先日、我が弱小ブログのコメント欄に、非常に興味深い調査依頼がありました。何でも本来は直立して育つTrichocereus peruvianus(ブラジル柱)が、地を這ったり崖から垂れ下がったりして育つと言うのです。何か論文に記載はありませんかという、情報を求めるコメントでした。
iNaturalistと言うサイトに画像がありますが、少し枝が垂れ気味になるどころではなく、完全に下垂しているのです。果たしてこれが地域差なのか個体差なのか、これは確かに非常に不思議で気になりますね。

231206002450382~2
Trichocereus peruvianus
『The Cactaceae』(1920年)より。


垂れ下がる柱サボテン
iNaturalistの画像を見てみましょう。
まずは、T. macrogonus ssp. peruvianusとして同定された画像から。撮影地はペルーのHuincoです。
https://www.inaturalist.org/photos/19947200
https://www.inaturalist.org/photos/19947210

次はSanta Eulalia valley, Limaから。
https://www.inaturalist.org/photos/16276022

次はHuarochiri Provinceから。
https://www.inaturalist.org/photos/62265929

最後はSan Antonio Districtから。
https://www.inaturalist.org/photos/203737730

さて、まったくもって驚くべき光景です。一応、崖地だから根を深く張れずにずり落ちながら育ち、直立出来ないだけではないかとも、無理やり考えてもみました。しかし、最後の画像では平地でも普通に倒れて育っています。直立しないで育つことは明らかです。

論文はなし
では、早速論文を検索してみました。しかし、残念ながらそのような論文はヒットせず、それどころかトリコケレウスの論文自体がほとんどない始末です。トリコケレウスは幻覚成分を含むものがあり、そのため成分について調べた論文ばかりでした。さらに言えば、論文以外の情報を調べても、やはり幻覚成分関連の怪しげなサイトばかりで辟易しました。海外のサボテン愛好家たちのフォーラムもいくつか見てみましたが、この話題は見つかりませんでした。
しかし、調べると安請け合いした都合上、何かしらの情報は見つけたいところです。そこで、まずはトリコケレウスって何?と言うところからスタートしました。実のところ、私自身トリコケレウスをよく知らないのです。一体、トリコケレウスとは何者なのでしょうか?

パンサのサボテンランドより
まずは、「パンサのサボテンランド」を見てみます。インターネットの情報は、必ずしも一次資料ではなく、あちこちからコピペしてきた引用元がわからないものばかりです。ですから、検索して出てきた画像が正しいのかなどまったく判断はつきません。その点、このサイトの画像は一次資料ですから、非常に信頼性が高いのです。以下のリンクからトリコケレウスの画像を見てみましょう。

様々なトリコケレウス。
http://www.mirai.ne.jp/~panther/cactus/Echinopsis.html
トリコケレウスの変遷について。
http://www.mirai.ne.jp/~panther/cactus/hasira_species.html?111

さて、このサイトでは、トリコケレウスの変遷についてまとめています。論点は3つでしょうか。1つはトリコケレウスがエキノプシスに合併されたことで、Trichocereus peruvianusがEchinopsis pervianaになったと言うことです。2つ目はE. peruvianaとE. pachanoiは同種であり、E. pachanoiに一本化されました。そして、3つ目がTrichocereus peruvianusとされるサボテンの様々なタイプについてです。T. peruvianusは「青緑柱」、T. pachanoiには「多聞柱」と命名されました。また、タイプが異なる「ブラジル柱」と言う由来不明なものもあります。このサイトでは、「青緑柱」=「多聞柱」=「ブラジル柱」とまとめています。いずれにせよ、トゲの強さなど非常に変異が大きいことが分かります。

キュー王立植物園より
では、現在の最新のトリコケレウス属はどうなっているのでしょうか。キュー王立植物園のデータベースを見てみましょう。トリコケレウスはエキノプシスなど様々なグループに移動したようです。しかし、未だにトリコケレウス属は健在でした。現在、認められたトリコケレウスはT. macrogonus、T. spinibarbis、T. uyupampensisの3種類です。パンサのサボテンランドによると、T. peruvianusはEchinopsis peruvianaになったのだから今更トリコケレウスは関係ないだろうと思いきや、そうもいかないのです。なぜなら、T. peruvianusは現在ではT. macrogonusの異名となっているからです。イマイチ経緯が分からないのですが、トリコケレウス→エキノプシス→トリコケレウスと変遷したのでしょうか? それよりも、気になるのは、T. peruvianus、T. pachanoiに続くT. macrogonusなる第3の学名です。少し整理します。
そもそも、異名があった場合は命名が早い名前が優先されます。記載方法に問題があったとか、すでに命名された同じ名前を別の種類につけてしまったとか、何かしらの問題がない限りはそうなります。では、同種とされる3種類はどうでしょうか? 最初の命名年を見てみます。

1850年 Cereus macrogonus
1920年 Trichocereus peruvianus
1931年 Cereus pachanoi

おやおや、これはおかしいですね。とりあえず、T. macrogonusは除いた時、T. peruvianusとT. pachanoiを比較した場合は、明らか1920年に命名されたT. peruvianusが優先されるはずです。「P. pachanoiに一本化された」とは何だったのでしょうか。よく分かりませんね。ただ、T. macrogonus=T. peruvianus=T. pachanoiとなった以上、一番命名が早いT. macrogonusが優先されることに違いはありません。ちなみに、最初はケレウス属だったりしますが、これは問題ありません。ただ、種小名が早ければ良いのです。さらに、現在T. pachanoiはT. macrogonusの変種とされているようです。


TRICHOCEREUS.NETより
ここで視点を変えて、「Trichocereus.net」と言うサイトを見てみましょう。このサイトでは崖から垂れ下がるTrichocereusのことをTrichocereus glaucusであるとしています。また、新しい名前が出て来ました。一体、どういうことなのでしょうか?

https://trichocereusnet.blogspot.com/2016/01/trichocereus-gtlaucus-echinopsis-glauca.html?m=1

一部、引用します。
「Trichocereus glaucusは、おそらくTrichocereus peruvianusの匍匐性の種と同義です。Trichocereus glaucusは高さ1.5〜2mになり、斜面や崖からぶら下がっているのをよく見かける匍匐性の種です。その特徴はTrichocereus glaucus var. pendansでより明確です。小さいうちはTrichocereus macrogonusと呼ばれるものとまったく同じように見えます。しかし、T. macrogonusは上向きに育ちますが、本種は年齢とともに曲がる傾向があります。」
ここでは、T. peruvianusの匍匐性のものはT. glaucusであると言う内容を含んでいます。このT. glaucusとは、現在のT. uyupampensisの異名となっているようです。

Trichocereus chalaensis
また、Trichocereus chalaensisとの関係についても書かれていました。
「Trichocereus glaucusはFriedrich Ritterにより記載されたペルー原産のTrichocereusです。それは、Trichocereus chalaensisと同義か何らかの形で関連している可能性があります。T glaucusは、T. chalaensisやT. fulvilanusの名前で販売されているのを時々見かけます。Trichocereus全体が混沌としており、Ritterの説明がどの植物をカバーしているのか確認することは困難です。」
どうやら、トリコケレウスの分類はかなり混乱しているようです。販売されているものも、様々な名前で流通してしまっているようです。
ちなみに、Trichocereus chalaensisのiNaturalistの画像は以下のものです。

https://www.inaturalist.org/photos/89061958

混乱する分類
トリコケレウスのほとんどの種はエキノプシスなどに属名を変更になっていますが、Trichocereus.netでは遺伝子解析により明らかになるまではその変更を信用しないと言う立場を表明しています。これは、私も思うところがあります。現在の分類は外見の類似によるものと思われますが、そもそも外見に頼る場合は重視する形質により、分類結果が異なるかも知れません。その分類方法が適切であるかは、実はよくわからないのです。現状はある特徴を持つものを集めてしまい、何でもかんでもエキノプシスになってしまった気がします。どうしても、膨れ上がったエキノプシス属は雑多な寄せ集めではないのかという疑問が浮かびます。一応、遺伝子も多少は調べられています。2012年にエキノプシス属の遺伝子解析をした論文(B.O.Schlumpberger et.al.)では、エキノプシス属はやはり雑多な寄せ集めでしかないようです。その中では、トリコケレウスも調べています。詳細は後日記事にするとして、少し抜粋します。
「Trichocereus cladeは、Echinopsis pachanoiとEchinopsis lageniformisに代表されます。トリコケレウスの標準種であるEchinopsis macrogona(T. macrogonus)は、起源不明な標本に基づいており、Echinopsis pachanoiに関係しているようです。」
トリコケレウスは他のエキノプシスからは分離出来るようです。さらに、T. macrogonusの起源についても疑惑を提示しています。T. pachanoiにまとめたパンサのサボテンランドの記述は的を得たものなのかも知れませんね。それはそうと、論文では幅広く調べるためか、T. peruvianusを始めとしたTrichocereus.netに出てくるトリコケレウスは登場しません。トリコケレウスが2種類しかないのではなく、2種類しか調べていないだけです。Trichocereus.netがエキノプシスへの合流を保留としていたことも得心がいきます。

同定は正しいか?
iNaturalistではT. peruvianusがT. macrogonus ssp. peruvianusとなっていました。しかし、この名前はデータベースには記載がありません。T. macrogonus var. peruvianusは記載されたことがありますが、データベースに記載がない名前で同定しているのは納得がいきません。そもそも、どのような根拠で同定されたのか、そのプロセスが不明です。まさかとは思いますが、その理由がT. peruvianusが分布する地域で撮影された類似種だからでは困るわけです。いくつか画像はかなり遠くから崖上を撮影していますから、同定の根拠はあまりないような気がします。種内の変異も大きいようですから、正しく同定出来ているのかは怪しく思えてしまいます。Trichocereus.netの主張が絶対に正しいとは思いませんが、iNaturalistの同定も絶対的とは言えないように思えます。

Field number
フィールドナンバーとは採取された場所が登録された植物の番号です。ですから、フィールドナンバーがついていれば、野生個体由来のものであることが分かります。iNaturalistにある崖から垂れ下がるトリコケレウスが、T.glaucusである保証はありません。ですから、フィールドナンバーつきのT. peruvianusを調べて、iNaturalistの垂れ下がるトリコケレウスの写真が撮影された場所付近で採取されたものを購入するのも手でしょう。あるいは、フィールドナンバーがついたT. glaucusを入手することも可能かも知れません。種子販売業者からの入手なら確実です。
とりあえず、T. glaucusでフィールドナンバーを調べてみると、以下の3つが出て来ました。

①KK 336
採取地: ペルー、Arequipa, Rio Tambo, 1500m
②PH 871.04
採取地: ペルー、Lomas de Chucarapi, Rio Tambo, 750m
③CS 129.3
採取地: チリ、Tasapaca Region I, West of Parcohaylla 5, 3349m

ところが、Trichocereus.netにはKK 336についての記載がありました。
「T. peruvianusやT. macrogonus、T. pachanoiと言う名前で販売されており、T. glaucusと言うラベルがついていたものも、青白いもので美しくMatucana産のT. peruvianusを思い浮かべます。」
KK 336は垂れ下がるタイプではなさそうです。フィールドナンバーつきの種子は育ててみないとわからないギャンブル性があります。育てた人の画像があれば良いのですがないかも知れません。また、垂れ下がる傾向が強いT. glaucus var. pendansもあります。ただ、こちらはチリ原産です。

FR 270a (RITT 270a)
採取地: チリ、Camaraca, 01 Tarapaca

最後に
トリコケレウスはかなり混乱しており、販売されているものもその名前は割と怪しい場合もそれなりにあるようです。様々な名義で販売されてしまい、かつ小さいうちは区別がつかないなどと書かれていますから、欲しい種類の入手も難しそうです。海外のフォーラムにおけるトリコケレウスの話題は、種類を同定して欲しいと言うものが多いのも今は納得出来ます。一応、T. glaucusと呼ばれるものがそうではないかと推測しますが、T. uyupampensisと同種とされているのは気になります。そもそも、T. uyupampensisについてよくわからないため、T. uyupampensisと呼ばれるものが倒れて育つかよく分かりません。この場合、T. glaucusと言う名前のものを入手するのが確実なのでしょう。
しかし、色々調べてはみたものの、結局のところ確実なことは何も分かりませんでした。それっぽい情報を臭わせただけですね。とは言え、すべての情報にアクセスしたとは言えないでしょうから、まだまだ情報はあるのかも知れません。私自身も勉強になりましたが、やや消化不良でモヤモヤします。何か新しい情報があればまた取り上げるかも知れません。と言うことで、今回はここまでとさせていただきます。


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