私はサボテンやユーフォルビアなどトゲのある植物を沢山育てていますから、時としてうっかり刺されてしまうこともあります。花キリンの木質のトゲやサボテンの太いトゲならば刺さっても穴が開くだけですが、細かいトゲは途中で折れて皮膚の中に残ってしまうこともあります。私は特に化膿したという経験もありませんが、場合によっては化膿してしまうこともあるのかも知れません。さて、本日は植物のトゲに刺されてしまうことによる感染症についての話題です。参照とするのは、Simcha Lev-Yudun & Malka Halpernの2019年の論文、『Extended phenotype in action. Two possible roles for silica needles in plants: not just injuring herbivores but also inserting pathogens into their tissues』です。


トゲによる感染症とは?
植物のトゲは視覚的に警戒を喚起し草食動物が忌避する可能性があります。さらに、Halpernらは鋭利な構造を持つトゲには病原性の細菌が生息しており、そのことが草食動物から身を守る上で特別な役割りを果たしている可能性を発見しました。
イスラエルのナツメヤシの農園では、労働者の間でトゲの刺し傷に由来する細菌感染症が頻繁に発生しており、重篤なため治癒が非常に困難です。多くの農園で数百万本のトゲを電動ノコギリですべて切除する、大変費用のかかる作業が必要となりました。


トゲにいる病原菌
ナツメヤシ(デーツ、Phoenix dactylifera)の下葉から出るトゲや、common hawthorn(サンザシの仲間、Crataegus aronia)のトゲ、トゲのある低木であるthorny burnet(Sarcopoterium spinosum)とmanna tree(Alhagi graecorum)のトゲを採取し、細菌の検出を行いました。結果として、ウェルシュ菌(Clostridium perfringens)、炭疽菌(Bacillis anthracis)、パントエア菌(Pantaea agglomerans)など、病原性が高い細菌が特定されました。
ウェルシュ菌はガス壊疽と呼ばれる筋肉の壊死を引き起こすことから、食肉細菌(flesh-eater)として知られます。炭疽菌は炭疽病を引き起こし、家畜や野生動物、そして人間にとっても急性で致命的な感染症として悪名高いものです。破傷風菌(Clostridium tetani)は破傷風を引き起こし、人間と他の動物にとって深刻な病気となります。米国やエチオピア、トルコなどの多くの国で、トゲによる障害が破傷風を引き起こしています。
また、植物のトゲによる損傷により引き起こされる化膿性炎症は、細菌だけではなく病原性真菌によっても引き起こされることを発見しました。皮下真菌症を引き起こす皮膚糸状菌は皮膚を貫通出来ませんが、トゲにより皮下組織に侵入します。



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Euphorbia lophogonaの翼状の刺塊。


トゲの病原性細菌叢
特定の植物や植物器官の表面には、微生物の生存の可能性を低下させたり上昇させたりする、化学的あるいは構造が存在する可能性があります。微生物は植物表面のバイオフィルム内で増殖します。バイオフィルムとは付着した細菌の集合体で、細菌が分泌する粘着性多糖類に囲まれています。バイオフィルムの基質内には嫌気性細菌が存在可能な無酸素状態の空隙など、様々な異なる微小環境が存在する可能性があります。Halpernらの研究結果を考慮するならば、好気性細菌だけではなく嫌気性細菌もバイオフィルム内に存在していることは明らかです。また、Halpernらの研究では、ワシントンヤシ(Washingtonia filifera)において、色鮮やかなトゲと、葉では細菌叢の構成に大きな違いがありました。


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Gymnocalycium pungensの刺は非常に鋭く皮膚を簡単に貫通します。


延長された表現型 Extended Phenotype
「延長された表現型」(拡張された表現型)とは、Dawkinsにより導入された概念です。動物の行動はその行動をとる動物の体内にある遺伝子があるかないかに関わらず、あるいは表現型が体外で発現しているか否かに関わらず、遺伝子の存在を最大化する傾向があります。例えば、Rothschildは有毒な警告色を持つ昆虫が有毒植物に集まることにより、植物のaposematism(警告するシグナル)な香りが強まり、場合によってはaposematismな色彩も強まることを説明しました。この例では、aposematismな装置は植物の部位に基づき作られたものではなく、有毒昆虫により作られた「延長された表現型」でした。
植物が微生物により草食動物から守られる場合、それは延長された表現型であると言えます。様々な病原性微生物が草食動物に感染することにより、植物は防御的な利益を得ます。このことは植物自身の延長された表現型であるだけではありません。病原性微生物は増殖と拡散のために植物を利用していることになります。植物は微生物による防御を、微生物は感染する草食動物に感染する機会を、それぞれが享受することが出来る相利共生的なシステムです。


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Aloe spectabilisの刺は派手な警告色で草食動物に己の危険性をアピールします。


同時嗅覚警告作用
細菌が感染した植物で、同時嗅覚警告作用(警告のための不快な臭いなど。simultaneous olfactory aposematism)が関与しているかは検討されてきませんでした。また、病原性微生物のバイオフィルムが誘引物質を放出することにより草食動物が訪れて病原性微生物に感染し、結果的に草食動物が減少し植物に利益をもたらす可能性もあります。
微生物の臭いに関する例では、以下のような報告があります。セイヨウハコヤナギ(Populus nigra)に感染したポプラさび病菌は、草食動物が誘引されるような香りを減少させ、草食動物の嗜好に影響を与えます。トウモロコシに感染したトウモロコシ萎黄斑ウイルスが、ウイルスを媒介するタバココナジラミを誘引する揮発性物質を放出していることが明らかとなっています。さらに、カリフォルニアの野生植物の花蜜に生息する微生物が花蜜の揮発性成分の組成を変え、花を訪れる蜂の誘引力に影響を与えることが判明しています。これらの事例から、トゲのある植物の表面に生息する微生物が、草食動物に影響を与える可能性を示唆します。


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Dasylirion seratifoliumの恐ろしい逆刺。長い葉は触れたものに絡みつきます。


最後に
以上が論文の簡単な要約です。
野生植物のトゲには様々な病原性微生物が生息しており、トゲに刺された草食動物に感染をもたらすであろうという驚きの内容でした。恐ろしい話ではありますが、流石に我々の身近な植物のトゲにはこれほど重大な病原性細菌はいなそうです。しかし、何らかの細菌は存在するでしょうから、植物のトゲに刺されたら患部の洗浄と消毒はやはり行った方が良いでしょう。放置した場合には患部が化膿するかも知れません。あと、皮膚にいる糸状菌が植物のトゲで体内に挿入されるという話は盲点でした。これは、糸状菌だけではなく皮膚の常在菌も挿入されることになりますから、免疫力が落ちている時は要注意かも知れませんね。
また、「延長された表現型」の概念はわかりにくいのですが、これは植物自身の有する毒やトゲなどの防御機構から範囲を拡張し、植物自身ではない微生物が防御機構に関与しているということです。外部を利用していることを以て「延長された」と言っているわけです。
さて、実は論文ではシリカ針の議論がされていましたが、割愛させていただきました。シリカ針とは植物の葉や茎に見られる珪酸質の毛のような微細な針で、キュウリの茎やオクラの実など、様々な身近な植物に見られるものです。論文のタイトルにも「
silica needles in plants」とあるからには、新規に提案された重要なものなのでしょう。しかし、論文中で検証されているわけではなく、細菌を検出したのは通常のトゲであってシリカ針ではありません。この論文では可能性を示唆しているだけです。いずれ、何らかの報告がなされるでしょうから、またその時に詳細をご紹介しましょう。


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