「乙姫の舞扇」ことKumara plicatilisは、かつてAloe plicatilisと呼ばれていました。現在でも販売されている苗はAloe plicatilisの名札が付いています。以前、ネットに転がっているような情報については調べてまとめました。
しかし、それもイギリス王立植物園のデータベースと、南アフリカの生物に関する公的データベースを参照としましたから、情報量は国内とは比較にならないほど大きいものでした。しかし、最近では学者論文も参照にしていますから、Kumara plicatilisについても何かないか調べてみました。そんなこんなで見つけたのが、S. R. Cousins, E. T. F. Witkowski, M. F. Pfab, R. E. Reddles, D. J. Mycockの2013年の論文、『Reproductive ecology of Aloe plicatilis, a fynbos tree aloe endemic to the Cape Winelands, South Africa』です。論文のタイトルにはAloe plicatilisとありますが、Kumara plicatilisという学名が提唱されたのは2013年ですから、タイミング的にAloe plicatilisはこの時は正しい学名でした。まあ、AloeからKumaraに名前は変わっても、植物自体が変わったわけではありません。論文ではまだAloeですから、解説もA. plicatilisの表記でいきます。
Kumara plicatilis=Aloe plicatilis
さて、論文の内容ですが、A. plicatilisの繁殖について調査したものです。まずは、アロエの繁殖に関する研究について振り返ります。
調査が行われた南アフリカにはアロエが約140種確認されており、最もアロエの多様性が高い地域です。アロエは管状の鮮やかな花を咲かせる傾向があり、一般的に自家受粉しないため受粉は花粉媒介者(ポリネーター, pollinator)に依存します。多くのアロエは冬に開花して蜜を出すため、食糧の不足する冬の食糧源として重要です。アロエは鳥をポリネーターとする鳥媒花とする種類については複数の研究があります。長い管状の花を咲かせるアロエは濃い蜜を少な目に出し、花の蜜を専門とする太陽鳥をポリネーターとしています。対して、短い花のアロエは薄い蜜を大量に出し、花の蜜を専門とする太陽鳥ではなく、専門ではない鳥をポリネーターとしています。
この時、なぜ太陽鳥が受粉に寄与しないかを調べた論文については、過去に記事にしたことがあります。
アロエの種子は通常は長さ3~5mmで、2つの翼(一部の種は3翼)を持つものは風で散布されます。しかし、翼がない種は親植物の近くで育ちます。アロエは豊富に種子を生産しますが、発芽は雨に依存しており新しい苗は希です。アロエの種子は通常3週間以内に発芽し、1年後では大幅に発芽力が低下することがあるそうです。アロエの苗は、強光や暑さ、乾燥、霜、食害から保護してくれる他の植物が重要です。
A. plicatilisはケープのフィンボスに自生する唯一の樹木アロエです。A. plicatilisはケープ南西部のWinelandsの山岳地帯に分布が制限されています。標高は200~950mです。この地域は地中海性気候で、乾燥した夏(平均気温15~25℃)と雨の多い冬(平均気温7~15℃)がある環境です。自生地は急な岩だらけの斜面で、水捌けのよい酸性土壌です。10~3年間隔で夏に火災が発生します。
A. plicatilisは生長が遅く、2つに分岐する枝を持ち、葉は扇形になり12~16枚です。茎の直径は15cmまで、高さは80cmほどで成熟します。成体の高さの平均は1.5mほどですが、最大で5mに達する可能性があります。
花は円筒形で長さ5cm程度で、15~25cmの総状花序に25~30個の緋色の花が咲きます。A. plicatilisは8~10月(時に11月)に開花し、11月上旬に結実します。実は12~1月に裂開し、種子には翼があります。
著者はA. plicatilisのポリネーターを調査しました。方法は一部の花に網をかけて鳥や小型哺乳類を排除し、結実する季節に観察を実施するという割とアバウトなものです。結実は①排除なし、②鳥や小型哺乳類の排除、③すべてのポリネーターの排除という3パターンです。結果は、①>②>③の順番でした。A. plicatilisの場合、鳥や小型哺乳類の排除は結実にあまり影響を与えていないことが示されており、A. plicatilisの主たるポリネーターは昆虫である可能性があります。おそらくは、主要なポリネーターはミツバチと考えられます。
しかし、①の排除なしは②より高いため、昆虫だけではなく鳥も重要かもしれません。A. plicatilisの花を訪れた鳥は太陽鳥ですが、筒状の花の形状から太陽鳥以外の鳥は採蜜が難しいので、太陽鳥が受粉の効率を高める効果があるのかもしれません。
さらに、種子がどれくらい散布されるのかを確認しています。方法は実際の自生地で0.8mの高さから種子を落として、どの程度種子が拡散するかを計測しています。結果は、平均風速が遅い地域では1.3m、早い地域では15.3mに達しました。
この種子散布の1年後に土壌を採取し、温室で水を与えましたが、実生は生えてきませんでした。種子の寿命は1年もないことになります。散布後6ヶ月では少数の発芽があっただけで、種子は土壌中で長く生存しないことがわかりました。
採取した種子を、室内の冷暗所に保存した場合に発芽するかを試験しました。やはり、温室で水を与えましたが、発芽までの期間は3ヶ月保存では0.8週、18ヶ月保存では2.5週、24ヶ月保存では2.3週かかりました。
ここで面白いことがわかりました。6週間保存した新しい種子は発芽率が28%と非常に低いというのです。しかし、種子を調べると(種子の活性を調べるテトラゾリウム試験)、発芽能力があることがわかりました。どうやら、種子は散布された後に熟成される必要があるようです。また、室内で管理した種子は長期保存しても発芽したため、自生地の環境が種子の保存に適していないことが考えられます。
論文の簡単な要約は以上となります。
このように生態を詳しく調査することにより、植物の保護に対する重要な情報を提供します。例えば、今回のA. plicatilisの場合、種子の保存安定性があまり良くないことがわかりました。もし、植物の保護や繁殖を考えた時に、種子の保存は必然的です。事前に参照可能な情報があるとないとでは、大きな違いがあります。このような地道な研究が貴重な生物の未来を支える礎となるかもしれないのです。
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しかし、それもイギリス王立植物園のデータベースと、南アフリカの生物に関する公的データベースを参照としましたから、情報量は国内とは比較にならないほど大きいものでした。しかし、最近では学者論文も参照にしていますから、Kumara plicatilisについても何かないか調べてみました。そんなこんなで見つけたのが、S. R. Cousins, E. T. F. Witkowski, M. F. Pfab, R. E. Reddles, D. J. Mycockの2013年の論文、『Reproductive ecology of Aloe plicatilis, a fynbos tree aloe endemic to the Cape Winelands, South Africa』です。論文のタイトルにはAloe plicatilisとありますが、Kumara plicatilisという学名が提唱されたのは2013年ですから、タイミング的にAloe plicatilisはこの時は正しい学名でした。まあ、AloeからKumaraに名前は変わっても、植物自体が変わったわけではありません。論文ではまだAloeですから、解説もA. plicatilisの表記でいきます。
Kumara plicatilis=Aloe plicatilis
さて、論文の内容ですが、A. plicatilisの繁殖について調査したものです。まずは、アロエの繁殖に関する研究について振り返ります。
調査が行われた南アフリカにはアロエが約140種確認されており、最もアロエの多様性が高い地域です。アロエは管状の鮮やかな花を咲かせる傾向があり、一般的に自家受粉しないため受粉は花粉媒介者(ポリネーター, pollinator)に依存します。多くのアロエは冬に開花して蜜を出すため、食糧の不足する冬の食糧源として重要です。アロエは鳥をポリネーターとする鳥媒花とする種類については複数の研究があります。長い管状の花を咲かせるアロエは濃い蜜を少な目に出し、花の蜜を専門とする太陽鳥をポリネーターとしています。対して、短い花のアロエは薄い蜜を大量に出し、花の蜜を専門とする太陽鳥ではなく、専門ではない鳥をポリネーターとしています。
この時、なぜ太陽鳥が受粉に寄与しないかを調べた論文については、過去に記事にしたことがあります。
アロエの種子は通常は長さ3~5mmで、2つの翼(一部の種は3翼)を持つものは風で散布されます。しかし、翼がない種は親植物の近くで育ちます。アロエは豊富に種子を生産しますが、発芽は雨に依存しており新しい苗は希です。アロエの種子は通常3週間以内に発芽し、1年後では大幅に発芽力が低下することがあるそうです。アロエの苗は、強光や暑さ、乾燥、霜、食害から保護してくれる他の植物が重要です。
A. plicatilisはケープのフィンボスに自生する唯一の樹木アロエです。A. plicatilisはケープ南西部のWinelandsの山岳地帯に分布が制限されています。標高は200~950mです。この地域は地中海性気候で、乾燥した夏(平均気温15~25℃)と雨の多い冬(平均気温7~15℃)がある環境です。自生地は急な岩だらけの斜面で、水捌けのよい酸性土壌です。10~3年間隔で夏に火災が発生します。
A. plicatilisは生長が遅く、2つに分岐する枝を持ち、葉は扇形になり12~16枚です。茎の直径は15cmまで、高さは80cmほどで成熟します。成体の高さの平均は1.5mほどですが、最大で5mに達する可能性があります。
花は円筒形で長さ5cm程度で、15~25cmの総状花序に25~30個の緋色の花が咲きます。A. plicatilisは8~10月(時に11月)に開花し、11月上旬に結実します。実は12~1月に裂開し、種子には翼があります。
著者はA. plicatilisのポリネーターを調査しました。方法は一部の花に網をかけて鳥や小型哺乳類を排除し、結実する季節に観察を実施するという割とアバウトなものです。結実は①排除なし、②鳥や小型哺乳類の排除、③すべてのポリネーターの排除という3パターンです。結果は、①>②>③の順番でした。A. plicatilisの場合、鳥や小型哺乳類の排除は結実にあまり影響を与えていないことが示されており、A. plicatilisの主たるポリネーターは昆虫である可能性があります。おそらくは、主要なポリネーターはミツバチと考えられます。
しかし、①の排除なしは②より高いため、昆虫だけではなく鳥も重要かもしれません。A. plicatilisの花を訪れた鳥は太陽鳥ですが、筒状の花の形状から太陽鳥以外の鳥は採蜜が難しいので、太陽鳥が受粉の効率を高める効果があるのかもしれません。
さらに、種子がどれくらい散布されるのかを確認しています。方法は実際の自生地で0.8mの高さから種子を落として、どの程度種子が拡散するかを計測しています。結果は、平均風速が遅い地域では1.3m、早い地域では15.3mに達しました。
この種子散布の1年後に土壌を採取し、温室で水を与えましたが、実生は生えてきませんでした。種子の寿命は1年もないことになります。散布後6ヶ月では少数の発芽があっただけで、種子は土壌中で長く生存しないことがわかりました。
採取した種子を、室内の冷暗所に保存した場合に発芽するかを試験しました。やはり、温室で水を与えましたが、発芽までの期間は3ヶ月保存では0.8週、18ヶ月保存では2.5週、24ヶ月保存では2.3週かかりました。
ここで面白いことがわかりました。6週間保存した新しい種子は発芽率が28%と非常に低いというのです。しかし、種子を調べると(種子の活性を調べるテトラゾリウム試験)、発芽能力があることがわかりました。どうやら、種子は散布された後に熟成される必要があるようです。また、室内で管理した種子は長期保存しても発芽したため、自生地の環境が種子の保存に適していないことが考えられます。
論文の簡単な要約は以上となります。
このように生態を詳しく調査することにより、植物の保護に対する重要な情報を提供します。例えば、今回のA. plicatilisの場合、種子の保存安定性があまり良くないことがわかりました。もし、植物の保護や繁殖を考えた時に、種子の保存は必然的です。事前に参照可能な情報があるとないとでは、大きな違いがあります。このような地道な研究が貴重な生物の未来を支える礎となるかもしれないのです。
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