花の誕生はいつまでさかのぼるのでしょうか? おそらく初めての花は、シダ植物から裸子植物が進化する段階において誕生した風媒花だったのでしょう。しかし、その裸子植物の花は針葉樹のように実に目立たないものだったはずです。しかし、現在の植物の大半は目立つ花を咲かせる虫媒花です。これらの花は被子植物に特有ですが、その起源は謎に包まれていました。かのダーウィンが「忌まわしき謎」と称したぐらいです。この「忌まわしき謎」に化石記録から挑んだ本があります。されは、髙橋正道による『花のルーツを探る -被子植物の化石-』(裳華房、2017年)です。

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被子植物はどのくらい前から花を咲かせているのでしょうか。遺伝的変異の蓄積を時間軸に当てはめて計算した分子時計というものがあります。参照とする植物により結果が変わりますが、予測される被子植物の誕生時期は石炭紀〜白亜紀とかなり広いものでした。しかし、被子植物の花には1億年以上の歴史があることは明らかです。
とりあえず、現在見つかっている確かな最古の被子植物は、イスラエルの1億3200万年前の地層から見つかった花粉の化石です。しかし、裸子植物やシダ植物の花粉が圧倒的で、被子植物の花粉はわずか0.2%以下しかありませんでした。とはいえ、白亜紀には被子植物が存在したということだけは確かでしょう。また、さらに古い被子植物の花粉や花などの化石が報告されていますが、保存状態が悪くはっきりと断定できないものばかりで、可能性はありますが確実とは言えませんでした。
これまで発見された化石は時代を遡るほど単純化するため、著者は1億3500万年前くらいに被子植物が誕生したのではないかと考えているようです。

著者の専門は花の化石ですが、ここで化石について基本的なことを解説しておきます。ド素人の私の解説で申し訳ないのですが、結構勘違いされる向きがあるようですから少しお付合い下さい。まあとにかく言いたいのは、遺骸は化石として必ずしも残る訳ではないということです。基本的に生き物は死ぬといずれ腐ってしまい、消えて無くなります。分解されにくい骨や貝殻も、少しずつカルシウムが溶け出してしまい、脆くなり粉になってしまいます。
縄文時代には縄文人の骨が見つかりますが、弥生時代には見つからなくなります。昔は弥生人に滅ぼされたようにも考えられたりしましたが、実際には異なりました。というのも、日本の土壌は酸性で骨は溶けてすぐになくなってしまいます。縄文時代には海面が上昇(縄文海進)したため巨大な干潟が出現し、縄文人は干潟で採った貝の殻や魚の骨を穴に捨てました。いわゆる貝塚ですが、このため縄文時代は貝塚付近は土壌がアルカリ性となり縄文人の骨は残ったのです。次に弥生時代には、縄文海進が終わり貝塚が作られなくなりました。そのため、縄文人の骨はほとんど見つからないのです。ちなみに、弥生人の骨は壺に入れられて埋葬されたため溶けずに見つかるのです。ただし、そのような骨は大陸に近い海岸沿いでしか見つからず、縄文人の代わりになったというにはささやかなものです。
という訳で、化石は特殊な条件があって初めて出来るものです。昔、人類の化石が少ししか見つからず、しかもそれぞれの年代が離れていたので、それを「ミッシング・リンク」と呼びました。ただ問題は「ミッシング・リンク」を過大視して、進化論を否定する人が沢山いたことです。それは、古代人骨が必ず化石になるという素朴な勘違いによるものでした。ある意味、見つからない方が自然です。むしろ、化石が見つかった場合は何か特別なことが起きたからなのです。

長くなりましたが、化石は奇跡の産物です。植物化石なら、落ち葉の化石がよく見つかります。しかし、これは柔らかい粘土などに押された跡が残ったものです。そのものではありません。植物化石で確実なのは炭化することです。日本では遺跡から炭化した米が見つかりますが、これは米を炊いた時に出来たお焦げです。炭化した植物は立体的な構造が綺麗に残ります。野生の植物なら、山火事による偶然を期待するしかありません。しかも、偶然化石となっても、地層の圧力や褶曲により破壊されてしまいます。著者もあちこち調査に赴くも上手く行かず中々苦労したみたいです。
採取した堆積岩を溶かし、ふるいにかけ、塩酸に浸けてからフッ化水素に浸けて石英などの鉱物を溶かします。これらの処理を何度か繰り返し、1つのサンプルで3〜4ヶ月あるいはそれ以上かかるそうです。ここからが一番大変で、残ったものを顕微鏡で観察していきます。実際には壊れて破片になったゴミばかりですが、稀に壊れていないものが見つかるのです。そのような苦労の末、著者は日本で初めて白亜紀の花の化石を発見しました。日本は火山活動が活発なので、このような化石が見つかるのは中々にして奇跡的なことです。さて、白亜紀の被子植物の花はミリ単位の超小型な花です。被子植物の誕生時はこのようなサイズだったようです。日本の白亜紀はまだ大陸の一部だったころで、熱帯性のバンレイシ科植物の花化石がみつかるなど、暖かい気候だったようです。

被子植物の花化石の傾向を見ると様々なことが分かります。例えば、原初の花はモクレン科の花が想定され、枝の頂点に1つ付くとされます。しかし、花化石からは、古いものでも複数の花が集合しているものが沢山あり、著者はそのような集合した花序が古い形質と考えているそうです。また、モクレン科説では、花の中央の雄しべと雌しべからなる部分(花床、花托)は螺旋状ですが、原始的な花は螺旋状の花床が軸状に長くなったものとされます。しかし、古い花化石は短い花床のものが多いようです。この他にも、原始的な花について、その傾向が様々な角度から述べられています。
花の進化を知る上で、本書は非常に参考になります。白亜紀の花の電子顕微鏡写真が沢山載せてあり、原始的な花の姿を見ることが出来ます。メジャーなレーベルではないため本書の存在を知らない方が多いとは思いますが、良い本ですから是非おすすめしたい一冊です。


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