蘇鉄(Cycas revoluta)は我々日本人にとっては馴染みが深い植物です。蘇鉄を蘇鉄と認識していない方もおられるかも知れませんが、実は宅地を歩けば何気なく蘇鉄が植えられていたりします。蘇鉄の仲間、いわゆるCycadは世界中に分布しますが、そのほとんどは非常に数が減少し絶滅危惧種となってしまっています。ですから、日本の蘇鉄が日常に溶け込む風景は世界的には珍しい光景と言えるでしょう。しかし、この日本各地に植えられた蘇鉄は移植されたもので、その起源は辿って行けば九州以南の暖地と言うことになります。蘇鉄の葉などをフラワーアレンジメントなどの素材として一般的に流通していますが、本来の自生地での利用はいかなるものなのでしょうか。私などは沖縄で蘇鉄の種子を救荒作物として利用したと言うことぐらいしか知りません。また、一般的に蘇鉄の種子は有毒ですから、アク抜きしないといけないことも分かります。しかし、その方法はどのようなものなのでしょうか。日本では縄文時代からドングリやテンナンショウの芋をアク抜きして食べていたようですが、何か関連はあるのでしょうか。
さて、以上のような疑問に衝き動かされて調べてみたところ、Takako Ankei(安渓貴子)の2023年に論文、『Traditional Methods of Cycad Detoxification in Amami and Okinawa: Historical origins of their biocultural diversity among the island』を見つけました。非常に興味深い内容ですから、少し内容を見てみましょう。

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Cycas revoluta

蘇鉄を食べた症例
1970年代に大学生だったSさんは、初めて西表島を訪れキャンプをしました。蘇鉄の赤い実が沢山なっていたのを見て、島の子供たちに「これ食べていい?」と尋ねたところ、子供たちは「はい!」と答えたそうです。Sさんは、蘇鉄の実を割って白い胚乳を炊飯器で炊いて、夕飯に食べました。炊いた蘇鉄の実は栗のような味がしたといいます。他の食べ物が乏しかったため、Sさんは蘇鉄の実を沢山食べました。真夜中、Sさんは激しい嘔吐に見舞われましたが、幸運にも自力で島の診療所までたどり着くことが出来ました。症状は入院が必要なほど重篤ではありませんでしたが、場合によっては致命的だったかも知れません。島の子供たちに悪意はなく、蘇鉄の実は解毒しないと食べられないと言うことを知らなかったのでしょう。
Sさんはこの事件にめげずに中学校の教師として西表島に永住しました。Sさんの貴重な経験が多くのことを教えてくれます。例えば、蘇鉄の実は煮沸してもその毒性は持続すること、蘇鉄の実の味はそれが有毒であることを教えてくれないこと、症状は摂取から数時間以内に発生することなどです。Sさんは嘔吐により、蘇鉄の実を吐き戻したことから命を救われました。
第2次世界大戦の最中、沖縄諸島では蘇鉄の毒性や解毒方法を知らない日本本土から来た兵士が、蘇鉄中毒で多くの死者を出したと言います。渡嘉敷島や竹富島でそのような事例を聞いたことがあります。

蘇鉄の有毒成分
蘇鉄の有毒成分は、cycasinと言う配糖体です。腸内の微生物の酵素によりcycasinから糖が取り除かれ、methylazoxymethanolと言う生成物が出来ます。methylazoxymethanolは容易に分解し、diazomethaneとホルムアルデヒドとなります。diazomethaneは不安定で、水と二酸化炭素、窒素を分解します。ホルムアルデヒドは摂取すると急性毒性を起こします。また、methylazoxymethanolとdiazomethaneには発ガン性があります。

遺伝的要素
前田芳之は奄美で長年に渡り蘇鉄の研究と販売に携わっていたプロの庭師です。彼が蘇鉄を束ねて出荷する際に、奄美の蘇鉄の葉は曲がりにくく、宮古や八重山など南方の蘇鉄は折れてしまいました。この記述を元に、Kyoda & Setoguchi(2010)は奄美と沖縄の蘇鉄の遺伝子解析を行いました。その結果、遺伝的に2つに分けられることが分かりました。また、台湾の蘇鉄(Cycas taitungensis)と比較するとC. revolutaは遺伝的多様性が低いことが明らかとなりました。これは、第四紀の間氷期に水位の上昇により水没がおきたため、遺伝的多様性が失われたボトルネック効果によるものであると推測されます。

解毒方法
蘇鉄のデンプンの大部分は幹や種子に蓄えられますが、蘇鉄は有毒なので解毒の必要があります。有毒成分のcycasinやホルムアルデヒドは水溶性で、diazomethaneは不安定で加熱すると揮発します。したがって、解毒の手順は、(a)水へのcycasinの滲出、(b)微生物による分解、(c)水への浸出および加熱によるcycasin、ホルムアルデヒド、diazomethaneの分解と除去となります。奄美と沖縄では3種類の蘇鉄の解毒方法があることが分かりました。

①タイプA: 浸出→加熱
②タイプB: 発酵→浸出→加熱
③タイプC: 浸出→発酵→加熱


解毒法: タイプA
この方法は種子の解毒方法です。果実には繊維がほとんどないため、幹よりも粉砕しやすいからです。
解毒の手順は、種子の硬い殻を半分に割り、1〜2日間天日干しします。デンプンは乾燥して縮み殻から取り外しやすくなります。細かく砕き水に浸して有毒成分を滲出させます。水が透明になるまで、水を数回取り替えます。沈殿したデンプンを集め、布袋に入れ水を切ります。天日干ししてから保管します。
また、種子を砕かずに乾燥させてから保存することも出来ます。保管中にカビが生えることが良くありますが、地域によっては気にしません。

解毒法: タイプB
この方法は幹の解毒方法です。幹は硬い繊維と粘着性物質(viscous material)で覆われます。
蘇鉄の幹を切って半日干しとし、真菌の生長を促します。水分が多すぎると細菌が繁殖してしまい解毒出来ません。麻袋や籠に藁やバナナの葉を入れ、蘇鉄を置き葉で蓋をします。温かい条件では3〜4日以内に発酵して発熱します。カビの繁殖と心地よい香りが成功した証です。中身を半日乾燥させ、一度蓋を開けてからまた閉めます。黒カビが生え発熱は止まります。手で割ることが出来るくらい柔らかいなるまで発酵を続けます。この状態で乾燥させて長期間保存することも出来ます。きれいな水で荒い、黒カビを取り除きます。杵を使い潰し、鍋やバケツに移します。網で繊維を漉し、上澄みが透明になるまで水を3回交換します。布袋に入れて水を切り、団子にして天日干しします。タイプBは一部の地域では蘇鉄の果実にも行われています。

解毒法: タイプC
琉球王国の傑出した政治家であった蔡温の農業マニュアルに記された方法で、詳細かつ複雑なプロセスを要します。
蘇鉄の幹の外側をこすり落とし、内側の白く薄い層を削り取り集めます。7〜8日乾燥させ水に浸します。毎日水は交換し、4日ほど経ったら取り出してよく洗い、バナナの葉を敷いて俵に入れ、ススキなどで覆います。3日ほど発酵させると表面に黄色がかった油のようなものが現れます。取り出して半日ほど陽光に当てるか、曇りの場合は風にさらします。再度、俵に戻し、この過程を繰り返しと、やがて完全に腐敗した状態となります。柔らかく簡単に壊せるようになったら、柔らかい部分を集めて煮て食べるか、乾燥させて保存するか、あるいはデンプンを回収します。


救荒作物としての蘇鉄
タイプCは沖縄本島とその近辺、さらに交易路沿いに見られました。蔡温はサツマイモなどが不作の場合、飢饉に対して蘇鉄のデンプンに頼るべく、庶民に対し蘇鉄を植えるように命じました。しかし、蘇鉄中毒の可能性が高まるため、タイプCの解毒法を公的に広めました。しかし、タイプCが採用されなかった地域もあります。理由としては、単純に味の好みに関するものや、良質な鉄刃の入手が難しかった与那国などでは、硬い幹を丁寧に削るタイプCは非常に手間がかかっため、タイプB が採用されたと考えられます。

奄美の場合
奄美は薩摩藩の支配する傀儡政権であり、サトウキビ栽培が強制されました。水田のほとんどがサトウキビ畑に変わり、年貢のあまりの厳しさから住民の約半数は土地を持たないヤンチュ(債務奴隷)に転落しました。平地はサトウキビ畑となったため、斜面にサツマイモが植えられました。ヤンチュの日々の糧は、不毛の土地に生える蘇鉄に限られていました。
しかし、沖縄では非常食としてしか食べられませんが、奄美では薩摩藩からの独立後も蘇鉄が日常的に食べられてきました。そのため、沖縄では解毒方法を知らない人々の間で急性中毒が度々起こりました。

最後に
ミクロネシアではCycas micronesicaが唯一の蘇鉄ですが、グアムの先住民族であるチャモロ族は食料源として蘇鉄を利用してきた長い歴史があります。しかし、長いスペイン支配が終わると、知事は有毒である蘇鉄を食べないように指示しました。その後、住民は蘇鉄を食べなくなり、開発や害虫の侵入によりグアムの蘇鉄は絶滅しました。対して、沖縄や奄美では蘇鉄林が残り、今でも蘇鉄は蘇鉄味噌などに加工され販売されています。この2つを比較すると、消費すると減少し、消費がなければ増加すると言うものではないことが分かります。これは、蘇鉄に対する関心の有無によるものなのでしょう。関心が薄れてしまえば、減少しても失われても興味を引くことがないからです。そのすべてを根こそぎ産業利用のために消費し尽くすのではない限り、蘇鉄に対しある程度の付き合いがあり関心を示すことが、沖縄や奄美の蘇鉄を守ってきたのかも知れませんね。

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