多肉植物の流行はドイツ、フランス、イギリスなどがアフリカの植民地の調査と絡んで発展しましたが、その後は米国が巨大な多肉植物の市場となりました。しかし、最近では日本、韓国、中国などの東アジアの国々でも多肉植物の流行があり、違法取引が心配されます。とはいえ、日本は第二次世界大戦前からサボテンブームがあったわけで、多肉植物新興国と呼べるかは微妙です。それでも、世界規模の流通拡大に伴い扱われる植物の種類も増え、趣味家も爆発的に増えたことは確かでしょう。さて、本日は東アジアの例として、韓国の事例を取り上げます。それは、Jared D. Marguliesの2020年の論文、『Korean 'Housewives' and 'Hipsters' Are Not Driving a New Illicit Plant Trade: Complicating Consumer Motivations Behind an Emergent Wildlife Trade in Dudleya farinosa』です。

Dudleya farinosaは絶滅危惧種ではない
植物は動物と比較すると関心が低く、違法取引に関する研究も進んでいません。絶滅危惧種は植物の方が多いにも関わらず、違法な野生生物取引(IWT)の植物に対する資金は少ない現実があります。メディアからの注目度も低いものでした。近年、注目されるIWTの例として、Dudleya farinosaが挙げられます。現在、DudleyaはCITESによる国際取引の制限はされていません。D. stoloniferaとD. traskiaeは生息地が限られ、絶滅の危機があり、違法取引の懸念があったため、CITESの附属書Iに記載され国際取引が禁止されていました。しかし、国際貿易による脅威に直面していないと考えられたため、2013年のCITES締結国会議(CoP)によりリストから除外されました。国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストでも、Dudleyaは記載されていません。しかし、多くのDudleyaはカリフォルニア州、および米国連邦絶滅危惧種リストに記載されていますが、D. farinosaは記載されていません。D. farinosaは分布が広く絶滅危惧種ではありません。ですから、D. farinosaの取引で問題となるのは、土地の所有者に無許可で行われた密猟や、検疫許可証を取得しない密貿易や品目を偽って輸出した場合です。

ことの発端
2017年にカリフォルニア州魚類野生生物局(CDFW)は、外国人によるD. farinosaの密猟が増大していることに気が付きました。
ことの発端はカリフォルニア州の小さな町の郵便局から大量の荷物を出荷しようとしている男性がいたということから始まります。偶然居合わせた市民が郵送物から土がこぼれ落ちる様を見て、地元で問題となっているアワビの密猟ではないかと疑いました。その後、警察はこの事件を追い、2018年にD. farinosaを密猟した2人の韓国人を逮捕しました。彼らは多肉植物の販売業者で、世界中で違法採取を行っていました。CDFWはこれが単独の孤立した事例ではなく、グループ犯罪であることに気が付きました。2017年から2018年の間に、カリフォルニアで外国人によるD. farinosaの密猟は摘発されただけで6件ありました。事件の規模は約50個体を密猟した単独犯から、CDFWが100万米ドルを超える価値があると推測する数千本の植物の大量密貿易までありました。専門家や裁判所は、過去数年間の間にもDudleyaの密猟が行われていた可能性が高いとしています。

そもそも、D. farinosaは合法的に入手可能な市場がすでにあるため、わざわざ違法取引をする必要はありません。なぜ、密猟が繰り返されるのでしょうか? 著者は韓国のニュース報道や裁判記録、さらには韓国の人々にインタビューし、D. farinosaの入手の動機を明らかにしました。

韓国メディアの説明
韓国の複数のメディアは、D. farinosaを韓国の消費者が欲する理由を挙げています。曰く、「サボテンのようにDudleyaは乾燥した気候で生きるため、その葉や茎に水を含む植物です。空気清浄化と家の装飾用に、韓国の投資ツールとして脚光を浴びています。」ということです。
他の記事では、特に中国や韓国では、必需品ではない人気アイテム、特に世話が必要なアイテムの購入を通じて、他人に経済的な地位を誇示するために、D. farinosaを入手する圧力があったという憶測もありまます。また、D. farinosaの形は東アジアの宗教的シンボルである蓮の花を彷彿とさせるという指摘(※)もありました。

(※) これは流石にこじつけに感じます。最低限、日本人の感性ではありません。これは、1952年のWardの報告ですが、元の文書を読んでいないので、実際の調査で判明した事実なのか、Wardが東アジア文化を調べる中で思いついた話なのかは不明です。

CDFWの説明
CDFWの説明はもっと一般的なもので、Dudleyaのみに対してだけの説明ではありません。しかし、Dudleyaを含めあらゆる希少生物に対応可能な考え方です。つまり、希少生物は入手が難しく、その希少さゆえに価値が上がり、密猟者はより希少生物を欲しがります。違法であるということは価値なのです。

インタビューによる説明
まずは、2019年の韓国の地方検事局のインタビューでは、中国と韓国は巨大な中産階級が台頭しており、増えた可処分所得で家を美しく飾りたいと思っています。ブームになっているD. farinosaは、「これはこの場所から来た」という由来が重要です。それは、天然サーモンと養殖サーモンのようなものかも知れません。
ほとんどのインタビュー対象者は、投機的な性質を表明しました。しかし、D. farinosaに対する消費者の需要の高まりの背後にある動機について、メディア記事とインタビュー対象者の間で一貫性がありました。ある記事によると、韓国と中国の「主婦」と「流通に敏感な人々(Hipster)」の間で急速に多肉植物「熱」が高まっていることに起因するというのです。この枠組みはメディアで繰り返し使われています。

業者による説明
韓国の多肉植物業者によると、メディアの説明とは異なり、D. farinosaは専門的で通常は経験豊富なコレクターに特に望まれていることを強調しました。韓国では多肉植物が流通していますが、その多肉植物人気とD. farinosaを所有したい人との間にほとんど関連がないと言います。実際の多肉植物の小売業者によると、D. farinosaは一般的な人気はないため、通常は在庫は置かないそうです。D. farinosaは一般の市場ではなく、多肉植物をオンライン販売している専門業者からのみ入手可能でした。
また、カリフォルニアと韓国の業者や植物専門家によると、D. farinosaを栽培する場合は屋外では難しいと言います。D. farinosaは崖の急斜面に生えるため排水を好み、水やりに気をつけないと根腐れの可能性があります。韓国の業者はD. farinosaは初心者向けの植物ではなく、高度なレベルのケアが必要とし、多くの場合は温室を借りて栽培していることを確認しました。


一般的な説明は憶測
CDFWの職員、カリフォルニアの自然保護活動家、多肉植物専門家は、アジアの消費者はD. farinosaが野生起源であるからこそ評価しているのだという憶測を表明しました。しかし、著者のインタビューでは、D. farinosaの生産者や販売業者は、野生起源かどうかには興味がなく、実際の植物の美的な品質に興味を持っていました。業者の顧客にとっても、野生起源であることが価値を高めるということはありませんでした。顧客はカリフォルニア原産であることは知っていましたが、重視したのは価格とサイズ、品質についてでした。なぜ、東アジアではD. farinosaが非常に人気があると信じられているのだろうかという質問に、ある業者は「これは、中国のコレクターや日本のコレクター、韓国のコレクターについてではなく、個々の(Dudleyaなどを好む)コレクターが望んでいるからだ。」と答えました。

野生個体は好まれない
D. farinosaは起源による価値はありませんでしたが、植物のサイズや年齢は重視されていました。著者の観察によると、輸入されたD. farinosaは温室で輸出のダメージを回復させ、新しい葉が出て見映えが良くなるまで販売されません。野生植物の特徴である、虫食われ跡や自然環境による痛みは好まれず、低品質で価値を下げるものと捉えられています。
著者は韓国の多くの業者がD. farinosaを種子から栽培していることを確認しました。熱心なコレクターが好むのはより大きい植物でしたが、大きく育てるには時間がかかります。しかし、韓国の業者による栽培苗は評判が高く、「エキゾチックなカリフォルニアの植物」に対する需要ではなく、韓国の温室で栽培されている植物に対する需要でした。

主たる動機
人々を密猟に駆り立てた主な推進力は、D. farinosaの需要と供給のバランスが崩れたことにあります。国内の植物を急激に枯渇させる世界的な需要がありました。数年前、韓国、中国、日本、ヨーロッパなどで、ソーシャルメディアの普及により情報が急速に拡散し、専門のコレクターの間でD. farinosaへの関心が急上昇しました。ソーシャルメディアとグループメッセージは合法取引と違法取引の両方のプラットフォームとして機能します。多肉植物コミュニティ内でD. farinosaが流行るにつれ、コレクターはオンラインコミュニティ内でD. farinosaの栽培経験を共有することに関心を持ちます。このようなことを、Thomas Walters(2020)は「交際への欲求により動機付けられる」としています。

国際市場に少ないことが原因
韓国国内ではD. farinosaに需要があるものの、すぐに入手可能な供給はありません。植物検疫証明書の発行と植物輸入許可は非常に高コストで、業者からすると単に「高すぎる」ということです。米国内で商業的に入手可能(しかも合法的に)なはずのD. farinosaの供給が足りていないのは、皮肉にも米国におけるD. farinosaの人気が低下していたからです。あるDudleyaの専門家のコメントでは、「彼らが野生のDudleyaを盗んだものの、5ドルで売ることも出来ない」としています。このような状況が違法取引を蔓延させた原因と考えられます。

正しい動機の解明が必要
メディアが繰り返し仮説を「リサイクル」して記事を書く度に、いつの間にか仮説は常識になってしまいます。これは、CDFWなどの米国側も同様で「東アジア人はエキゾチックな野生植物を好む」という人種的な仮説がいつの間にか固定観念になってしまっていました。IWTに対処するには正しい動機の理解が必要です。

以上が論文の簡単な要約となります。
日本ではDudleyaは人気はあまりあるとは言えないでしょう。基本的に市販はされていません。また、日本にも現地球信仰はありますが、それは原産地へのエキゾチックな思いではなく、単純に野生植物の見た目の良さに惹かれているだけです。Dudleyaのように古い葉が新しい葉に容易に更新される植物に対して原産球を求めるとはとても思えません。
さて、繰り返される言説はいつの間にか常識となり、仮説は真実となります。D. farinosaについて言うのならば、単純に国際市場で不人気ゆえにファームであまり栽培されず、そのためD. farinosaを求める東アジア市場の盛り上がりに対して国際市場が対応出来なかったことが原因です。だからといって密猟や密貿易を仕方がないとは思いませんが、その動機を正しく理解していないとIWTへの効果的な対応は不可能でしょう。もし、当局の言う「エキゾチックな野生植物」を信じるならば対処は困難で地道な監視や摘発しかありませんが、「国際市場での枯渇」が原因ならば割合その対処は容易です。
この論文のような地道な調査が、野生動植物の保全に非常に力になるでしょう。思い込みで対処せずに正しく理解し対処出来るように、このような研究が推進されることを望みます。


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