植物の繁殖形式は種によって異なりますが、そのすべてが明らかとなっているわけではありません。例えば、園芸的に著名なサボテンですら、実際に調査されたのは極一部です。当ブログにおいても、サボテンの繁殖に関する論文はそれなりの数を取り上げて来ました。しかし、まだ取り上げていない論文が沢山あります。と言うことで、本日はチワワ砂漠に広く分布する紫色のウチワサボテン、Opuntia macrocentraについて見ていきましょう。参照するのは、L. Eder Ortiz-Martinezらの2022年の論文、『Variability in mating strategies in a widespread cactus in the Chihuahuan Desert』です。
繁殖戦略
サボテン科の中ではウチワサボテン属(Opuntia)が最も成功し広範囲に分布する属です。ウチワサボテンはクローン性と多様な有性生殖システムを持ち、高い繁殖能力と分散能力を兼ね備えています。しかし、ウチワサボテン属のうち、繁殖に関する研究がされているようはわずか15%に過ぎず、しかもそのほとんどは1つの個体群のみの結果に基づいています。
多くの植物で自殖あるいは異系交配率が、集団間で大きな変動を示す証拠が増えています。そのため、単一の集団の研究に基づいて繁殖システムを一般化することは問題があります。
花粉媒介者(pollinator)による受粉は、場合によっては不確実で非効率的となることもあります。花粉媒介者の訪問頻度の変化は、花粉媒介者が豊富な状況では異系交配による遺伝的変異が起き、花粉媒介者が貧弱な状況なら自家受粉による生殖の保証との間にtrade-offを引き起こし、植物の交配システムの変異を促進する可能性があります。
花粉の量的あるいは質的な制限は自家不和合性でより起きやすく、自家不和合性から自家和合性への進化などの生殖システムの変化につながる可能性があります。Ariocarpus kotschoubeyanus(黒牡丹)は、厳密な自家不和合性であるAriocarpus属の中で唯一の自家和合性種です。A. kotschoubeyanusの自家和合性の進化は、花粉の制限、個体群密度の高さ、花粉媒介者の少なさの相互作用により説明されます。

Opuntia macrocentra(下)
花はapproach herkogamyではないことに注意。
『The fantastic clan. The cactus family.』(1932)より
紫色のウチワサボテン
紫色のウチワサボテン(purple prickly pear)と呼ばれるOpuntia macrocentraは、チワワ砂漠とソノラ砂漠に広く分布するサボテンです。研究にはチワワ砂漠内で708km離れた2つの個体群を観察しました。1つは米国ニューメキシコ州立大学チワワ砂漠放牧地研究センター(CR)内にあり、もう1つはメキシコのDurango州Mapimi生物圏保護区(MBR)内にあります。この2つの個体群は、個体数が均衡していることが明らかとなっています。
MBRの個体群は密度、種子生産、新規加入率(recruitment rate)が低くなっています。CR個体群は混合交配システムと自律的な自家受粉、花粉媒介者の多様性の低さ(2種の蜂)、花粉媒介者の訪問頻度の低さが特徴です。しかし、MBRのO. macrocentraの生殖システムは不明です。
花への訪問者
MBRのO. macrocentraは昼行性で、ほとんどの花は1日(9:00〜20:00)しか咲かず、12:00〜13:00の間に最も花が開きます。10%未満の花は19:00に開き、夜間は閉じて、翌14:00頃まで咲くものもありました。
O. macrocentraの中から32個体を選び、5日間にわたり開花中の花を訪れる花粉媒介者を調査しました。
22時間の観察中にO. macrocentraの花には、287回の訪問者がありました。訪れたのは、8種類のハチとチョウ、ハエでした。一般に訪問頻度が高いのは、12:00〜15:00の間でした。この内、Diadasia rinconisとLasioglossum sp.の2種類のミツバチは、O. macrocentraの花への訪問の約70%を占めており、花粉媒介者であると考えられました。D. rinconisは大量の花粉を付着させる行動が観察されており、主な花粉媒介者であると考えられます。D. rinconisはチワワ砂漠の少なくとも17種類のウチワサボテンの主な花粉媒介者で、このハチはウチワサボテンと共進化したと考えられています。

Opuntia macrocentra
『Transaction of the Texas Academy opsis Science』(1929-1937)より
異なる交配システム
人工受粉の結果から、MBRのO. macrocentraは絶対的異系交配であり、自家受粉しない自家不和合性であることが示唆されました。自家和合性および自殖性のCRの個体群と異なる交配システムが存在することが明らかとなったのです。
MBRとCRの個体群では、花の特徴が一部異なります。さらに、MBRの花は1日以上開花するものもあります。これは、一部の自家不和合性のサボテンに見られる特徴で、不十分な受粉率によるリスクを最低限とし、交配の機会を増やします。
MBRの個体群には雌雄離熟(※1)が確認されました。これはCRの個体群には存在しません。MBRの個体群では、柱頭が花糸の2倍以上の長さがあり突き出しています。つまり、近接性雌性受粉(※2)です。
※1 ) 雌雄離熟(herkogamy)とは、柱頭と葯の位置が離れていること。
※2 ) 近接性雌性受粉(approach herkogamy)とは、柱頭が葯の高さより上にあること。花を訪問した昆虫は花粉に触れる前に柱頭に接触する。
最後に
以上が論文の簡単な要約です。
同種のウチワサボテンでも、異なる個体群では繁殖システムが異なることが示されました。確かに、過去に読んだ論文では、1つの地域に生える個体群のみを調査したものばかりでした。しかし、この論文を前提とすると、1つの地域の個体群で、その種を代表してよいものか怪しくなってきました。繁殖システムの調査は、純粋に生物学的な資料の積み重ねだけではなく、植物の保護を考える上でも重要です。自生地で減少しているサボテンや多肉植物についての、このような地道な研究が増えることを願っております。
ブログランキング参加中です。
クリックしていただけますと嬉しく思います。

にほんブログ村

にほんブログ村
繁殖戦略
サボテン科の中ではウチワサボテン属(Opuntia)が最も成功し広範囲に分布する属です。ウチワサボテンはクローン性と多様な有性生殖システムを持ち、高い繁殖能力と分散能力を兼ね備えています。しかし、ウチワサボテン属のうち、繁殖に関する研究がされているようはわずか15%に過ぎず、しかもそのほとんどは1つの個体群のみの結果に基づいています。
多くの植物で自殖あるいは異系交配率が、集団間で大きな変動を示す証拠が増えています。そのため、単一の集団の研究に基づいて繁殖システムを一般化することは問題があります。
花粉媒介者(pollinator)による受粉は、場合によっては不確実で非効率的となることもあります。花粉媒介者の訪問頻度の変化は、花粉媒介者が豊富な状況では異系交配による遺伝的変異が起き、花粉媒介者が貧弱な状況なら自家受粉による生殖の保証との間にtrade-offを引き起こし、植物の交配システムの変異を促進する可能性があります。
花粉の量的あるいは質的な制限は自家不和合性でより起きやすく、自家不和合性から自家和合性への進化などの生殖システムの変化につながる可能性があります。Ariocarpus kotschoubeyanus(黒牡丹)は、厳密な自家不和合性であるAriocarpus属の中で唯一の自家和合性種です。A. kotschoubeyanusの自家和合性の進化は、花粉の制限、個体群密度の高さ、花粉媒介者の少なさの相互作用により説明されます。

Opuntia macrocentra(下)
花はapproach herkogamyではないことに注意。
『The fantastic clan. The cactus family.』(1932)より
紫色のウチワサボテン
紫色のウチワサボテン(purple prickly pear)と呼ばれるOpuntia macrocentraは、チワワ砂漠とソノラ砂漠に広く分布するサボテンです。研究にはチワワ砂漠内で708km離れた2つの個体群を観察しました。1つは米国ニューメキシコ州立大学チワワ砂漠放牧地研究センター(CR)内にあり、もう1つはメキシコのDurango州Mapimi生物圏保護区(MBR)内にあります。この2つの個体群は、個体数が均衡していることが明らかとなっています。
MBRの個体群は密度、種子生産、新規加入率(recruitment rate)が低くなっています。CR個体群は混合交配システムと自律的な自家受粉、花粉媒介者の多様性の低さ(2種の蜂)、花粉媒介者の訪問頻度の低さが特徴です。しかし、MBRのO. macrocentraの生殖システムは不明です。
花への訪問者
MBRのO. macrocentraは昼行性で、ほとんどの花は1日(9:00〜20:00)しか咲かず、12:00〜13:00の間に最も花が開きます。10%未満の花は19:00に開き、夜間は閉じて、翌14:00頃まで咲くものもありました。
O. macrocentraの中から32個体を選び、5日間にわたり開花中の花を訪れる花粉媒介者を調査しました。
22時間の観察中にO. macrocentraの花には、287回の訪問者がありました。訪れたのは、8種類のハチとチョウ、ハエでした。一般に訪問頻度が高いのは、12:00〜15:00の間でした。この内、Diadasia rinconisとLasioglossum sp.の2種類のミツバチは、O. macrocentraの花への訪問の約70%を占めており、花粉媒介者であると考えられました。D. rinconisは大量の花粉を付着させる行動が観察されており、主な花粉媒介者であると考えられます。D. rinconisはチワワ砂漠の少なくとも17種類のウチワサボテンの主な花粉媒介者で、このハチはウチワサボテンと共進化したと考えられています。

Opuntia macrocentra
『Transaction of the Texas Academy opsis Science』(1929-1937)より
異なる交配システム
人工受粉の結果から、MBRのO. macrocentraは絶対的異系交配であり、自家受粉しない自家不和合性であることが示唆されました。自家和合性および自殖性のCRの個体群と異なる交配システムが存在することが明らかとなったのです。
MBRとCRの個体群では、花の特徴が一部異なります。さらに、MBRの花は1日以上開花するものもあります。これは、一部の自家不和合性のサボテンに見られる特徴で、不十分な受粉率によるリスクを最低限とし、交配の機会を増やします。
MBRの個体群には雌雄離熟(※1)が確認されました。これはCRの個体群には存在しません。MBRの個体群では、柱頭が花糸の2倍以上の長さがあり突き出しています。つまり、近接性雌性受粉(※2)です。
※1 ) 雌雄離熟(herkogamy)とは、柱頭と葯の位置が離れていること。
※2 ) 近接性雌性受粉(approach herkogamy)とは、柱頭が葯の高さより上にあること。花を訪問した昆虫は花粉に触れる前に柱頭に接触する。
最後に
以上が論文の簡単な要約です。
同種のウチワサボテンでも、異なる個体群では繁殖システムが異なることが示されました。確かに、過去に読んだ論文では、1つの地域に生える個体群のみを調査したものばかりでした。しかし、この論文を前提とすると、1つの地域の個体群で、その種を代表してよいものか怪しくなってきました。繁殖システムの調査は、純粋に生物学的な資料の積み重ねだけではなく、植物の保護を考える上でも重要です。自生地で減少しているサボテンや多肉植物についての、このような地道な研究が増えることを願っております。
ブログランキング参加中です。
クリックしていただけますと嬉しく思います。

にほんブログ村

にほんブログ村
コメント