一見して不毛にも思える崖地にも植物は生えています。かなり厳しい環境であることは想像されますが、意外にも崖に生える植物は世界中で見ることが出来ます。日本でも崖地にはシノブなどの着生性のシダ植物が沢山ついていることは珍しいことではありません。日本の環境だと多雨で湿度も高く、着生シダだけではなく、岩の亀裂や積み重なる苔を土台に様々な植物が生えてきます。海沿いの陽光を遮ることのない崖地にはツメレンゲOrostachys japonicaが生えますが、日本では崖地の乾燥に耐える多肉質な植物は稀と言えます。しかし、海外の乾燥した崖地にも多肉植物は沢山生えています。サボテンでも菊水Strombocactus disciformisなど崖にへばりつくように生えるものもあります。南アフリカではGasteriaなど崖地に生える植物は豊富です。
さて、本日は先ずは序論として、崖地に植物が生えると言うことは一体どういうことなのかを見ていきたいと思います。今回はIsaac Lichter Marckの2022年の論文、『Plant evolution on rock outcrops and cliff: contrasting patterns of diversification following edaphic specialization』を参照にしましょう。

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dadleya arizoniaca
ダドゥレヤは北米の代表的な崖地植物の1つです。

崖地の困難
植物が崖の裸岩上で育つためには、風の曝露、基質の垂直性、紫外線の増加、乾燥、土壌の水分の減少、土壌や主要栄養素の不足など、複数の課題を克服する必要があります。さらに、草食動物の増加、花粉媒介者の減少、菌根の欠如などの生物間の相互作用も生育を困難なものとしています。
裸岩への適応として考えられるのは、ストレスに強い葉(密生した毛、小さく蝋質な葉、葉が少ないなど)、狭葉性、自家和合性への移行、抗草食動物防御の強化などです。


特殊化する種子の散布
崖に生息する植物の多くは、種子散布が低下する選択を受けているようです。これは、種子散布性の喪失により、風で拡散する風散布種子や動物に付着して拡散する付着散布種子に適応しない乾燥した果実が残ります。分散性の低下の極端な例として、北アメリカ西部の岩石特化植物は異なる系統でも、果実が成熟すると花柄が後ろに曲がり、親植物の後ろの岸壁に付着するものがあります。分散性の低下は拡散された種子の生存率が低いことに起因するのかも知れません。

Trade offの関係
裸岩への適応は長い議論の末、その説明としてtrade-offが浮上しました。trade-offはある環境への適応が他の環境における生長にコストをかける場合に発生します。裸岩に生える植物の場合、裸岩における生存に有利な形質に投資したため、エネルギーコストが高く生長が遅いため、裸岩ではない環境では他の植物により排除されます。その間接的な証拠として、裸岩上に生える植物は極めてゆっくりと生長し、驚くほど長生きなものもあります。また、他の生息地では不利なタイプの特殊な根を持ちます。

多様性のパターン
過酷な環境への特化が他の過酷な環境に適応する可能性があることは昔から指摘されてきました。例えば、Daniel Axelrod(1972)はブラジルの大西洋熱帯雨林を訪れ、裸の砂岩の露頭にAcasiaやOpuntiaなどの砂漠特有の干ばつ耐性植物が生えているのを観察しました。この観察に基づいてAxelrodは、北米の砂漠植物相は密集した植生の中の乾燥した微小環境に適応した干ばつ耐性植物から派生したものであると提唱しました。

進化の罠仮説と進化の行き止まり仮説
種レベルの分子系統から、岩石特化植物は主に2つのパターンが示されています。一方では進化的に隔離された、一般的な環境に生える種に近い系統があります。例えば、monkeyflower(ハエドクソウ科)の中には、western great basin(Diplacus rupicola)とコロラド高原(Erythranthe eastwoodiae)で、それぞれ独自に進化した岩石特化植物があります。それらは、近隣に生える通常種に近縁です。これは、進化の罠(evolutionary traps)仮説と一致します。進化の罠仮説は、裸岩への適応には不可逆的な複雑な表現型の変化が必要であるため、その進化は不可逆的となってしまいます。さらに、このパターンは進化の行き止まり(dead-ends)仮説とも一致する可能性があります。岩石への特殊化は、長い時間スケールでは絶滅率が上がる危険な戦略であり、系統学的に孤立します。

群島種分化仮説と生態学的開放
他方では裸岩環境に限定された近縁種を含むものです。例としては南アフリカのマンネングサ類(ハマミズナ科)やPitcarnioid Bromeliads(パイナップル科)、北アメリカ西部のrock daisy、Holarctic温帯環境(temperate enviroment)のユキノシタ属(Saxifraga)が挙げられます。これは、群島種分化(archipelago speciation)仮説と一致します。海洋島の植物で見られる(生殖的隔離の)パターンで、地理的な岩の露頭の断片化により進化が促進されます。さらに、競合しない仮説として、生態学的開放(ecological releare)が考えられます。裸岩の固有の土壌の性質は、過酷な砂漠や冷温帯バイオームなどストレスの多い環境への生態学的移行のための強力な進化的な前触れになる可能性があります。ストレス耐性を得たことにより、競争が少ないため放散の機会が多い、他のストレス環境への移行が可能となるのです。

最後に
以上が論文の簡単な要約です。
本日は崖地に生える植物の基本的な生態のメカニズムをご紹介しました。後半の生態学的開放とは、個体数の増加を制限している要素から開放された場合、爆発的に個体数が増加するパターンを指します。例えばニホンオオカミの絶滅によりシカの個体数の増加に歯止めがかからないといった場合が一般的です。崖地の植物の場合は、崖地の過酷な環境に適応した結果として、その他の過酷な環境への進出が可能になるかも知れません。その他の過酷な環境は、その過酷さゆえ生態的に空白となっており競争が少ないか存在しません。そのため、その空白地に進出することができれば、一気に個体数を増やすことが出来るかも知れないのです。
ただし、あまりに特殊化した場合、後戻りは出来なくなり進化的に袋小路に陥る可能性もあります。栄養や水分などが豊富な植物の生育に適した環境は、激しい競争の世界です。素早い生長や効率的な繁殖戦略が必要となります。この競争に勝ち続けるためには、常に進化の最前線にいなくてはなりません。対して、崖地に適応した植物は、緩やかな生長や特殊化した繁殖戦略をとるため、激しい競争の世界ではあっという間に滅びてしまうでしょう。しかし、激しい競争の世界では、少しの環境の変化で優劣は簡単に入れ替わり、種の構成は猫の目のように変わるかも知れません。対する崖地の植物は、競争の少ない環境で安定したニッチを占めることが出来るのです。


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