フェロカクタス(Ferocactus)はそのトゲの強さから強棘類などと呼ばれていますが、始めはエキノカクタス(Echinocactus)に含まれていました。エキノカクタスも強棘類に含まれて呼ばれたりしますが、実際にフェロカクタスとエキノカクタスは近縁な仲間です。
何とはなしにフェロカクタスについてデータベースを漁っていたところ、Ferocactus acanthodesはFerocactus viridescensの異名とありました。おそらくですが、F. viridescensは「竜眼」のことですよね。しかし、F. acanthodesとは何者なんでしょうか。普通はF. cylindraceusを「鯱頭」と呼ぶわけですが、「鯱頭」をFerocactus acanthodesとしているサイトもあるようです。このF. acanthodesは命名が1922年のようです。引用された元の名前があり、1839年に命名されたEchinocactus acanthodesがあります。さて、ここで現在正式な学名とされるF. viridescensの命名年はと言うと1922年でした。これは、F. acanthodesと同じですが、共に命名者であるBritton & RoseがEchinocactusからFerocactusに移動させたからです。しかし、F. viridescensの由来となった引用元の学名は、1840年に命名されたEchinocactus viridescensです。おやおや、何やらおかしいのではないでしょうか? 命名年は早い方が優先されますから、命名年が早いE. acanthodesを引用したF. acanthodesが正しい学名ではないのでしょうか? そうなっていない以上は、何かがあったと言うことでしょう。調べてみました。結果として出てきたのは、Wendy Hodgsonらの2011の論文、『Proposal to reject the name Echinocactus acanthodes (Cactaceae)』です。何が問題だったのでしょう。

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Ferocactus viridescens
Echinocactus orcuttii Englem. ex Orcuttとして記載

「The West-American scientist」(1886年)より

事の起こり
Echinocactus acanthodes Lem.は、ガーデナーであるJames CourantがLemaireに贈った乾燥標本に基づいています。採取は「カリフォルニア」とありますが、カリフォルニア州なのかバハ・カリフォルニアのことなのかは分かりません。
1898年にWeberはカリフォルニア南東部とバハ・カリフォルニア北部、ネバダ州南部の内陸種に、以前から知られていたEchinocactus cylindraceusを当てました。Weberは「1846年にMonvilleで開花しました。Celsに保管されている乾燥標本を見ましたが、Engelmannが1852年にE. cylindraceusとして記述したものと完全に同一です」と述べました。

Taylorの議論
Taylor(1979年)は、WeberのMonvilleのコレクションと標本の比較に対して、Monville標本がCourantによりLemaireに贈られた乾燥標本と同種であると信じる理由はないと言う説得力のある議論を提示しました。南カリフォルニアの乾燥した砂漠の山岳地帯の内陸部で標本を収集することは、Courantの標本の1830年代でも、Monvilleの標本の1840年代でも困難だったはずです。Taylorは、むしろCourantの標本は未知の収集家により太平洋岸で入手したもので、F. viridescens、F. fordii、F. chrysacanthusなどのフェロカクタスの沿岸種の1つを示しているのではないかと言います。さらに、Monvilleの収集家が内陸部を旅したとしても、Courantのサボテンと同じ起源であるという証拠はないことを指摘しました。よってTaylorは、E. acanthodesと言う名前が、1979年にF. acanthodesとされたサボテンに適応された可能性は低いと結論付けました。従ってTaylorは、E. acanthodesは曖昧な名前とみなすことを提案しました。しかし、F. acanthodesの名前の使用は継続され、1982年にこの名前を取り上げたLyman Bensonに強く影響されたに違いありません。

名前を拒否する提案
アメリカの系統学的文献では、F. cylindraceusの使用はBensonがTaylorを取り上げたにも関わらず、徐々にF. acanthodesから移行しました。多くの著者は、E. acanthodesが「reject」されたと言う見解を維持し続けました。しかし、E. acanthodesを拒否する正式な提案はされていません。
「Intermountain Flora」の最終巻のサボテン科について検討された時に、この問題が再浮上しました。Lemaireの曖昧な決定とTaylorの議論を踏まえると、E. acanthodesをネオタイプ化(※)するか、名前を拒否する必要があります。F. cylindraceusが1979年以来、系統学的、園芸的、民族植物学的、さらには一般的な文献で使用されています。ICBN第56条に基づく却下が最善であると思われるため、この提案を検討のために提出します。この提案が受け入れられない場合、E. acanthodesはネオタイプ化する必要が生じます。また、F. cylindraceusの継続的な使用に影響を与えない可能性は高いが、沿岸部のフェロカクタスの1種の命名に悪影響を与える可能性があります。それは、「acanthodes」の名前が常に内陸種に使用されてきたため、命名の安定性をさらに破壊する可能性があります。


(※) ネオタイプ : 最初に命名された時に指定された模式標本(ホロタイプ、シンタイプ、パラタイプ)が失われた時に、原記載をもとに新たに補充した標本。新基準標本。

以上が論文の簡単な要約です。
ややこしい話のようですが、要はE. acanthodesは実際は何だったのかよくわからないから、使わないようにしましょうというだけのことです。ただ、ちゃんと名前を廃棄しておかないと、Taylorの言うところではF. cylindraceus、F. fordii、F. chrysacanthusあたりのいずれかに相当する可能性があります。そうなると、著者によってはそれらと混同してしまう可能性も出てきます。その都度訂正するよりも、ちゃんと議論して正式に名前を廃棄しておいた方が、後の混乱のもとを断つという意味においては有効でしょう。
そう言えば、フェロカクタスやエキノカクタスは、現在ややごたついていますね。いわゆる金鯱(Echinocactus grusonii)がEchinocactusから独立し
Kroenleiniaになりましたが、後の論文では遺伝子解析により、金鯱はなんとFerocactusに入ることが分かりました。また、現在は綾波(Homalocephala texensis)はEchinocactusとなっていますが、やはり遺伝子解析の結果ではEchinocactusではないようです。これらの遺伝子解析の結果はまだ反映されておらず、データベースでは金鯱はKroenleiniaで、綾波はEchinocactusのままです。しかし、いずれ訂正されるのかも知れません。今は遺伝子解析が進行中ですから、過渡期と言えます。ある意味、ダイナミックに変動する面白い時期に我々は生きているのかも知れませんね。

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