サボテンも生物である以上は繁殖する必要があり、そのために花を咲かせます。しかし、一口にサボテンと言ってもその繁殖戦略は様々で、花粉媒介者も昆虫だけではなくハチドリやコウモリにより受粉するサボテンもあります。当ブログでは度々サボテンの受粉様式=受粉生物学をご紹介してきました。参照とするのは、Bruno Henrique dos Santos Ferreiraらの2020年の論文、『Flowering and pollination ecology of Cleistocactus baumannii (Cactaceae) in the Brazilian Chaco: pollinator dependence and floral larceny』です。本日の主役はブラジルとその周囲に分布するヒモ状のサボテン、Cleistocactus baumanniiです。
Cleistocactus baumannii(右)
筒状の花に注目。
『The Cactaceae II』(1920年)より。
C. baumanniiは鳥媒?
サボテンはブラジルのCaatingaやChaco植生の重要な要素の1つです。サボテン科の中でも、南米のサボテンでは様々な系統で鳥媒が想定されています。Cleistocactusは鳥による受粉に極端に特化した例として挙げられますが、それは花の特徴から推測されたものでした。Cleistocactusの受粉の評価は2016年(Gorostiague & Ortega-Baes, 2016)に行われ、C. baumanniiはハチドリによってのみ受粉し、C. smaradigoflorusはハチドリとミツバチにより受粉する可能性が示されました。
C. baumanniiはアルゼンチンやブラジルでは、アオムネヒメエメラルドハチドリ(Chlorostilbon lucidus)だけが花粉媒介者であると考えられています。しかし、花を訪問する昆虫による盗蜜の影響を調査する必要があります。
盗蜜
盗蜜者(nectar robbers)は、受粉せずに花の資源(花蜜や花粉)を集める花への訪問者ですが、花を噛んだりして傷付けるなどイリーガルな方法を用います。この花の損傷は、本来の花粉媒介者の行動や、花粉の飛散距離に影響を及ぼし、結実や種子数、種子の発芽率を低下させる可能性があります。しかし、盗蜜により蜜が減少するため、本来の花粉媒介者が訪れなければならない花の数が増えるため、他家受粉が促進される可能性もあります。
花への訪問者は次のように分類されます。
①潜在的な花粉媒介者(potential pollinators)
②非花粉媒介者(non-pollinators)
③泥棒(thieves)
④強盗(robbers)
泥棒は花粉や柱頭に触れることなく、花に損傷を与えない訪問者を指します。強盗は花に損傷を与える訪問者でこれを一次強盗、一次強盗のつけた傷口を利用する訪問者を二次強盗としました。
C. baumanniiの開花
C. baumanniiは円柱柱状のサボテンで、約1.5mの枝分かれした枝を持ちますが、他の植物に支えられている場合はより高くなることもあります。明るいオレンジがかった赤い花を沢山咲かせます。研究地域ではC. baumanniiは雨期に激しく開花します。花は両性花で、昼行性、匂いはありません。花は自家不稔で、自家不和合性です。花筒の長さは平均48.19mm、直径の平均は9.25mmでした。花は1年を通じて開花し続けます。
C. baumanniiの花の寿命は約48時間です。午前6時には花冠と葯は既に開いているものの、柱頭はまだ受容性はありません。つまり、開花開始時には花は機能的に雄蕊的です。午前8時から柱頭は一部が受容状態となります。午前10時頃には葯に花粉はほとんどなくなり、翌日まで雌性期です。翌日の午後には柱頭は萎れはじめ、翌日には完全に閉じます。
C. baumanniiの花は葯と柱頭が同じ高さで並び、雌雄離熟(herkogamy)ではありません。柱頭が受容前に花粉が放出されることから部分的雄性先熟で、自家受粉を減らし柱頭が詰まるのを防ぐと考えられます。
花への訪問者
ブラジルのChacoにおいて、C. baumanniiの花には5種のハチ、2種のアリ、1種のチョウ、1種のハチドリ(C. lucidus)が訪れました。この内、ハチドリと2種のハチは頻繁に訪花し、ほとんどの月で見られました。
観察すると、ハチドリは花の前でホバリングし、クチバシを花筒に入れて、クチバシ上部と頭が葯と柱頭に接触させて採蜜していました。採蜜は2秒間続き、1つの植物につき1つの花だけを採蜜しました。
3種のハチは花粉を集めるために葯に着地し、葯と柱頭に接触しましたが、基本的に花粉泥棒でした。さらに、Xylocopa splendulaというハチは、すべての訪花で花筒に口器を突き刺して盗蜜しました。このハチは同じ植物の別の花を訪れるため、主要な蜜泥棒です。X. splendulaの残した穴には、他の種類のハチやアリが訪れ、二次的な蜜泥棒となっていました。また、このような盗蜜を受けた花は、柱頭に付着した花粉が少ないことが分かりました。さらに、X. splendulaは自家受粉と隣花受粉(geitonogamy)を促進し柱頭を詰まらせ、盗蜜により有効な花粉媒介者であるハチドリの訪問を減らしている可能性があります。
最後に
以上が論文の簡単な要約です。
観察によりC. baumanniiの花の花粉媒介者はハチドリであることが確認されました。さらに、ハチは有効な花粉媒介者ではなく、それどころか花粉泥棒であり蜜泥棒でもあると判明しました。自家受粉や同じ植物個体の別の花からの受粉を受ける隣花受粉も、ハチにより引き起こされ、蜜の減少によりハチドリの訪花も減ってしまいいいことがありません。論文中で柱頭が詰まると言っているのは、柱頭に沢山の自家受粉、あるいは隣花受粉してしまうと、花粉から花粉管が花柱に伸びて行きますが自家受粉はしないので受粉はせず、後に他家受粉の花粉がついても花粉管を伸ばす隙間がないということでしょう。
まとめると、本来ならば植物の受粉が期待さるハチが、受粉を阻害する要因になっている可能性があるのです。植物と昆虫との関係も非常に複雑です。今後もサボテンや多肉植物の受粉生物学を見つけ次第取り上げていくつもりです。
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Cleistocactus baumannii(右)
筒状の花に注目。
『The Cactaceae II』(1920年)より。
C. baumanniiは鳥媒?
サボテンはブラジルのCaatingaやChaco植生の重要な要素の1つです。サボテン科の中でも、南米のサボテンでは様々な系統で鳥媒が想定されています。Cleistocactusは鳥による受粉に極端に特化した例として挙げられますが、それは花の特徴から推測されたものでした。Cleistocactusの受粉の評価は2016年(Gorostiague & Ortega-Baes, 2016)に行われ、C. baumanniiはハチドリによってのみ受粉し、C. smaradigoflorusはハチドリとミツバチにより受粉する可能性が示されました。
C. baumanniiはアルゼンチンやブラジルでは、アオムネヒメエメラルドハチドリ(Chlorostilbon lucidus)だけが花粉媒介者であると考えられています。しかし、花を訪問する昆虫による盗蜜の影響を調査する必要があります。
盗蜜
盗蜜者(nectar robbers)は、受粉せずに花の資源(花蜜や花粉)を集める花への訪問者ですが、花を噛んだりして傷付けるなどイリーガルな方法を用います。この花の損傷は、本来の花粉媒介者の行動や、花粉の飛散距離に影響を及ぼし、結実や種子数、種子の発芽率を低下させる可能性があります。しかし、盗蜜により蜜が減少するため、本来の花粉媒介者が訪れなければならない花の数が増えるため、他家受粉が促進される可能性もあります。
花への訪問者は次のように分類されます。
①潜在的な花粉媒介者(potential pollinators)
②非花粉媒介者(non-pollinators)
③泥棒(thieves)
④強盗(robbers)
泥棒は花粉や柱頭に触れることなく、花に損傷を与えない訪問者を指します。強盗は花に損傷を与える訪問者でこれを一次強盗、一次強盗のつけた傷口を利用する訪問者を二次強盗としました。
C. baumanniiの開花
C. baumanniiは円柱柱状のサボテンで、約1.5mの枝分かれした枝を持ちますが、他の植物に支えられている場合はより高くなることもあります。明るいオレンジがかった赤い花を沢山咲かせます。研究地域ではC. baumanniiは雨期に激しく開花します。花は両性花で、昼行性、匂いはありません。花は自家不稔で、自家不和合性です。花筒の長さは平均48.19mm、直径の平均は9.25mmでした。花は1年を通じて開花し続けます。
C. baumanniiの花の寿命は約48時間です。午前6時には花冠と葯は既に開いているものの、柱頭はまだ受容性はありません。つまり、開花開始時には花は機能的に雄蕊的です。午前8時から柱頭は一部が受容状態となります。午前10時頃には葯に花粉はほとんどなくなり、翌日まで雌性期です。翌日の午後には柱頭は萎れはじめ、翌日には完全に閉じます。
C. baumanniiの花は葯と柱頭が同じ高さで並び、雌雄離熟(herkogamy)ではありません。柱頭が受容前に花粉が放出されることから部分的雄性先熟で、自家受粉を減らし柱頭が詰まるのを防ぐと考えられます。
花への訪問者
ブラジルのChacoにおいて、C. baumanniiの花には5種のハチ、2種のアリ、1種のチョウ、1種のハチドリ(C. lucidus)が訪れました。この内、ハチドリと2種のハチは頻繁に訪花し、ほとんどの月で見られました。
観察すると、ハチドリは花の前でホバリングし、クチバシを花筒に入れて、クチバシ上部と頭が葯と柱頭に接触させて採蜜していました。採蜜は2秒間続き、1つの植物につき1つの花だけを採蜜しました。
3種のハチは花粉を集めるために葯に着地し、葯と柱頭に接触しましたが、基本的に花粉泥棒でした。さらに、Xylocopa splendulaというハチは、すべての訪花で花筒に口器を突き刺して盗蜜しました。このハチは同じ植物の別の花を訪れるため、主要な蜜泥棒です。X. splendulaの残した穴には、他の種類のハチやアリが訪れ、二次的な蜜泥棒となっていました。また、このような盗蜜を受けた花は、柱頭に付着した花粉が少ないことが分かりました。さらに、X. splendulaは自家受粉と隣花受粉(geitonogamy)を促進し柱頭を詰まらせ、盗蜜により有効な花粉媒介者であるハチドリの訪問を減らしている可能性があります。
最後に
以上が論文の簡単な要約です。
観察によりC. baumanniiの花の花粉媒介者はハチドリであることが確認されました。さらに、ハチは有効な花粉媒介者ではなく、それどころか花粉泥棒であり蜜泥棒でもあると判明しました。自家受粉や同じ植物個体の別の花からの受粉を受ける隣花受粉も、ハチにより引き起こされ、蜜の減少によりハチドリの訪花も減ってしまいいいことがありません。論文中で柱頭が詰まると言っているのは、柱頭に沢山の自家受粉、あるいは隣花受粉してしまうと、花粉から花粉管が花柱に伸びて行きますが自家受粉はしないので受粉はせず、後に他家受粉の花粉がついても花粉管を伸ばす隙間がないということでしょう。
まとめると、本来ならば植物の受粉が期待さるハチが、受粉を阻害する要因になっている可能性があるのです。植物と昆虫との関係も非常に複雑です。今後もサボテンや多肉植物の受粉生物学を見つけ次第取り上げていくつもりです。
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コメント
コメント一覧 (2)
蛇形柱という和名通り、横たわって入鹿のように這い回り
しかも成長点付近はコブラが鎌首を持ち上げてるようになるんですよ
そして先端付近から花が咲いてるとあたかも蛇が舌を出してるようにしか見えません
もしかしたら、ハチドリが安心して受粉できるように天敵の山猫類を遠ざける効果があるのかもと思いました
(以前SNSでキュウリやズッキーニに驚く猫を見て連想しました)
植物おじさん
がしました