新種の記載や訂正、種を分けたり統合したりと、分類学により植物は命名され分類されます。近年では遺伝子解析が盛んに行われ、思わぬ植物同士が近縁だったり、外見上はそっくりで見分けがつかない隠蔽種が明らかとなったりと、分類学は非常に隆盛を極める分野となっています。そんな分類学ですが、種の登録に際しては、その植物の基準を示すためのタイプ標本を指定する必要があります。タイプ標本は博物館や大学に収蔵され、他の種と比較したり分類のために活用されます。
さて、本日ご紹介するのはGideon F. Smithらの2023年の論文、『Plant poaching in southern African is aided by taxonomy: Is a return to Caput bonae spei inevitable?』です。学術的に重要なタイプ標本ですが、悪用され多肉植物を危機に曝す原因となっているというのです。いったい、どういうことなのでしょうか?

密猟者の情報源
1970年代に南アフリカ国立植物研究所の前身である植物研究所で、植物標本のラベル情報が電子ファイルとして配布され始めました。やがて、データベースは拡張され、研究者は大規模なデータベースに容易にアクセス可能となり、計り知れない恩恵をもたらしました。また、一部の出版物はオープンアクセスにより、誰でも閲覧可能となりました。しかし、このような多肉植物の自生地の情報を、密猟者も閲覧し容易に自生地を見つけ出し収奪することも可能となりました。この予期せぬ出来事に対し、議論し抵抗するための提案を行います。

違法採取の急増
南アフリカの多肉植物は何世紀にも渡り植物愛好家を魅了してきました。最も注目すべきは、Aloe、Haworthia、Euphorbia、Crassula、Aizoaceae(メセン)で、園芸取引のために栽培されて来ました。しかし、栽培には時間がかかり、正規の繁殖方法では国際市場の需要を満たすことが出来ない場合もあります。
新型コロナの流行はロックダウンなど、人々の生活に様々な影響を与えました。一部の地域ではパンデミック中に趣味としてガーデニングや造園が流行り、植物の需要が増加しました。同時にロックダウン中は植物の密猟の増加がおきました。密猟者はソーシャルメディアを通じて植物の自生地付近の住民に連絡し、植物の入手を依頼することがあります。雇用機会が限られた田舎の失業者は、安価な報酬で密猟に手を貸してしまいます。南アフリカの多肉植物の違法採取、つまり密猟は巨大な違法産業に発展しており、押収された植物の数は毎年250%以上増加しています。過去3年間で150万本以上の野生植物が違法に密猟されたと推定されます。近年の例では、2022年11月に163万点もの植物を所持していた外国人が逮捕されています。

情報の秘匿
正確な産地情報を広めないことで植物の保全を支援する取り組みが実施されています。南アフリカ生物多様性研究所(SANBI)のデータベースでは、希少な植物については情報が隠蔽されており、研究者などが学術的な用途で申請し許可を受けた場合のみ情報を得ることが出来ます。しかし、密猟者が自由にアクセス可能な、タイプ標本のラベルや文献に記載された産地情報は依然として存在しています。

「CAPUT BONAE SPEI」への回帰
初期の南アフリカの植物の採取者は、採取地を単純に「Cput bonae spei」あるいは「Cpu. b. spei」、「Cabo bona spei」、「CBS」などと表記しました。これらはすべて「喜望峰」を意味します。初期の探検家たちは地図や地名の情報が少ない中で採取されたためです。後にこれらの古い情報の精査には時間がかかり、2世紀以上経てもわかっていない部分があります。
新種が公表されると直ちに密猟されてしまいます。違法採取による多肉植物の危機に際して、新種の発見を隠す傾向が出て来ました。植物が希少であるほど、絶滅に瀕しているほど、植物は価値が上がり密猟者の利益になります。「原産地: 喜望峰」という大昔の地理情報の記載方法へ回帰するしかないのでしょうか?


提案
密猟者の視線を躱すためには、産地情報が秘匿される必要があります。正確な産地情報は標本ラベルには記載せず、データベース上で管理し標本と関連付けられます。また、オンラインで入手可能であるラベルのスキャン画像は、地域情報はブロックします。さらに、正確な産地情報はオンラインではオープンアクセス出来ません。
しかし、これらの措置は分類学を始めとする多くの研究者の研究能力に悪影響を与えるでしょう。それでも、自然遺産が消失しないように、このような措置は免れません。


最後に
以上が論文の簡単な要約です。
最近の論文では、GPSで得た非常に精度の高い位置情報が記載されることも珍しいことではありません。現状、産地情報の秘匿はほとんどの論文では行われておらず、学術データを介した違法採取は引き続き拡大し続けるのでしょう。研究者たちの地道な学術的な努力が、卑しい密猟者の違法な金儲けに使われてしまうのは、大変皮肉でかつ悲しいことです。



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