去年の年末にシマムラ園芸で、Euphorbia antisyphiliticaと言うユーフォルビアを入手しました。いわゆる、キャンデリラソウと呼ばれる植物で、かつてはロウをとるために乱獲されていました。その後には、石油ベースのロウがメインになり、キャンデリラソウはお役御免となったわけです。しかし、現在では化粧品や食品関係でキャンデリラのロウが使用されているそうです。さて、そんなキャンデリラソウですが、ロウだけではなく、様々な用途での利用が期待されているようです。果たして近年のキャンデリラソウ研究はどうなっているのか、いくつか論文を見繕ってみたので簡単に見ていきましょう。

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キャンデリラソウ Euphorbia antisyphilitica

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ロウが点々と付着します。

活性物質の同定
キャンデリラソウの学名は「抗梅毒」と言う意味らしく、かつては性病の薬として利用されてきたようです。その実際の効果の程は不明ですが、古くから利用されてきたことだけは分かります。Shailendra Sarafらの1994年の記事、「Antihepatotoxic principles of Euphorbia antisyphilitica」によると、インドのJhabua地区の部族の間では、E. antisyphiliticaが肝疾患の治療に使用されているとあります。キャンデリラソウは米国からメキシコの原産ですから、恐らく古くから移植されていたと言うことなのでしょう。この記事では、キャンデリラソウの成分を分析して、エラグ酸とジメチルエラグ酸を抗肝毒性のある活性物質として同定しています。また、近年ではキャンデリラソウからはエラジタンニンと言う新しい抗真菌活性物質も分離されています(J. A. Ascacio-Valdes et.al., 2013)。

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Euphorbia antisyphilitica
『Madrono; a West American journal of botany』(1955-1956年)より。サン・アンドレス山脈で撮影されました。


エラグ酸とは何か
エラグ酸は非常に期待される成分のようで、沢山の論文が出ています。例えば、メタボリックシンドロームに対するエラグ酸の効果についての総説(K. Naraki et.al., 2023)や、癌に対する効果が期待出来ると言う論文(M. Cizmarikova et.al., 2023: M. Golmohammadi et.al., 2023)も豊富です。それに留まらず、エラグ酸とその加水分解物は、抗菌、抗真菌、抗ウイルス、抗炎症、抗高脂血症、抗鬱薬様活性があると言います(D. D. Evtyugin et.al., 2020)。
さて、エラグ酸は野菜や果物やナッツに含まれるようです。しかし、これらの食糧作物からエラグ酸を抽出することは、あまり良いアイディアとは思えません。食糧作物は食糧として利用したほうが良いことは明らかだからです。出来るならば、食糧にならない専用の作物が良いと言うことになるでしょう。キャンデリラソウからのエラグ酸抽出が非常に優れていると言う論文(J. A. Ascacio-Valdes et.al., 2010)も出ています。果物や野菜のエラグ酸は含まれる量が少ないのかも知れませんね。そのため、キャンデリラソウはエラグ酸抽出のための作物として有効なのでしょう。


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Candelilla
『Saguaroland Bulletin』(1975年)より。庭に移植されたもののようです。


何故、キャンデリラソウなのか
キャンデリラソウが他の作物より優れているのは、何も有用成分を含んでいるからだけではありません。例え有用成分を沢山含んでいても、病害虫に弱かったり、常に灌水して乾かないように気を付けなければならなかったり、生長が遅かったりした場合、実用には至らないでしょう。その点、キャンデリラソウは非常に丈夫ですから、産業化しやすい作物と言えます。
その観点から言えば、如何にもバイオ燃料の原料としても使えそうです。何故ならバイオ燃料は単純に大量のバイオマスが必要だからです。ある論文(S. Johari & A. Kumar, 2013)では、キャンデリラソウの利点として、食糧作物と燃料が競合すべきではないという点と、普通の作物が育てにくい乾燥地で栽培できるという点を挙げています。また、キャンデリラソウが非常に丈夫である点から、本来は作物に不適な乾燥地にある劣化した石灰質土壌で、何と水がないからと塩水を撒いて育てた論文(J. C. Dagar et.al., 2012)もあります。耕作不適地を有効利用出来るメリットは計り知れません。

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Candelilla
『Breves apuntes de botanica』(1930年)より。


キャンデリラソウの収量を増やす
キャンデリラソウは割と手がかからず、乾燥地に植えっぱなしでも育ちますが、それでも出来るだけ収量は増やしたいものです。とは言え、頻繁に水や肥料を撒かなくてはならないのなら、わざわざキャンデリラソウを育てる利点はあまりないでしょう。簡単な方法としては、鉄分を多く与えるとキャンデリラソウから回収出来るロウとバイオ燃料の収量が改善されると言います(N. K. Mehrotra & S. R. Ansari, 1999)。手間がかからず、収量が上がる良い方法です。

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Candelilla
『Proceeding of the United State National Museum』(1967年)より。Euphorbia ceriferaとして記載されました。


食品分野への応用
キャンデリラソウは薬用植物、あるいはバイオ燃料としてだけではなく、食品分野にも応用が考えられています。利用するのはキャンデリラソウから採れるロウで、キャンデリラ・ワックスと呼ばれています。キャンデリラ・ワックスは可食可能なフィルムや食品のコーティング、あるいは食品添加物を含む様々な用途への利用が期待されています(N. E. Aranda-Ledesma et.al., 2022)。また、食品のコーティングと言う観点からは、キャンデリラ・ワックスにより果物の保存に使うと言う例もあります。例えば、鮮度が直ぐに落ちてしまうため、取引量が少ないパッションフルーツをキャンデリラ・ワックスでコーティングすると保存性が上がるとか(E. Sanchez-Loredo et.al., 2023)、直ぐに腐ってしまうブラックベリーをキャンデリラ・ワックスによりコーティングしようと言う研究(A. Ascencio-Arteaga et.al., 2022)や、トマトの品質をキャンデリラ・ワックスによる食品コーティングにより保とうと言う研究(J. Ruiz-Martinez et.al., 2020)など、盛んに研究が行われています。

最後に
キャンデリラソウは、ユーフォルビア属の中ではカマエシケ亜属(Subgenus Chamaesyce)に含まれます。カマエシケ亜属のユーフォルビアは一年草が多く、例えばニシキソウの仲間は日本を含め世界中に分布します。その他にはポインセチアやハツユキソウ、カラーリーフとして花壇に植栽されるE. cotinifoliaなどの多肉植物ではないユーフォルビアが知られています。カマエシケ亜属では、多肉植物であるキャンデリラソウは珍しい部類と言えるでしょう。
さて、キャンデリラソウは様々な有用成分を含み、様々な用途での産業利用が考えられています。今までの長い利用の歴史から、その安全性と利便性が分かっているということも大きいのかも知れません。しかし、キャンデリラソウは本日ご紹介した以外にも沢山の用途が研究されています。ワックスを抽出した後の残渣から、異なる成分を抽出する方法など、キャンデリラソウの用途可能性は無限にあるかのようです。現在はおそらくキャンデリラ・ワックスが主たる用途ですが、他にも産業利用出来そうなネタが沢山あるのです。今後のキャンデリラソウの動向から目が離せませんね。今後は、何気ない手に取った商品に、キャンデリラソウの名前がさり気なく書かれているかも知れません。


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