バルサミフェラ(Euphorbia balsamifera)は、アフリカ北部に広く分布していると考えられていた灌木状のユーフォルビアです。しかし、遺伝子を解析すると、何とバルサミフェラと思われていたユーフォルビアは、3種類に分割されることになりました。ギニア湾沿いに広く分布している集団は、バルサミフェラとは別種のEuphorbia sepiumとして独立しました。また、アフリカ北東部に分布する集団は、以前はバルサミフェラの亜種とされがちでしたが、Euphorbia adenensisとして独立しています。では、肝心のバルサミフェラはというと、モロッコ、西サハラ、カナリア諸島にのみ分布する集団を指すようになりました。
さて、バルサミフェラはアフリカ大陸原産のユーフォルビアには珍しく、割と研究されており論文もそこそこ出ているようです。しかし、残念なことにユーフォルビア研究は毒性のある乳液の化学成分の解析が盛んで、その生態を調べたような論文は非常に稀です。やはり、毒性がある=何らかの強い活性を示す物質がある、という図式なのでしょう。そんな中、バルサミフェラの利用法について実験をした、 S.Y.Mudi & Y.Dattiによる2014年の論文、『REPELLENT EFFECT OF THE LEAF EXTRACTS OF EUPHORBIA BALSAMIFERA (AIT) AGAINST ANOPHELES GAMBIA』を見つけました。

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Euphorbia balsamifera

昆虫により媒介される伝染病には、マラリア、西ナイル熱、デング熱、ライム病など公衆衛生上、深刻なものが多くあります。その多くが虫刺されが原因ですから、病気の蔓延を防ぐための取り組みが必要です。これらは開発途上国、特に熱帯地方の最も重要な公衆衛生問題、および社会・経済的発展の障害の1つです。WHOの1997年の公表によると、マラリアだけで年間1.5〜270万人の感染死亡者と、3〜5億件の感染患者を出しています。
主に熱帯諸国の20億人以上の人がデング熱、マラリア、フィラリア症などの蚊媒介性疾患のリスクにさらされています。蚊による虫刺されを防止するには忌避剤の使用が実用的とされますが、化学合成された忌避剤はやや毒性が高いことが知られています。さらに、合成忌避剤は非分解性であり、環境負荷が高いことも問題です。最近では、バジル、クローブ、タイムなどの植物から蚊ご忌避する成分を抽出する試みがなされています。
論文ではバルサミフェラの葉を乾燥させて粉砕したものを、90%のエタノールに浸けて成分を抽出しました。これをろ過・濃縮し、メタノールに溶解しました。このメタノール溶解物を、石油エーテル、クロロホルム、酢酸エチルでそれぞれ再抽出し、抽出液を乾燥させました。この作業により、それぞれの有機溶媒に溶解する異なる成分が分離されてくるわけです。
これらの成分が蚊を忌避されるかを調べるために、腕にエタノールに溶かした抽出物を塗布し、蚊が忌避するかを確認しました。ただのエタノールのみを塗布した場合と比較して、効果を確認しています。使用した蚊は、ハマダラカの1種(Anopheles gambiae)で、大学が飼育しているものです。
では、忌避実験の結果を見ていきましょう。

抽出物名   12.5%含有 25%含有
エタノール   90.9%   96.9% 
石油エーテル  41.0%   30.7%
クロロホルム  97.2%   100%
酢酸エチル   32.4%   21.6%
メタノール   53.6%   46.3%

12.5%と25%含有したものを使用しています。%は蚊の忌避率です。最初のエタノール抽出物には様々な成分が入っているはずで、忌避効果のない物質も沢山あるはずです。それでも、非常に高い蚊の忌避率でした。クロロホルムで再抽出したものは、さらに高い蚊の忌避率でしたから、クロロホルムで抽出される分画に忌避作用のある物質が含まれているのでしょう。

以上が論文の簡単な要約になります。著者はクロロホルム分画に含まれている物質を特定したいと結んでいます。
さて、この論文は珍しく薬ではありませんでしたが、多肉植物の論文を読んでいると、植物から薬効成分を分離しようという試みは一般的です。私はそういうタイプの論文を記事にはしないのですが、あまり知られていないように思えますから、少しこの点について解説しましょう。
植物から薬効成分を分離し、やがては薬にといった論調の論文は沢山あります。しかし、現実には成分を分析して、効果を試してみて、有効成分を特定して、そこで終わりです。基本的に現代では生物から薬は作られません。どうしてでしょうか?
昔は科学の程度が低かったので、抗生物質を始めとした生物から薬効成分を探していました。しかし、現代では科学の進歩に伴い、薬の開発は様変わりしました。例えば、ある病気に対する薬を開発する場合、昔は様々な生物の抽出成分や化合物を、反応させて薬効を確認していました。しかし、今では病気の分子構造を分析し、そこにピッタリ結合する分子構造を考えだして、合成専門のプロが合成方法を考案し、実際に合成された物質を用いて薬効を試験します。自然物質はその多くが偶然効果のある部分が多少ある程度ですが、合成物質は始めから効果があることがわかっているのです。ですから、植物由来成分が薬になる可能性はほとんどありません。実際に日本の大学でも盛んに生物由来の薬効成分探しはされていますが、その探し出された薬効成分に対して興味を示す製薬会社は基本的にありません。せいぜいが健康食品になる程度です。
では、植物由来成分には意味はないかと言うと、必ずしもそうとも言えないと思います。化学合成による製薬は、あくまで製薬会社の理論です。化学合成薬は欧米諸国では流通しますが、貧しい国の人々には手が届きません。製薬会社は開発費用を回収しなければ赤字になってしまいますから、基本的に新薬は高価です。現実を見ると、貧しい国には現代医療が圧倒的に不足しており、未だに民間療法が中心です。中には毒性が高いものもあり、処方を誤ると非常に危険です。民間療法で使用される植物から薬効成分を抽出出来れば、地産の素材で安価な薬剤を作り出すことが出来るかも知れません。当然、薬効は合成薬より弱いかも知れませんが、現状を変える可能性はあります。
さて、この論文のように、その土地に生える植物を利用するというのは良いアイディアです。環境の合わない外国産の植物を環境破壊しながら無理をして育てるより、元々自生する植物を栽培した方が良いでしょう。特に乾燥地で無理な灌漑農業をすると、地下水が毛細管現象で引っ張られてしまい、土壌中の塩分が地表に析出してしまいます。もし、外国産の植物が乾燥に強かった場合では、逆に野外に逸出する可能性があるためやらないに越したことはありません。現代は少数のメガファーマが医薬品業界を牛耳っていますが、地産地消の医薬があっても良いのではないかと思います。


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