最近、サボテンの受粉についての論文をいくつかご紹介してきました。花は受粉のための器官なのですから、花の受粉は植物にとっても重要です。しかし、受粉し種子が出来ても、そのままでは意味がありません。種子は適切に散布される必要があります。種子の散布は、甘い果実を動物に食べてもらい、種子が糞と共にあちこちに散布されるという方法が一般的です。では、サボテンの種子の散布はどうなっているのでしょうか?
本日はチリの固有種であるEulychnia acidaの種子散布について調査したRocio A. Caresらの2018年の論文、『Frugivory and seed dispersal in the endemic cactus Eulychnia acida: extending the anachronism hypothesis to the Chilean Mediterranean ecosystem』をご紹介します。その前に、論文中に出て来る「時代錯誤仮説」について説明しましょう。その植物の適正な種子散布者が存在しないことがあり、それは種子散布者がすでに絶滅し存在しないからだと考えられます。Janzen & Martin(1982)は、新たに導入された外来の大型草食動物が、絶滅した本来の種子散布者の代わりをするのではないかという説を唱えました。これを時代錯誤仮説と呼びます。
有名な例では南米原産のホウガンノキがあります。ホウガンノキの巨大で著しく硬い果実を割ることが出来る動物は存在しません。かつて存在したゾウなどの巨大動物により種子が散布されていた可能性があります。
著者らはEulychnia acidaの種子散布について、時代錯誤仮説が当てはまるのではないかと考えたようです。時代錯誤仮説は熱帯地方を想定していますが、チリの地中海性気候の生態系にも適応出来るでしょうか?

種子の発芽には果肉の除去が必要です。これは果肉に含まれるアブシジン酸が種子の発芽を抑制するからです。ですから、動物に果実が食べられて、種子が散布される必要があります。そのため、本来の種子散布者が絶滅した場合、種子が出来ても発芽せず、いずれ絶滅する可能性があります。

Eulychnia acidaは、チリの北向きの斜面に生える円柱状のサボテンです。果実は黄緑色で直径5〜6cmになり、小さな鱗片で覆われています。果実は白く甘酸っぱく、平均して1930±95.7個の小さな黒い種子を含みます。果実は熟すと枝から落ちますが、地面に落ちた果実を食べる動物は確認されていません。しかし、保護されていない地域では、外来種のヤギがE. acidaの果実を食べたことが観察されました。ヤギはE. acidaの失われた種子散布者の代わりとなるのでしょうか?

調査はチリ中北部の半乾燥地帯にあるLas Chinchillas国立保護区とその周辺で行われました。気候は半乾燥地中海型で、降雨は6〜8月に集中しています。エルニーニョの影響により、干ばつと多雨が繰り返されています。植生は、Flourensia thurifera、Bahia ambrosioides、Porlieria chilensisなどのトゲのある低木や、Trichocereus chiloensisやEulychnia acidaなどの円柱状のサボテン、Cumulopuntia sphaericaやEriosyce aurataなどの球状のサボテンで構成されていました。

野生下でE. acidaの果実を食べたのは、げっ歯類のデグー(Octodon degus)のみでした。
また、デグーとヤギ、グアナコ(草原性のアルパカやリャマの仲間)にE. acidaの果実を与え、糞の中の種子を取り出して発芽実験を行いました。
この摂食試験では、デグーは1つの果実を食べたものの、糞中の種子はわずか15個しかありませんでした。1つの果実の中には平均1930個の種子があることからしたら、デグーはE. acidaの種子散布者ではないことが分かります。種子はほとんどが消化されてしまったようです。
ヤギとグアナコは、糞中におそらくすべての種子が見つかりました。ヤギの糞中から取り出した種子は60%の高い発芽率を示しました。対照的にグアナコの糞から取り出した種子は13%しか発芽しませんでした。
ちなみに、保護区の内外でE. acidaの数を調査したところ、保護区内は2.15ヘクタールで30の若い個体と186の大人の個体があり、保護区外では2.11ヘクタールで104の若い個体と254の大人の個体がありました。つまり、保護区外の方が若い個体が多く、種子の散布が行われているのです。著者らは保護区外にはヤギがいるためである可能性があるとしています。
また、E. acidaの果実は2種類の鳥につつかれましたが、種子を散布するほど食べられてはいませんでした。サボテンも種類によってはその果実を鳥が好んで食べますが、E. acidaの果実は糖分がなく酸味があるため、一般的に鳥には好まれないことが考えられます。
著者らはヤギがE. acidaの種子散布者として有効であると考えます。一般的にヤギは過放牧により砂漠化を進行させますが、E. acidaの増加に寄与した可能性があるのです。

著者らはE. acidaの本来の種子散布者はグアナコである可能性があるとしています。南米では更新世に大型哺乳類のほとんどが絶滅しましたが、グアナコが唯一残った大型哺乳類です。しかし、グアナコは16世紀にスペイン人が到着してからは急激に減少し、牧畜により生息地を追い出され、現在ではアンデス山脈の標高の高い地域にのみ分布します。現在の保護区にはグアナコは存在しないため、過去数世紀はヤギがE. acidaの種子を散布していたと考えられます。しかも、グアナコと異なり、ヤギによる種子散布は発芽率を下げないため、非常に重要な役目を果たしたとしています。これらのことにより、時代錯誤仮説をチリの地中海気候の生態系にも適応出来ることを示唆します。

以上が論文の簡単な要約です。
もはやその種子を散布する本来の動物がいないEulychnia acidaですが、若い個体が沢山育っていることから、ヤギが種子を散布している可能性が大きいとしています。本来の種子散布者がいないのに、外来種が代わりを務めているのです。グアナコの減少はE. acidaの絶滅へのカウントダウンだったわけですから、絶滅の可能性を減じたとはいえ、多くの植物には有害なヤギが必要というのも皮肉な話です。
そう言えば、マダガスカル島固有種のUncarinaも、そのトゲだらけの果実は絶滅した巨鳥エピオルニスが想定されています。つまり、Uncarinaの種子散布者は存在しないのです。Uncarinaはトゲでエピオルニスの足に絡みついて、歩くごとに果実は踏みつけられて、種子が少しずつこぼれるとされています。現在、野生のUncarinaは生長した個体ばかりで実生が見られません。ただし、牧場の牛の通り道にはUncarinaの苗が沢山生えています。これは牛がエピオルニスの代わりに種子を散布しているようです。これも、時代錯誤仮説の実証例だったわけですね。
時代錯誤仮説を私は知りませんでしたが、調べたら意外とそのような植物はあるのでしょう。ただ、グアナコの人為的な減少は悲しいことです。調べられていないだけで、このような関係が破綻し絶滅へ向かう植物は沢山あるのかも知れません。調査される前に絶滅した植物もあるのでしょうから、科学的な調査と適切な保全が活発に行なわれることを願います。


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