5月に神代植物公園のバラフェスタに行ってきました。バラも大変素晴らしかったのですが、大温室では様々な熱帯植物を見ることが出来ました。その中でもTacca chantrieriの花を見ることが出来て感激しました。実は去年も大温室に行きましたが、その時は残念ながら花を見ることが出来なかったのです。ですから、余計に嬉しかった訳です。
Tacca chantrieri
見てお分かりのように、非常に不思議な形の花です。ぶら下がっている丸いものが花で、後ろの花ビラのようなものは苞でしょうか? しかし、垂れ下がる長いヒゲのようなものはいったい何でしょうか? 何より不思議なのは、なぜこのような形状をとったのかということです。花の形や色は意味があり、大抵は花粉媒介者に対するアピールです。このような地味な色合いの花には蝿が来たりしますが、その場合は腐敗臭やキノコ臭で蝿を呼ぶものが多いような気がします。では、この不思議な花を咲かせるT. chantrieriの受粉はどのように行われるのでしょうか。調べてみたところ、T. chantrieriの受粉に関してのLing Zhangらの2011年の論文、『PREDICTING MATING PATTERNS FROM POLLINATION SYNDROMES: THE CASE OF "SAPROMYIOPHILY" IN TACCA CHANTRIERI (TACCACEAE)』を見つけました。簡単に見ていきましょう。
Tacca chantrieriは中国南部や東南アジアに分布します。奇妙な花のために園芸で利用されます。しかし、奇妙な花を持つにも関わらず、Tacca属の受粉に関する調査はなされてきませんでした。1972年のDrenthや1993年のSawは、花の色と臭いが腐った有機物を模しており、訪れる蝿により受粉することを想定しました。暗い花色、長い糸状の付属物と苞、花のトラップ、蜜の欠如、腐敗臭は、蝿を利用するサトイモ科、ラン科、ウマノスズクサ科などの花の特徴です。しかし、T. chantrieriからは腐敗臭を感じません。著書らは人間には感知出来ない種類の臭気を発している可能性はあるとしています。
Aristrochia salvadorensis
ウマノスズクサ科の花。
さて、実際の自生地における観察では、ほとんど昆虫は訪れませんでした。アリやコオロギが来ることがありましたが、雌しべや雄しべに触れることはありませんでした。まれに蜂が訪れて花粉を収集し受粉に寄与していましたが、頻度は低くメインの受粉媒介者ではなさそうです。不思議なことに、当初考えていた蝿は訪れませんでした。T. chantrieriは暗く湿った林床に生えますから、環境中に蝿は非常に豊富にも関わらずです。分かったことは、花に袋を被せて花粉媒介者を除外しても、受粉の効率に差はありませんでした。そこで、遺伝的を調べたところ、ほとんどの種子が自家受粉によるものでした。
私はこの結果を受けて、すぐに共進化による特殊化を思い浮かべました。植物が特定の昆虫と一対一の関係を結んでいた場合、花は特殊化し昆虫も適した形状に特殊化します。つまり、T. chantrieriはある昆虫に適した形状に進化しており、対応する昆虫はすでに絶滅している可能性です。もちろん、その昆虫が絶滅したのは今回の調査地である中国南部だけのことで、東南アジアの他のT. chantrieriは本来の受粉関係を結んでいる可能性もあるわけです。しかし、著者らは、対応する昆虫以外の昆虫が花に来れないような仕組みがT. chantrieriにはないため、その可能性は疑わしいとしています。著者らは訪れる昆虫の発生の増減が関係している可能性を指摘します。つまりは、訪れる昆虫が大量に発生した場合のみ、有効な他家受粉が起きるのです。また、中国南部が有効な花粉媒介者に適さない環境になったため、一見して受粉者がいないように見えるだけかもしれないとも言います。
Anguraecum florulenthum
長い距がありますが、その先端に蜜が溜まっています。この蜜を吸えるのは、口器が特殊化した蛾のみです。蛾はこのランの蜜を吸うために特殊化し、ランと蛾は一対一の関係を結んでいます。しかし、もしその蛾が絶滅した場合、このランは受粉出来ず、いずれ絶滅してしまいます。
では、T. chantrieriは自家受粉に適応しているかというと、それも疑わしいとしています。何故なら、自家受粉に適応した植物は花が咲けばほぼ確実に結実しますが、T. chantrieriはそうではありませんでした。
さて、花の構造も受粉媒介者に影響する可能性があります。私はBulbophyllumというランを育てていますが、風で動く部分があります。花は大変な悪臭を放ちますから、蝿を呼んでいるのでしょう。すると、風で動く部分は蝿にアピールする効果があるのかも知れません。T. chantrieriも糸状の構造が沢山ありますから、受粉に関係していそうです。そこで、大きな苞葉や糸状の構造を除去する実験も行なわれました。しかし、そもそも除去していない植物にも昆虫がほとんどこないこともあり、除去しても差はありませんでした。
また、大きな苞葉は、日光を浴びて果実の発育のために光合成をしているとかも知れません。しかし、生える環境が暗い森の中であり、花茎が垂直に伸びるT. chantrieriは最適とは言えないため、説明としては疑問です。そのため、T. chantrieriの構造がどのような意味を持つのかは分かりません。
Bulbophyllum wendlandianum
花の根本に毛があり風になびきます。さらに、中心部分がピコピコ動きます。大変な悪臭を放ちます。
以上が論文の簡単な要約です。
割と詳しく調査されたにも関わらず、結局は何も分からない実にスッキリしない結果でした。著者らの考察もいまいち説得力がありません。しかし、明らか進展はありました。以前は確証もなく、蝿が来るだろうと思われていましたが、最低限この研究における観察中は蝿は訪れませんでした。もちろん、蝿の種類や、他の地域に生えるT. chantrieriは異なるのかも知れません。今回、判明したことを基礎に置いて、後続の研究が行われることを期待します。あるいは、他の種類のTaccaではどうなのでしょうか? もし、他種では普通に蝿が来ていたりした場合、合わせて系統関係を調べたら、花の謎は一気に解けるかも知れません。
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Tacca chantrieri
見てお分かりのように、非常に不思議な形の花です。ぶら下がっている丸いものが花で、後ろの花ビラのようなものは苞でしょうか? しかし、垂れ下がる長いヒゲのようなものはいったい何でしょうか? 何より不思議なのは、なぜこのような形状をとったのかということです。花の形や色は意味があり、大抵は花粉媒介者に対するアピールです。このような地味な色合いの花には蝿が来たりしますが、その場合は腐敗臭やキノコ臭で蝿を呼ぶものが多いような気がします。では、この不思議な花を咲かせるT. chantrieriの受粉はどのように行われるのでしょうか。調べてみたところ、T. chantrieriの受粉に関してのLing Zhangらの2011年の論文、『PREDICTING MATING PATTERNS FROM POLLINATION SYNDROMES: THE CASE OF "SAPROMYIOPHILY" IN TACCA CHANTRIERI (TACCACEAE)』を見つけました。簡単に見ていきましょう。
Tacca chantrieriは中国南部や東南アジアに分布します。奇妙な花のために園芸で利用されます。しかし、奇妙な花を持つにも関わらず、Tacca属の受粉に関する調査はなされてきませんでした。1972年のDrenthや1993年のSawは、花の色と臭いが腐った有機物を模しており、訪れる蝿により受粉することを想定しました。暗い花色、長い糸状の付属物と苞、花のトラップ、蜜の欠如、腐敗臭は、蝿を利用するサトイモ科、ラン科、ウマノスズクサ科などの花の特徴です。しかし、T. chantrieriからは腐敗臭を感じません。著書らは人間には感知出来ない種類の臭気を発している可能性はあるとしています。
Aristrochia salvadorensis
ウマノスズクサ科の花。
さて、実際の自生地における観察では、ほとんど昆虫は訪れませんでした。アリやコオロギが来ることがありましたが、雌しべや雄しべに触れることはありませんでした。まれに蜂が訪れて花粉を収集し受粉に寄与していましたが、頻度は低くメインの受粉媒介者ではなさそうです。不思議なことに、当初考えていた蝿は訪れませんでした。T. chantrieriは暗く湿った林床に生えますから、環境中に蝿は非常に豊富にも関わらずです。分かったことは、花に袋を被せて花粉媒介者を除外しても、受粉の効率に差はありませんでした。そこで、遺伝的を調べたところ、ほとんどの種子が自家受粉によるものでした。
私はこの結果を受けて、すぐに共進化による特殊化を思い浮かべました。植物が特定の昆虫と一対一の関係を結んでいた場合、花は特殊化し昆虫も適した形状に特殊化します。つまり、T. chantrieriはある昆虫に適した形状に進化しており、対応する昆虫はすでに絶滅している可能性です。もちろん、その昆虫が絶滅したのは今回の調査地である中国南部だけのことで、東南アジアの他のT. chantrieriは本来の受粉関係を結んでいる可能性もあるわけです。しかし、著者らは、対応する昆虫以外の昆虫が花に来れないような仕組みがT. chantrieriにはないため、その可能性は疑わしいとしています。著者らは訪れる昆虫の発生の増減が関係している可能性を指摘します。つまりは、訪れる昆虫が大量に発生した場合のみ、有効な他家受粉が起きるのです。また、中国南部が有効な花粉媒介者に適さない環境になったため、一見して受粉者がいないように見えるだけかもしれないとも言います。
Anguraecum florulenthum
長い距がありますが、その先端に蜜が溜まっています。この蜜を吸えるのは、口器が特殊化した蛾のみです。蛾はこのランの蜜を吸うために特殊化し、ランと蛾は一対一の関係を結んでいます。しかし、もしその蛾が絶滅した場合、このランは受粉出来ず、いずれ絶滅してしまいます。
では、T. chantrieriは自家受粉に適応しているかというと、それも疑わしいとしています。何故なら、自家受粉に適応した植物は花が咲けばほぼ確実に結実しますが、T. chantrieriはそうではありませんでした。
さて、花の構造も受粉媒介者に影響する可能性があります。私はBulbophyllumというランを育てていますが、風で動く部分があります。花は大変な悪臭を放ちますから、蝿を呼んでいるのでしょう。すると、風で動く部分は蝿にアピールする効果があるのかも知れません。T. chantrieriも糸状の構造が沢山ありますから、受粉に関係していそうです。そこで、大きな苞葉や糸状の構造を除去する実験も行なわれました。しかし、そもそも除去していない植物にも昆虫がほとんどこないこともあり、除去しても差はありませんでした。
また、大きな苞葉は、日光を浴びて果実の発育のために光合成をしているとかも知れません。しかし、生える環境が暗い森の中であり、花茎が垂直に伸びるT. chantrieriは最適とは言えないため、説明としては疑問です。そのため、T. chantrieriの構造がどのような意味を持つのかは分かりません。
Bulbophyllum wendlandianum
花の根本に毛があり風になびきます。さらに、中心部分がピコピコ動きます。大変な悪臭を放ちます。
以上が論文の簡単な要約です。
割と詳しく調査されたにも関わらず、結局は何も分からない実にスッキリしない結果でした。著者らの考察もいまいち説得力がありません。しかし、明らか進展はありました。以前は確証もなく、蝿が来るだろうと思われていましたが、最低限この研究における観察中は蝿は訪れませんでした。もちろん、蝿の種類や、他の地域に生えるT. chantrieriは異なるのかも知れません。今回、判明したことを基礎に置いて、後続の研究が行われることを期待します。あるいは、他の種類のTaccaではどうなのでしょうか? もし、他種では普通に蝿が来ていたりした場合、合わせて系統関係を調べたら、花の謎は一気に解けるかも知れません。
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