サボテンの受粉システムは種により様々ですが、本日はアリオカルプス属に焦点を当てます。アリオカルプスの花は雌雄離熟、つまり柱頭と葯の位置が離れており、自家受粉しにくい構造になっています。では、アリオカルプスは自家不和合性なのでしょうか? と言うことで、本日はConcepcion Martinez-Peraltaらの2014年の論文、『Haw common is self-incompatibility across species of the herkogamous genus Ariocarpus?』をご紹介しましょう。

自殖を防ぐシステム
植物の有性生殖システムは花の様々な異系交配を促し、近交弱勢や適応度の低さなど自殖の悪影響を軽減すると考えられています。雌雄離熟(herkogamy)や雌雄異熟(dichogamy)は、性別を空間的・時間的に分離しますが、必ず自殖を防ぐことが出来るわけではありません。
自家不和合性(Self-incompatibility)は、自家花粉の遺伝的な認識と抑制が非常に効果的であり、もっとも効果的な自家受粉を防止するメカニズムです。少なくとも被子植物の約60%は、何らかのタイプの自家不和合性を備えています。もっとも一般的なタイプの自家不和合性は、配偶体自家不和合性(gametophytic self-
incompatibility)=GSIであり、認識は雌蕊と花粉管の相互作用によります。GSIでは花粉管の阻害が起きます。
近年、サボテンの生殖システムに関する研究は増加していますが、自家不和合性などの問題はほとんど注目されていません。自家不和合性が確認されているのは、Schlumbergera、Hatiora、Echinopsis、Hylocereus、およびSelenicereusの一部です。
自家不和合性から自家和合性に移行し自家受粉率が高まる現象は、被子植物の中でもよく見られます。これらの移行は、花粉媒介者や交配相手の不足により促進されます。

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Ariocarpus retusus
『The Cactaceae Vol. III』(1922年)より。


アリオカルプスの受粉試験
著者らは7種のアリオカルプスを、それぞれの自生地で受粉試験を行いました。成り行きに任せた自然受粉と、人工的に他家受粉あるいは自家受粉させた花を、48時間後に回収しました。同様に受粉から5〜6ヶ月後に果実を回収しました。
自然受粉あるいは人工的な他家受粉では子房に到達する花粉管が多く、自家受粉では柱頭の途中で花粉管は阻止されており、アリオカルプス属は自家不和合性であることが示されました。うち、6種類は子房にも花粉管が観察されたため、一部の遺伝子は自家和合性です。1種類は子房に自家受粉の花粉管が観察されませんでしたが、自家受粉でも果実は2%結実しました。A. kotschoubeyanusとA. agavoidesは子房に到達する自家受粉の花粉管の割合が高く、結実率も高いものでした。A. retususおよびA. trigonusは、子房に自家受粉の花粉管が到達する割合が低く、A. scaphirostrisは子房に自家受粉した花粉管はなく厳密な自家不和合性であることが分かりました。

自家不和合性から自家和合性へ
アリオカルプスでは、そのほとんどが自家不和合性であるものの、一部の遺伝子は自家受粉が可能であることが示されました。このパターンは疑似自家不和合性あるいは部分的自家不和合性として説明されます。これは、厳密な自家不和合性から自家和合性への移行を表している可能性もあります。自家和合性をもたらす突然変異は自然の集団でも比較的頻繁に起こるようです。進化論的観点からは、花粉や配偶者が制限されている環境では、部分的な自家和合性が発達する可能性があります。配偶者が少ない環境では種子が減少し、局所的な絶滅のリスクが高まるため、自家和合性が選択されるかも知れません。アリオカルプスの中でも、A. kotschoubeyanusは花粉制限されており、子房に到達する花粉管が多く、部分的自家不和合性が促進されている可能性があります。

最後に
アリオカルプスは基本的には自家不和合性であることが確認されました。自家受粉では花粉管が拒絶されるためですが、厳密な自家不和合性であるA. scaphirostris以外では稀に自家受粉により結実することもあるようです。さらに、A. kotschoubeyanusでは自家受粉による結実率が高く、自家不和合性から自家和合性への移行が起きている可能性があります。

さて、自家不和合性は植物では非常に一般的な性質です。なぜ、自家不和合性と言うシステムが選択されたのでしょうか。これは、「選択」と言う語感とは異なり植物が自身で選んだのではなく、自然選択により自家不和合性の方が有利だったのでより生き残ったと言うだけのことなのでしょう。他家受粉では、異なる遺伝子が混ざることにより遺伝子に多様性が生まれ、より環境や生存に適応的になります。それにより、様々な環境に適応するだけではなく、病原菌に対する耐性が異なる場合もよくあることです。しかし、厳しい環境に自生する植物では、水や栄養などの資源が不足するなど、他の植物では有利なシステムが不利になる、あるいはあまり意味がない場合もあります。本日ご紹介した論文では、A. 
kotschoubeyanusが受粉のシステムが変更される過程を観測しているのかも知れません。しかし、例えばOpuntia macrocentraは、自生地により自家不和合性の個体群と自家和合性の個体群が存在することが明らかとなっています。もしかしたら、アリオカルプスも個体群によっては、より進行した自家和合性への適応を持っていることも考えられます。まだサボテンの自家不和合性に関する研究は少ないようですが、これからの研究の進展を待ちたいと思います。


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