塊根植物にイポメアと言うものがあります。綴りは「Ipomoea」なので正確にはイポモエアですが、それはともかくこれは分類的にはヒルガオ科植物です。ですから、塊根性のIpomoeaも朝顔のような花を咲かせます。そして、Ipomoeaの代表種と言えば、何と言ってもSweet potato、つまりはサツマイモでしょう。サツマイモの学名はIpomoea butatasですからね。考えるに、多年生で芋が生長し続けるのが塊根性Ipomoeaで、1年ごとに芋を新しく作り直すのがサツマイモと言うことになるのでしょうか。と言うことで、本日はサツマイモを含めたIpomoeaの話です。調べてみると、近年Ipomoeaを巡って研究者たちが何やら激論を交わしているようです。そして、話の中心にサツマイモがいるのです。一体、どういうことなのでしょうか? これは、サツマイモに限らずすべての植物の分類に関わる重要な話です。長くなりますが、ぜひご一読下さい。

Ipomoeaのタイプを変更する提案
事の発端となったのは、Lauren A. Esermanらの2020年の論文、『(2786) Proposal to change the conserved type Ipomoea, nom. cons. (Convolvulaceae)』です。実に総勢41人の研究者の連名による論文です。話が複雑なので適宜私の解説を交えながら、簡単に要約していきます。

Ipomoeaのタイプはルコウソウ
Ipomoeaはヒルガオ科最大の属で、650〜900種程度があります。Ipomoeaは形態的に明確な違いがないため、その分類と命名には問題があり、長い議論の歴史があります。現在の学名のシステムを作ったvon Linneは17種のIpomoeaを記載しましたが、Ipomoea quamoclit(ルコウソウ)だけが1737年のvon Linneの初期の記述と一致します。現在の二名式学名は1753年にvon Linneが発表しましたから、それ以前の話になりますね。そのため、最も早いIpomoeaの記述として、ルコウソウは理想的なIpomoea属のタイプとなります。属のタイプは、その属を代表する種を指し示すものです。

Quamoclitの分離
その後にIpomoeaからQuamoclit属を分離させる提案がなされ、何百種類ものIpomoeaの名前を組み替えられる羽目になりました(Roberty, 1952)。詳しくは分かりませんが、Ipomoea属のタイプであるルコウソウがQuamoclit属になってしまったので、Ipomoea属は廃棄されてしまったのかも知れません。そうなると、ルコウソウと近縁ではない膨大な種は新たな命名が必要となってしまいます。
しかし、MainitzがI. pes-tigridis(キクザアサガオ)と共にIpomoea属を保存することを提案し受け入れられましたため、混乱は収まりました(1981, 1982)。近縁種が少ないルコウソウをIpomoea属のタイプとする危険性からの措置と思われます。


Ipomoeaの遺伝子解析
近年では分子系統解析の成果により、より安定した分類法が確立されつつあります。Ipomoea属内で、狭義のIpomoeaは側系統であり、その中に10属が入れ子状になっていました。その10属とは、Argyreia(オオバアサガオ属)、Astripomoea、Blinkworthia、Lepistemon、Lepistemonopsis、Mina、Paralepistemon、Rivea、Stictocardia、Turbinaです。つまり、これらの10属はIpomoeaに組み込まれてしまっており、分離することが出来ないのです。
これらの成果により、Ipomoeaの正体に関する議論は、さらに深まりました。Wilkinはイポモエア連(※連とは科の下、属の上の分類群、Ipomoeeae)のすべてを狭義のIpomoea属に含めることを提案しました。これは2019年には、Munoz-Rodriguezらにより取り上げられました。属を超えた分類を提案せず、Ipomoea属を約900種まで増加させました。


2つのIpomoea
遺伝子解析から、イポモエア連は2つのグループに分割可能です。ここでは、仮の名前として、非公式名「Astripomoeinae」(アストリポモエア亜連)と「Argyreiinae」(アルギレイア亜連)としています。前者は新熱帯のIpomoeaで、後者は旧世界に分布するIpomoeaです。ここで問題が生じます。それは、Ipomoeaのタイプであるキクザアサガオが、アルギレイア亜連に含まれてしまうと言うことです。

サツマイモの危機
Ipomoeaのタイプであるキクザアサガオがアルギレイア亜連に含まれるならば、もしIpomoea属が分割された場合、Ipomoea属はアルギレイア亜連に含まれる種だけになり、アストリポモエア亜連に含まれる種はIpomoea属ではなくなります。その場合、約600種もの名前の変更が必要となります。アストリポモエア亜連には観賞価値の高い種も含み、経済的に重要な作物であるサツマイモ(I. butatas)の名前も変更しなくてはならないのです。サツマイモは数千〜数万の品種があり、年間9000万トン以上生産される重要な作物です。サツマイモの名前の変更は、混乱を招き、生産する企業などに無駄な出費を強いるかも知れません。

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Sweet Potato
『Sweet Potato Culture for profit.』(1896年)より。


タイプの変更の提案
この問題は、Ipomoeaのタイプであるキクザアサガオがアルギレイア亜連であることが原因です。膨大な名前の変更を避けるため、アルギレイア亜連もアストリポモエア亜連も、巨大なIpomoea属に含めることを支持します。また、Ipomoea属のタイプをアストリポモエア亜連に含まれる種に置き換えることを提案します。将来的にIpomoeaが分割される場合でも、アストリポモエア亜連に含まれる種がタイプならば、より種類が少ないアルギレイア亜連に含まれる種の名前を変更するだけで済みます。そして、サツマイモの名前の変更を避けることが出来るのです。

新しいタイプはホシアサガオ
Ipomoeaのタイプであったキクザアサガオは、遺伝子解析により他のIpomoeaの大部分と遠縁であることが示唆されています。ここでは、キクザアサガオの代わりにI. triloba(ホシアサガオ)をIpomoea属のタイプとすることを提案します。Woodらの分子系統学的研究により、ホシアサガオがサツマイモに近縁であることが判明しています。したがって、この提案されたタイプにより、経済的に最も重要な種の命名法の不安定化を避け、将来的にIpomoeaの分類を再評価することが可能となります。
ここで、なぜサツマイモをIpomoea属のタイプとしないかと言えば、それは命名年が早いものが優先されるからです。サツマイモの命名は1753年のConvolvulus butatas L.でありかなり早いのですが、初めはIpomoea属ではありませんでした。ちなみに、サツマイモがIpomoea属とされたのは1793年のことで、Ipomoea butatas (L.) Lam.です。対するホシアサガオは、1753年に命名された、Ipomoea triloba L.です。


何故、分割される可能性があるのか?
属の分割の話は分かりにくいでしょうから、解説します。まず、伝統的に植物の分類は花の構造を指標としてきました。ですから、花を見ればどの分類群に入るか分かるのです。遺伝子解析の結果でも、基本的には花の構造による分類は正しいことが確認されています。ただし、花の構造による分類にも問題があります。
1つは、分類群同士の関係が分からないことです。あるグループ内で共通する構造があると言うところまでは分かります。しかし、異なるグループ間で比較しようとすると、何を基準として採用して良いのかが分からないのです。これは、植物がどのように進化したかが分からない限り、当て推量とならざる得ません。ですから、遺伝子解析により伝統的な植物の分類は否定され、基本的に一新されたのです。
2つめは、花の特徴が共通する分類群内の分類が難しいことです。花の構造が同じである以上は、何かしらの共通した形質を新たな指標とする必要があります。しかし、その形質は共通祖先から始まるものなのか、種ごとに個別に獲得したものなのかが判別出来ません。例を挙げれば、植物ではないのですが、イタチで見てみましょう。イタチの仲間は骨格を見れば、直ぐに分かります。そして、伝統的な分類では、魚食性の種は歯や頭蓋の特徴が共通する1つのグループとされていました。しかし、それは各グループで魚食性の種類が、似た特徴をそれぞれ進化させただけだったのです。いわゆる収斂進化と呼ばれるもので、最適化されると類似してくると言うだけの話です。つまり、植物も収斂進化なのかどうかが見た目では判別出来ませんから、花の特徴が共通する分類群内の分類はとても難しいのです。
以上のことを踏まえれば、Ipomoea属内の分類は困難であることが分かります。遺伝子解析により属内分類が明らかとなりつつありますが、あまりにもIpomoea属は種類が多すぎて、そのすべてを明らかとすることは難しいかも知れません。しかし、将来的には分かりません。いつか肥大化したIpomoea属は分割されるかも知れません。その時に、サツマイモを含むグループだけがIpomoea属となるのでしょう。


まとめ
ややこしい話でしたが、これは分類群の安定に関する話です。遺伝子解析によりIpomoea属は他属とされてきた複数のグループと区別出来ないことが判明しました。そのため、それらのグループをIpomoea属に加入させることにより、Ipomoea属は巨大に膨れ上がったのです。そして、膨れ上がったIpomoea属は将来的に分割される可能性があります。その場合、Ipomoea属のタイプがキクザアサガオであるため、キクザアサガオを含むグループが真のIpomoea属となり、サツマイモを含むグループはIpomoea属ではなくなってしまうのです。それを避けるために、Ipomoea属のタイプを変更しましょうと言う提案でした。
さて、この提案には反論がなされています。とは言え、記事があまりにも長くなってしまったので、続きは明日にしましょう。


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