般若(Astrophytum ornatum)は、Astrophytumの中でも大型のサボテンです。野生のAstrophytumは減少していますが、それは般若も同じことのようです。希少生物の保護を考える場合、まずは現在の分布と個体数の調査に加えて、その生態を詳しく知る必要があります。例えば、人工的に増やした植物を砂漠に移植した時に、その植物の適切な花粉媒介者がその周囲に分布していないと、せっかく移植した植物は実を結ばず自力で増えることが出来なくなります。他の例では、花粉媒介者が減少した結果、植物は沢山生えているものの新しい実生がほとんどなくなってしまい、将来的に絶滅の可能性が出てきたということもあります。
本日はA. ornatumの受粉形式を調査したMaria Loraine Matias-Palafoxらの2017年の論文、『Reproductive ecology of the threatened "star cactus" Astrophytum ornatum (Cactaceae): A strategy of continuous reproduction with low success』をご紹介しましょう。

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Astrophytum ornatum
『Malayan garden plants, Botanic Gardens』(1949-1952年)より。

Astrophytum ornatumとは
Astrophytum ornatumは、高さ160cmに達する短円筒形のサボテンです。5〜8本の稜(rib)を持ち、アレオーレには1つか2つの中央棘と10本の放射状棘があります。花は昼行性です。A. ornatumはチワワ砂漠高地の石灰質土壌の急斜面に生育します。メキシコでは絶滅危惧種に指定されており、ワシントン条約では附属書IIに記載され国際取引は規制されています。

開花は年間4回
調査はCactus Sanctuary Gardenの標高1294m地点で実施されました。
花芽は一年中あるにも関わらず、1年間の観察で開花したのは4回でした。著者らは複数の花が咲いた時を開花と見なし、これを「開花イベント」と呼びました。開花イベントはすべて乾季におこり、2010年11月、2011年3月、2011年4月、2011年5月でした。開花した個体は、11月で全体の15%、3月で88%、4月で91%、5月で33%でした。11月の開花は2日間続きましたが、他の月の開花イベントは1日で終了しました。ちなみに、6月に開花した個体もありましたが、1つのみの開花で受粉しなかったため、これを開花イベントとは見なしませんでした。

花の情報
個体あたりの花芽の生産数は平均46個、開花した花は平均4個、結実は平均3.5個でした。個体の生長と花芽の生産数には関係があり、花芽の数は前の月の最低気温に反比例しました。開花は9時30分から10時に始まり17時頃に終わりました。著者らは花蜜の採取を試みましたが失敗しました。花を訪れた花粉媒介者の行動からも、花蜜は非常に少量であると考えられます。

青般若
Astrophytum ornatum

花粉媒介者
花を1時間半観察したところ、32匹の花への訪問者が確認されました。その内訳は、4属のミツバチが全体の91%を占め、甲虫は6%、バッタは3%で花粉と花被を食べていました。
A. ornatumは日中開花し、豊富で目立つ黄色の花粉を持つことから、花蜜の少なさを考慮すると、花粉が花粉媒介者を引き寄せていることが示唆されます。

絶え間ない花芽の謎
年間46個ものツボミをつけるにも関わらず、平均して4個しか開花しません。これは、花芽の89.2%が出現後2〜3週間で中止されるからです。A. ornatumの継続的な花芽生産は他のサボテンでは報告されていない珍しい現象です。この絶え間ない花芽の生産は、高いエネルギーコストが必要でしょう。
一般的に単一の大きな開花期を持つほうが、繁殖率を上がることが予測されます。しかし、乾燥した環境下においては、決まった開花期に開花に適した環境になるとは限らないため、リスクを分散させている可能性があります。

受粉率の低さ
A. ornatumの開花は1〜2日と短いにも関わらず、群落内で同調して開花することは注目に値します。おそらく、A. ornatumは自家受粉しない自家不和合性であると考えられるため、集団で咲くことに意味があるからです。
ただ、実際の結実は少ないと言えます。これは、Astrophytum asteriasでは人工的に受粉させた場合より自然に受粉する率が低いことが判明していることと同じかも知れません。つまり、有効な花粉媒介者が不足しているのです。可能性としては、外来のミツバチが多いからかも知れません。外来ミツバチApis melliferaはA. ornatumの花への訪問者の47%を占めていました。
さらに、同時期に開花する他のサボテンと花粉媒介者が競合しているからかも知れません。例えば、4月にはTurbinicarpus horripilusも開花のピークを迎えます。共通する花粉媒介者がいた場合、花粉媒介者を巡る競争が起きる可能性があります。


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Astrophytum ornatum(下)
『Herman Tobusch』(1932年)より。Seed & Nursery Catalogです。


最後に
以上が論文の簡単な要約です。
受粉生物学を扱った論文では、花粉媒介者の種類や割合を調査してそこで終わりというパターンが多いように思われます。中には受粉率を調べ有効な花粉媒介者を探し出すこともありますが、本日ご紹介した論文のように詳細に開花について調査されることは稀でしょう。
絶え間なく出来続けるツボミの謎は大変興味深いものでした。環境によく適応した結果と言えるでしょう。問題は現実的には受粉率は低いことです。他のサボテンとの花粉媒介者の競合であるならば、それが本来的な姿であるから問題はないでしょう。しかし、外来のミツバチが受粉率を下げていた場合、外来ミツバチは受粉妨害をしていることになります。果たして、般若の本来的な受粉のあり方とはどのようなものだったのでしょうか? 外来ミツバチが幅を利かせる現状では、それを窺い知ることは難しいかも知れません。

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