多肉植物は様々なグループがありますが、高度に多肉化した植物はサボテンやユーフォルビアなど限られたグループだけです。私が育てていないグループでは、旧ガガイモ科(今はキョウチクトウ科)の多肉植物があります。旧ガガイモ科は詳しくないため、とりあえず思いついたHoodiaの論文を少し見てみました。すると、Hoodia gordoniiと言う種類の旧ガガイモ科植物について、何やら成分についてあれこれ調べているようでした。
植物は薬にならない
実は地元の植物に何らかの薬効成分があるのではと調べた論文と言うのは沢山あります。しかし、有効成分が含まれていたとしても、精製した成分そのものならともかく、基本的に植物自体はまったく薬にはならないものです。極微量に含まれる成分を抽出するのは非効率で、しかも大抵は化学合成薬に比べると効果はイマイチです。ですから、この手の研究は世界中で沢山行われていますが、実になったものはほとんどありません。古来より利用されてきた漢方薬のようなものならともかく、新たに薬草を探そうと言う試みは得てして上手くいかないものです。

Hoodia gordonii
『Curtis's botanical magazine』(1878年)より。Hoodia bainiiとして記載。
Hoodiaと痩身効果
始めはHoodiaもそうだろうと思いましたが、ちょっと様相が異なるのです。普通は薬効成分がありますくらいで終わるのですが、Hoodia gordoniiについては同じような論文がいくつもあるのです。妙に思って見てみたら、何やらHoodia gordoniiには痩身効果があるかも知れないと言われているようです。そして、それがかなり期待されている様子が分かります。どういうことなのでしょうか?
誇大広告に踊らされる人々
ちょうど、その経緯を記したThomas Brendleの2020年の論文、『The Rise and Fall of Hoodia: A Lesson on the Art and Science of Nature Product Commercialization』を見つけました。概要を読むと大まかな経緯が分かりました。曰く以下の如くです。
「Hoodiaは1997年から2007年にかけて、名声が悪名に変わりました。減量効果について研究開発中であるにも関わらず、深妙な薬とされ熱心な信者に販売するビジネスが横行しました。Hoodiaを巡る誇大広告は、医薬品開発者がプロジェクトを中止し、販売業者に対する訴訟で誇大広告が何の根拠もないことが明らかになり止まりました。一方、研究開発には数百万ドルを費やされ、偽の主張を信じて多額のお金を払った人もいます。」
どうやら、Hoodia gordoniiには痩身効果は認められなかったようです。しかし、販売業者は飛びついて、痩せ薬として販売したことが分かります。
薬効はなし
Hoodia gordoniiの薬理効果を確認はなされており、例えばChrystian Araujo Pereiraらの2011年の論文、『Efficacy and toxicity of Hoodia gordonii commercial powder used to combat obesit』を流し見ると、以下のような内容でした。
「Hoodia gordoniiから配糖体P57が単離され、食欲の抑制効果について関心が高まっています。しかし、そのような効果は、市販品のH. gordonii粉末については評価も証明もされておらず、有効性や安全性を保証する科学的根拠はありません。それらを確認するために、ラットにH. gordoniiを4週間に渡り飲ませました。血液をはじめとした様々な検査の結果、期待した食欲抑制や肥満治療につながる効果は確認されませんでした。」
結局はHoodia gordoniiには痩身効果はないようです。薬として販売するためには、薬理効果や安全性を科学的に確認する必要があります。ですから、この時点で販売されていたHoodia gordonii粉末は、製剤ではなく健康食品のようなものだったのでしょう。だとしても、安全性のあやふやなものを販売してしまうことに驚きますが、そのような怪しげなものに手を出してしまう人々にも驚かされます。やはり、「痩身効果」と言う言葉は飽食の現代人を引き寄せる魔力があるようです。
Hoodia gordonii製品の氾濫
Hoodia gordoniiの流行の具合については、M. Neelika Jayawardaneの2011年の論文、『Impenetrable Bodies/Disappearing Bodies: Fat American Celebrities, Lean Indigenous People, and Multinational Pharmaceuticals in the Battle to Claim Hoodia gordonii』に詳しいので見てみましょう。
「Hoodia gordoniiを含むと言う製品は、2000年代に米国市場に氾濫しました。数十のブランドの広告は、何百万人ものアメリカ人を引き締まった魅力的な体に変えることを約束しています。Hoodiaの食欲を奪うと言う主張は、過剰な食糧爆撃が蔓延する米国の状況において、死に対する解毒剤と同じくらい強力です。」
米国においてHoodia gordonii製品が爆発的に流行したことがうかがえます。この論文のタイトルは面白くて、「Hoodia gordoniiの権利を争う太った米国のセレブ、痩せた原住民、そして多国籍製薬企業」と言うものです。有料の論文なので概要しかわかりませんが、肥え太った先進国の人間のために、痩せた原住民が収奪され、先進国の多国籍製薬企業が肥え太ると言う構図が透けて見えます。
不平等な世界
では、Hoodiaの原産地の人々はどう関わっているのでしょうか? ここでは、Saskia Vermeylenの2007年の論文、『Comtextualizing 'Fair' and 'Equitable': The San's Reflections on the Hoodia Benefit-Sharing Agreement』を見てみましょう。
「生物多様性条約(CBD)は、生物多様性の利用による利益の平等な分配を要求していますが、公平性(Fair)と平等性(Equitable)の定義はしていません。サン族が伝統的に利用してきたHoodiaについて、企業は何の事前の同意もなく特許を取得しましたが、遅ればせながら利益分配協定が締結されました。先住民族と企業の間の知識と権力の重大な不平等があり、生物多様性条約の深刻な弱点があります。」
これはよくある話です。先進国の巨大多国籍企業が開発途上国で相手が読めない契約書にサインさせて、実質的な奴隷労働をさせたりと言うことが実際にありました。そこまでいかなくても、相手は相場も知りませんし、企業側は意図的に詳細を隠すためそもそも平等な話し合いにはならないのです。また、自然物に特許を取ることは随分と図々しい話にも思えますが、例えば巨大多国籍企業が開発途上国の河に覆いをしてしまい、もともと暮らしていた住民から河の水の使用料を徴収することすらありますから、それほど驚くべきことでもないでしょう。
最後に
Hoodia gordoniiに含まれる成分に痩身効果が期待されましたが、結局は痩身効果はなかったわけです。しかし、問題は薬理効果どころか安全性すら未確認なものを誇大広告をかけて売り捌いたことです。数十のブランドがあったようですから、相当にHoodia熱が加熱したのでしょう。ある種の馬鹿騒ぎであり実に愚かな感じがしてしまいます。
しかし、このような時に流行の熱に浮かされないようにしないと、意味がないものに投資して懐が寒くなるだけではなく、健康に害がおこる可能性もあったのです。日本でも怪しげな健康食品やサプリメントがありますが、実際に何が入っていて期待される効果があるのかは確認されていないものばかりです。怪しげなサプリメントを服用したことによる肝機能障害は頻繁していますし、ステロイドなどの強力な薬品が成分に記載されずに入っているケースもよくあります。これをもって他山の石とし、よくよく考えて騙されないようにしたいものです。
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植物は薬にならない
実は地元の植物に何らかの薬効成分があるのではと調べた論文と言うのは沢山あります。しかし、有効成分が含まれていたとしても、精製した成分そのものならともかく、基本的に植物自体はまったく薬にはならないものです。極微量に含まれる成分を抽出するのは非効率で、しかも大抵は化学合成薬に比べると効果はイマイチです。ですから、この手の研究は世界中で沢山行われていますが、実になったものはほとんどありません。古来より利用されてきた漢方薬のようなものならともかく、新たに薬草を探そうと言う試みは得てして上手くいかないものです。

Hoodia gordonii
『Curtis's botanical magazine』(1878年)より。Hoodia bainiiとして記載。
Hoodiaと痩身効果
始めはHoodiaもそうだろうと思いましたが、ちょっと様相が異なるのです。普通は薬効成分がありますくらいで終わるのですが、Hoodia gordoniiについては同じような論文がいくつもあるのです。妙に思って見てみたら、何やらHoodia gordoniiには痩身効果があるかも知れないと言われているようです。そして、それがかなり期待されている様子が分かります。どういうことなのでしょうか?
誇大広告に踊らされる人々
ちょうど、その経緯を記したThomas Brendleの2020年の論文、『The Rise and Fall of Hoodia: A Lesson on the Art and Science of Nature Product Commercialization』を見つけました。概要を読むと大まかな経緯が分かりました。曰く以下の如くです。
「Hoodiaは1997年から2007年にかけて、名声が悪名に変わりました。減量効果について研究開発中であるにも関わらず、深妙な薬とされ熱心な信者に販売するビジネスが横行しました。Hoodiaを巡る誇大広告は、医薬品開発者がプロジェクトを中止し、販売業者に対する訴訟で誇大広告が何の根拠もないことが明らかになり止まりました。一方、研究開発には数百万ドルを費やされ、偽の主張を信じて多額のお金を払った人もいます。」
どうやら、Hoodia gordoniiには痩身効果は認められなかったようです。しかし、販売業者は飛びついて、痩せ薬として販売したことが分かります。
薬効はなし
Hoodia gordoniiの薬理効果を確認はなされており、例えばChrystian Araujo Pereiraらの2011年の論文、『Efficacy and toxicity of Hoodia gordonii commercial powder used to combat obesit』を流し見ると、以下のような内容でした。
「Hoodia gordoniiから配糖体P57が単離され、食欲の抑制効果について関心が高まっています。しかし、そのような効果は、市販品のH. gordonii粉末については評価も証明もされておらず、有効性や安全性を保証する科学的根拠はありません。それらを確認するために、ラットにH. gordoniiを4週間に渡り飲ませました。血液をはじめとした様々な検査の結果、期待した食欲抑制や肥満治療につながる効果は確認されませんでした。」
結局はHoodia gordoniiには痩身効果はないようです。薬として販売するためには、薬理効果や安全性を科学的に確認する必要があります。ですから、この時点で販売されていたHoodia gordonii粉末は、製剤ではなく健康食品のようなものだったのでしょう。だとしても、安全性のあやふやなものを販売してしまうことに驚きますが、そのような怪しげなものに手を出してしまう人々にも驚かされます。やはり、「痩身効果」と言う言葉は飽食の現代人を引き寄せる魔力があるようです。
Hoodia gordonii製品の氾濫
Hoodia gordoniiの流行の具合については、M. Neelika Jayawardaneの2011年の論文、『Impenetrable Bodies/Disappearing Bodies: Fat American Celebrities, Lean Indigenous People, and Multinational Pharmaceuticals in the Battle to Claim Hoodia gordonii』に詳しいので見てみましょう。
「Hoodia gordoniiを含むと言う製品は、2000年代に米国市場に氾濫しました。数十のブランドの広告は、何百万人ものアメリカ人を引き締まった魅力的な体に変えることを約束しています。Hoodiaの食欲を奪うと言う主張は、過剰な食糧爆撃が蔓延する米国の状況において、死に対する解毒剤と同じくらい強力です。」
米国においてHoodia gordonii製品が爆発的に流行したことがうかがえます。この論文のタイトルは面白くて、「Hoodia gordoniiの権利を争う太った米国のセレブ、痩せた原住民、そして多国籍製薬企業」と言うものです。有料の論文なので概要しかわかりませんが、肥え太った先進国の人間のために、痩せた原住民が収奪され、先進国の多国籍製薬企業が肥え太ると言う構図が透けて見えます。
不平等な世界
では、Hoodiaの原産地の人々はどう関わっているのでしょうか? ここでは、Saskia Vermeylenの2007年の論文、『Comtextualizing 'Fair' and 'Equitable': The San's Reflections on the Hoodia Benefit-Sharing Agreement』を見てみましょう。
「生物多様性条約(CBD)は、生物多様性の利用による利益の平等な分配を要求していますが、公平性(Fair)と平等性(Equitable)の定義はしていません。サン族が伝統的に利用してきたHoodiaについて、企業は何の事前の同意もなく特許を取得しましたが、遅ればせながら利益分配協定が締結されました。先住民族と企業の間の知識と権力の重大な不平等があり、生物多様性条約の深刻な弱点があります。」
これはよくある話です。先進国の巨大多国籍企業が開発途上国で相手が読めない契約書にサインさせて、実質的な奴隷労働をさせたりと言うことが実際にありました。そこまでいかなくても、相手は相場も知りませんし、企業側は意図的に詳細を隠すためそもそも平等な話し合いにはならないのです。また、自然物に特許を取ることは随分と図々しい話にも思えますが、例えば巨大多国籍企業が開発途上国の河に覆いをしてしまい、もともと暮らしていた住民から河の水の使用料を徴収することすらありますから、それほど驚くべきことでもないでしょう。
最後に
Hoodia gordoniiに含まれる成分に痩身効果が期待されましたが、結局は痩身効果はなかったわけです。しかし、問題は薬理効果どころか安全性すら未確認なものを誇大広告をかけて売り捌いたことです。数十のブランドがあったようですから、相当にHoodia熱が加熱したのでしょう。ある種の馬鹿騒ぎであり実に愚かな感じがしてしまいます。
しかし、このような時に流行の熱に浮かされないようにしないと、意味がないものに投資して懐が寒くなるだけではなく、健康に害がおこる可能性もあったのです。日本でも怪しげな健康食品やサプリメントがありますが、実際に何が入っていて期待される効果があるのかは確認されていないものばかりです。怪しげなサプリメントを服用したことによる肝機能障害は頻繁していますし、ステロイドなどの強力な薬品が成分に記載されずに入っているケースもよくあります。これをもって他山の石とし、よくよく考えて騙されないようにしたいものです。
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