く這うの植物が多いのは、低く表面積を広くとる植物は砂が押さえられて舞いにくくなりますし、這うタイプの樹木は根も縦よりも横方向に伸ばす傾向がありましたから、砂を大地に縛り付けることができているのでしょう。しかし、昔より砂嵐が増えているということです。実際に砂漠化した地域が拡大しているそうです。これは、自動車の走行により植物が踏みつけられ、しかもあちこちに轍が出来て、植物の生育が妨げられていることがあります。さらに、過放牧により砂漠化が進行していることも判明しています。

読んでいて私が気になった植物をご紹介します。先ずは、スナヤナギ(沙柳、Salix psammophila)です。スナヤナギは低木状の柳で、地面から放射状に叢生して茂みを作ります。若い株はまるでメキシコのocotillo(Fouquieria)の茂みのようです。次に四合木(Tetraena mongolica)というハマビシの仲間です。中国に1種類しかない仲間で非常に珍しい植物です。氷河期の遺存植物らしく、もはや環境に適応出来なくなっている可能性があります。高さ60センチメートル程の小さな茂みを作りますが、細い枝からは多肉質の小さな葉を出し、まるでCeraria namaquensisの様な枝振りで、Cerariaとは異なり低く育つ姿は非常に面白く見えます。


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次は1998年に中公新書から出版された『砂漠化防止への挑戦 緑の再生にかける夢』です。内蒙古の毛烏素砂漠で、砂漠の研究をしている研究者の記録です。砂漠の緑化は批判されることがあります。それは、元々あった砂漠という環境を破壊するからです。しかし、内蒙古では砂漠化は人為的に起きていますから、やはり人為的に砂漠化を防止しなければなりません。一度砂漠化してしまうと、土壌を大地に押さえつけていた植物が消えることにより、砂が舞って移動してしまい植物すら生えることが出来ない砂漠がどんどん広がってしまいます。人間の活動により砂漠化が起きて、その砂漠化により人間が住めなくなり、他の生物も住めなくなるわけですから、対策が必要です。
砂漠と一口に言っても様々な環境があります。流動砂丘は砂が常に動き回りますから育つ植物を選びます。
毛烏素砂漠では沙蒿というヨモギの仲間の植物が生えます。根が深く砂が移動してしまっても、根がむき出しになっても耐えられます。砂蒿が砂を固定すると、やがて他の植物も生えてきますが、そうなると沙蒿はお役御免でやがていなくなります。砂漠でも遷移がおきるわけです。砂が移動しなくなると、臭柏というビャクシンが生えてきます。地面を這うように、まさに砂地を覆うように放射状に枝を伸ばします。

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2007年に岩波ジュニア新書の『砂漠化ってなんだろう』です。ジュニア新書は児童向けというわけではなく高校生位を対象にしています。ある程度は持説が入ってくる岩波新書とは異なり、ジュニア新書は入門書ですからニュートラルなものが多いように思われます。本書も砂漠化の仕組みや砂漠植物の生態についての詳しい解説があります。また、塩害についての非常に詳しい解説もあります。
内蒙古ではまったく雨が降らないわけではないため、実験的に柵で家畜や車が入れない様にしただけで、猛烈な勢いで植物が生えてくるそうです。そういう意味において、砂漠化の拡大阻止は他の砂漠地域よりは簡単に出来そうです。ただし、中央アジアの乾燥地帯で厄介なのは、その塩分濃度の高さです。中央アジアは広くしかも盆地状なので、川があっても水が海まで到達しません。雨が降った時だけ出現する涸れ川(ワジ)が多いのですが、砂漠の塩分を溶かしながら流れ、やがて砂漠に消えます。このようなことが毎年続きますから、やがて川の終点に塩分が集積して塩の結晶が出来たりします。そのため、大なり小なりの耐塩性がないと、「青菜に塩」の如く萎れてしまい育ちません。

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次は研成社が1998年に出版された『シルクロードに生きる植物たち』です。近年、中国政府の人権侵害により大変な国際問題と化している新疆ウイグル自治区ですが、このかつてのシルクロードのど真ん中を植物学者が一周した記録となっております。

新疆の代表的な植物はギョリュウ(御柳、タマリクス、Tamarix chinensis)です。日本では江戸時代から知られており、高さ7メートル程になる樹木です。ギョリュウは非常に耐塩性が高く、塩腺という器官から塩分を排出出来ます。なんと、8%もの塩分を含む塩傷地でさえもギョリュウを栽培することに成功しているそうです。ギョリュウに限らず、新疆に生える植物は耐塩性が高いことが特徴と言えます。著者も塩が吹き出して白くなった大地に生える、多くの植物を観察しています。個人的に興味深いのはマオウ(麻黄、Ephedra)です。エフェドリンという成分を含み、麻黄湯などとして風邪のひき始めに使用したりします。マオウは一見して葉がなく、多肉質の棒状の茎を持つ緑色のブッシュです。実はマオウはソテツやイチョウと同じ裸子植物ですから、非常に古い時代に出現した植物の生き残りと言えます。一度、育ててみたい植物です。

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最後にトンボ出版より1996年に出版された中国天山の植物』です。フルカラーの贅沢な大型版の本で、天山山脈周辺の美しい風景を含む素晴らしい写真が満載です。天山山脈ですから高山植物の写真も沢山ありますが、天山山麓の塩生荒原や礫だらけのゴビ砂漠の砂漠植物も多く掲載されています。乾燥に耐えるために、葉を小さくあるいは完全に失った種が見られます。

美しい写真を見ていて、大変良いと感じたのはScorzonera muriculataです。高さ50センチメートル程度の多年草で、葉はほとんどなく、枝分かれしたトゲ状の緑色の枝が、非常に密に絡まる様子が美しい。実はキク科で黄色い小さなタンポポの様な花が咲き、やがて綿毛のついた種が出来ます。
次はLycium ruthenicum(黒果枸杞)というナス科の植物です。高さ20-150センチメートルの灌木で、白くトゲのある枝から多肉質の小さな葉を沢山出します。
次はIljinia regeliiは高さ50センチメートル程度のアカザ科の半灌木です。小さなソーセージ形の多肉質の葉を密に出す面白い植物です。
その他にも葉が退化した茎で光合成する多肉質の植物が沢山あります。アカザ科のAnabasis aphylla(無葉仮木賊)、Haloxylon ammodendronがなかなか面白い植物です。Anabasis aphyllaは高さ20センチメートル程度の半灌木です。茎は緑色の節があり非常に形良く叢生します。観賞価値が高そうな植物ですが、殺虫成分を含み食べると非常に毒性が高いと言います。Haloxylon ammodendronは高さ9メートルになる亜高木で、節のある細い茎が紐の様に伸びます。耐塩性が高く砂丘の固定を目的として植林されているそうです。

最後にAtraphaxis spinosaという高さ20-60センチメートルのタデ科の小灌木です。枝先には鋭いトゲがあり、丸く小さい多肉質の葉が茎に沢山出ます。カナボウノキの仲間(亜流木など)のミニチュアのようで面白い雰囲気です。

以上で中央アジアの乾燥地帯の植物についての話は終了します。しかし、以上で挙げさせていただいた植物はあまりに馴染みがないもので、ネットで検索しても画像が皆無というものが多いでしょう。ギョリュウやマオウは国内でも販売されていますが、それ以外は入手が不可能だと思われます。貴重な砂漠植物が盗掘されるようでは困りますから、輸入されないことは悪いことではありませんが、防砂を目的として苗を人工的に栽培されているものなどは、その園芸的な価値について一考しても良いのではないかと私は思いました。記事ではいくつかの中央アジアの乾燥地に生える多肉植物を少しご紹介しました。しかし、現在までほとんど知られおらず、一般向けの本も潤沢とは言いがたいと思います。昔から気にはなっている分野ですので、もう少し本を探ってみたいと思っています。




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中国天山の植物
建美, 清水
1996-03-20


近所の書店に行ったところ、サボテンについて書かれた新刊が出ていたので購入しました。この手の本は趣味家か生産者さんが書いたりしがちですが、珍しく本書は研究者が書いたサボテンの本です。どうも、現在日本ではサボテンの研究者は著者位しかいないみたいです。
それはそうとして、早速読んでみることにしました。もしかしたら、研究者の書いた本なんて難しくて読めないと思ってしまいますが、誰でもわかるように書かれた本です。これは経験上ですが、ベレ出版の出す本は分かりやすい代わりに毎度薄味な内容が多い感じがします。まあ、これはその分野に関して素人でも読めるように書かれていることは分かりますから、一概に悪いことではありません。しかし、本書はベレ出版にしては割りと内容も詰まっていて、しかも分かりやすいので良い塩梅だと思います。
内容に移りましょう。本書はサボテンの基礎をまんべんなく学ぶことが出来ます。過去に出ているサボテンの本では、サボテンが水を貯蔵する仕組みやトゲとは何かといったトピックについては書かれていましたが、それらはあくまで「説」であって、実際に確かめられたものではなかったようにも思われます。しかし、さすがは研究者だけあって、実証的な説明がなされています。
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例えば、サボテンのトゲは葉が由来と言われたりします。しかし、木の葉サボテンでは葉とトゲの両方出ます。また、サボテンの種類によっては棘座(アレオーレ)をスライスして顕微鏡で観察すると、小さな葉が隠されていたりするようです。では、サボテンのトゲとは一体何者なのでしょうか?
また、サボテンの乾燥に耐える仕組みについても、非常に様々なことが判明していることがわかりました。組織の配置や仮導管の仕組み、根が乾燥に耐えるための仕組みなど、知らなかったことだらけでした。
個人的にはCAM植物に関する話は、非常に興味深く読ませていただきました。サボテンはCAM植物と言われ、乾燥に適応した光合成システムを持っています。(※CAM植物については過去に記事にしましたから、お時間があればぜひ読んでみて下さい。)

CAM植物は二酸化炭素をリンゴ酸の形で貯蔵出来ますが、どうやらサボテンではそれだけではないみたいです。詳細は本を読んでいただくとして、このように最新の科学による話題は尽きません。
その他にも、サボテンの本場メキシコに行った話もあります。今でもメキシコはあまり治安がよろしくないと言われますけど、著者も中々怖い目にあっているようです。私はメキシコと言えば、チワワ砂漠だとかサン・ルイス・ポトシだとか、憧れの地名が浮かびますけど、実際に行くとなると躊躇してしまいますけどね。
さて、本書はサボテン好きでも知らないような最新の知見が満載です。私は砂漠植物学、ひいては広く植物学全体に興味がありますが、面白いことが沢山書いてあって大変ためになりました。サボテン好きならば読んで損は無いと思います。




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  2021年は新型コロナの影響もあって、読書が捗りちょうど200冊の本を読みました。思えば、今年は本の確保に苦労した一年でした。新刊も買いますが、私の興味がある分野の本が毎月読む分だけ出版されるわけではないので、その分は古本でカバーしています。しかし、なんと行っても去年から神田神保町古本祭りが中止になってしまったことが、なんとも言えず痛かったのです。聞いたこともないような中小出版社の絶版本などは、古本祭りでしか出会えない醍醐味でしょう。

  2021年の新刊は60冊読みました。じゃあ、残りの140冊は古本かというと実はそうではなく、新刊で買ったものの読んでいなかった去年より以前のものや、買っていなかったことに気がついて今年買った数年前に出版された新刊なんてものもあったりします。そんな本は、実に25冊もありました。つまりは85冊は新刊本ということです。残りの115冊は古本で、2010年以前の出版物でした。2010年以前というと、もう10年以上昔なんですよね。時間がたつのは早いですね。
  今年の新刊本のベスト10は以下の通り。あくまで個人の感想なので悪しからず。

2021年刊行ベスト10
1, 『魚にも自分がわかる』、ちくま新書
2, 『高地文明』、中公新書
3, 『藤原仲麻呂』、中公新書
4, 『京大式へんな生き物の授業』、朝日新書
5, 『アンコール王朝興亡史』、NHKブックス
6, 『本能』、中公新書
7, 『バイアスとは何か』、ちくま新書
8, 『刀伊の入寇』、中公新書
9, 『フォン・ノイマンの哲学』、講談社現代新書
10, 『ウィリアム・アダムス』、ちくま新書

解説
  1は自己認識について。ヒトは鏡を見て写った像が自分だとわかりますが、動物では出来ないとされていました。チンパンジーに対する自己認識実験は何故か成功したり失敗したりしていましたが、それでもチンパンジーは鏡に写った自身を認識出来ると認められています。しかし、それを認めるのはヒトとチンパンジーのみで、実験の成功例があっても犬や象、イルカは試験数が少ないので認められていませんでした。そこで著者は、なんと哺乳類ですらない魚にすら自己認識があるということを主張し、実験で証明して見せるのです。どうやら、昔の自己認識実験は試験方法に問題があったようです。単純に人間に対する方法を他の動物にそのまま当てはめていたみたいですが、やはり実験する動物の習性に合わせなければ意味がありません。

  2は四大文明に対する論拠の見直しまで含めた文明論。そもそも、四大文明という言葉は日本独自のものであること、その論拠すら考古学の進展により否定されるに至っています。私も本書を読んでいて、黄河文明は稲作と無関係で、黄河文明に先立つ長江に稲作の主体があったいうことが80年代後半には判明していたことを思い出しました。古くさい四大文明論がまだ生き残っていることに驚きます。

  3は藤原仲麻呂=恵美押勝についての概説書。恵美押勝の乱と言えば、恵美押勝が権力奪取のために反乱を起こしたとされています。しかし、著者は上皇が天皇から実権を取り返すために乱を起こしたのだから、恵美押勝の乱という名前は間違いではないかと提起しています。実際に上皇は御璽を奪い、恵美押勝は一貫して天皇を擁護していることからも、それは伺えます。
























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