今年の1月に東京農業大学のバイオリウムという施設に行って参りました。沢山の植物が見られましたが、何気なくリプサリスが開花していました。リプサリスは小型の着生サボテンですが、その小さな花を見た時に花粉媒介者が気になりました。たぶん虫媒花、まあ蜜蜂だろうとは思いました。しかし、所詮は私の憶測などは意味がありませんから、調べてみることにしました。
というわけで、本日はリプサリスの花粉媒介者を調べたCristiane Martins & Leandro Freitasの2018年の論文、『Functional specialization and phenotypic generalization in the pollination system of an epiphytic cactus』をご紹介しましょう。その前に簡単に用語を解説しておきます。生態学にはジェネラリストとスペシャリストという概念があります。植物の受粉に関する場合なら、ジェネラリストは様々な花粉媒介者の訪問を受けて受粉する植物や、様々な種類の花を訪問する花粉媒介者を指します。スペシャリストは特定の花粉媒介者に対して特殊化した花を持つ植物や、特定の植物に特化した花粉媒介者がそれにあたります。


ジェネラリストはスペシャリストに向かうか?
受粉システムがスペシャリストに向かう傾向があるという見解がありますが、ジェネラリストが一般的であるという研究から異議を唱えられてきました。植物と花粉媒介者の相互作用は、植物と花粉媒介者の一対一の関係による絶対的スペシャリストという極端の場合から、特定の花粉媒介者に依存しない条件的ジェネラリストまで勾配があるという理解に至っております。

サボテンの受粉生物学と着生サボテン
サボテン科には約1500種が含まれ、その花序や受粉システムも多岐に渡ります。サボテンの受粉には、蜂や蝶、蛾、コウモリ、ハチドリなど、様々な動物と関係を結んでいます。サボテン科のほとんどは他家受粉であり、有性生殖のために花粉媒介者に依存しています。
「サボテン」と聞くと砂漠や半乾燥地帯の柱サボテンを思い浮かべますが、新熱帯の湿潤林では着生サボテンが重要な構成要素となっています。着生サボテンはサボテン科の約10%を占め、ヒロケレウス連(Hylocereeae)とリプサリス連(Rhipsalideae)に限定されています。着生サボテンの受粉生物学に関する知識は乏しく、逸話的な報告や、Weberocereus tunillaのコウモリによる受粉(Tschapka et.al. 1999)に限られています。

リプサリスについて
リプサリスは37種から構成され、86%がブラジルの固有種です。リプサリスには3つの亜属、Rhipsalis、Erytrorhipsalis、Calamorhipsalisからなります。Rhipsalis neves-armondiiはブラジルの太平洋岸森林に生息するCalamorhipsalis亜属の着生種で、花はリプサリスで最大ですが長さ2cm未満です。果実は紫色の液果で様々な鳥を引き寄せます。

R. neves-armondiiの調査
この研究は、2014年の3月と4月に、ブラジル南東部のSerra dos Orgaos国立公園(PARNASO)の大西洋岸森林の標高約1000mの残存地において実施されました。PARNASOはリプサリスの多様性がもっとも高く少なくとも18種類が確認されている大西洋岸森林の中にあります。気候は熱帯性中温帯で、夏は穏やかで、冬の乾季は短いものです。R. neves-armondiiの開花は雨季の終わりの3月と4月におこり、周囲で確認された10種類のリプサリスのうちこの時期に咲いたのはR. neves-armondiiだけでした。

Rhipsalis neves-armondiiの花(外部リンク、rhipsalis.com)
https://www.rhipsalis.com/species/neves-armondii.htm

花粉媒介者
R. neves-armondiiの花を訪れたのは主に蜂で、3科14種の蜂が確認されました。R. neves-armondiiの花にはアンドレニアエ科、ミツバチ科、ハナバチ科の蜂が訪花したため、ジェネラリストによる受粉システムが示唆されます。R. neves-armondiiの花の表現型は花粉や蜜に容易にアクセス出来るため、様々な花粉媒介者が収集可能であると考えた場合はジェネラリストとして分類されます。しかし、その訪問頻度はそれを裏付けているわけではありません。柱頭と葯に触れたのは3種類の在来性の小型ハチとセイヨウミツバチ(Apis millifera)のみで、その訪問頻度の高さから少数種類のハチに依存しており、生態的、機能的に特殊化を伴う受粉システムを示しています。花の資源にアクセスするための障壁がないことが、ジェネラリストとしての指標ではない可能性を示唆しています。

自家受粉
花にネットをかけて花粉媒介者から断絶したり、人工的に自家受粉させたりしましたが、R. neves-armondiiは自家不稔性で絶対的他家受粉でした。人工的な自家受粉による種子は、無視できるほど少ないものでした。ネットをかけた自発的な自家受粉では種子は出来ませんでした。

最後に
以上が論文の簡単な要約です。
自家受粉しないための仕組みとして、例えば雄蕊と雌蕊の高さが違う(雌雄離熟)、雄蕊より雌蕊の成熟時期が異なる(雌雄異熟)、雄花と雌花がある(雌雄異花)など様々な段階があります。しかし、R. neves-armondiiの花は雄蕊も雌花も短く、両性花であり、雌雄同熟です。非常に単純な形態の花ですから、形態学的な自家受粉の回避ではないようです。内部に何かしらの仕組みがあるのでしょう。

メインのジェネラリストとスペシャリストの話はわかりにくいのですが、この場合は絶対的ではないためどうしても相対的な説明になってしまうからでしょう。絶対的なスペシャリストでは、花の形状が特殊化し特定の花粉媒介者しか訪問出来ません。対するR. neves-armondiiの花はあまりにも一般的な形状です。サイズや日中に開花することから、蜂をターゲットにしていることは分かりやすい話です。ただし、一般的な形状であるからこそ、受粉に関与しない、あるいは非効率的な花粉媒介者も訪問することになります。論文を読む限りは、絶対的ではないもののスペシャリストの傾向はあるようですが、特殊化していないがゆえにスペシャリストであることがマスクされてしまっているのかも知れませんね。


ブログランキング参加中です。
下のにほんブログ村のバナーをクリックしていただけますと嬉しく思います。

にほんブログ村 花・園芸ブログ 塊根植物・塊茎植物へ
にほんブログ村

にほんブログ村 花・園芸ブログ サボテンへ
にほんブログ村