植物の研究では分野によりますが、野外で植物を観察したり標本を作製したりすることもあります。これらの標本は研究者個人のコレクションではなく、大学や博物館に貴重な資料として納められます。もちろん、これはプロの研究者が採取地などの詳細な情報と共に標本化されるものですから、私のような素人が採取したものとは重要性・信頼性・学術性において雲泥の差があります。これらのコレクションは乾燥標本、つまりは押し花ですからペッタンコで色も褪せてしまっています。そのようなものが役に立つのかと思ってしまいますが、実際大いに役に立ちます。単純に葉や花の形を比較するだけではなく、例えば茎に細かい筋がある、葉の裏に微小な毛がまばらにあるなど、後から詳細に調べることも可能です。さらに、過去の標本や、違う産地の標本同士を比較することも可能です。最近では、標本から遺伝子を取り出して解析することも出来るようになりました。同じ種類の産地の異なる標本の遺伝子を調べるだけで、実は良く似ている別種であったなんてこともあり得る話なのです。
という訳で、前置きが長くなりましたが、標本の採取はこのデジタルな時代にあってもなお重要です。本日は、そんな研究者の標本採取の旅について書かれた本をご紹介したいと思います。それは、塚谷裕一/著『秘境ガネッシュヒマールの植物』(研成社)です。

表紙はいわゆるヒマラヤの青いケシです。この調査は、ネパール・ヒマラヤのガネッシュヒマールで行われました。ガネッシュヒマールは王政時代は入山禁止だった秘境中の秘境で、ほとんど調査が及んでいない地域です。調査の目的はガネッシュヒマールに分布する植物をリストアップすることです。1種類につき最低6セットの採取を目標としていますが、これは世界6箇所の研究機関に配布して、広く世界中の研究者たちに利用してもらうためです。もちろん、必ずしも6セット揃うとは限りませんが。
調査はチームで行われ、それぞれが専門分野を持っています。とはいえ、自分の専門分野外についても採取する必要があります。ちなみに、著者はシロイヌナズナを実験材料としていますが、ヒマラヤ地域にも分類的に近い固有種が分布しています。国内にはほとんど標本が存在しないため、著者は標本を必要としているのです。また、今回は標本だけではなく生きた植物を採取して持ち帰り、種子をとることを目指しています。
流石にヒマラヤ地域ですから、標高も高く環境は厳しいものです。著者も高山病で常に頭痛に見舞われながら採取をこなしていきます。ポーターがいるとは言え、野営地では標本を作るために採取した植物を乾燥させたりと、中々忙しい道中です。標高が上がれば高山病、下がれば蛭だらけと楽は出来ないのです。
さて、中々このような学術調査の道中については語られませんから、大変興味深く読みました。というのも、このようなフィールドワークは道中に様々な出来事があったはずですが、そのような細々したことは論文には書かれません。研究に関係ないことは記載しないのは当たり前のルールです。今回は採取が目的ですから論文は書かれないかもしれませんが、国から研究費が出ていますから報告書の提出が必要です。しかし、この場合の報告書は論文よりさらに簡潔な無味乾燥な代物です。著者が見たもの感じたことは論文には示されません。このような本は大好物なので、見かけたら必ず入手するようにしていますが、大きな出版社ではなく有名なものではないため中々難しいものです。1960~1980年くらいには、この手の本はよく出ていたのですが、最近はあまりないみたいです。昔は海外調査自体が稀で、海外旅行も今より少なかった時代の読者も、見知らぬ海外に興味が高かったのかもしれません。現代人は海外旅行は当たり前な上、ネットの膨大な情報で、感覚的に秘境など無いに等しいのかもしれません。個人的には寂しくもあるのです。
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表紙はいわゆるヒマラヤの青いケシです。この調査は、ネパール・ヒマラヤのガネッシュヒマールで行われました。ガネッシュヒマールは王政時代は入山禁止だった秘境中の秘境で、ほとんど調査が及んでいない地域です。調査の目的はガネッシュヒマールに分布する植物をリストアップすることです。1種類につき最低6セットの採取を目標としていますが、これは世界6箇所の研究機関に配布して、広く世界中の研究者たちに利用してもらうためです。もちろん、必ずしも6セット揃うとは限りませんが。
調査はチームで行われ、それぞれが専門分野を持っています。とはいえ、自分の専門分野外についても採取する必要があります。ちなみに、著者はシロイヌナズナを実験材料としていますが、ヒマラヤ地域にも分類的に近い固有種が分布しています。国内にはほとんど標本が存在しないため、著者は標本を必要としているのです。また、今回は標本だけではなく生きた植物を採取して持ち帰り、種子をとることを目指しています。
流石にヒマラヤ地域ですから、標高も高く環境は厳しいものです。著者も高山病で常に頭痛に見舞われながら採取をこなしていきます。ポーターがいるとは言え、野営地では標本を作るために採取した植物を乾燥させたりと、中々忙しい道中です。標高が上がれば高山病、下がれば蛭だらけと楽は出来ないのです。
さて、中々このような学術調査の道中については語られませんから、大変興味深く読みました。というのも、このようなフィールドワークは道中に様々な出来事があったはずですが、そのような細々したことは論文には書かれません。研究に関係ないことは記載しないのは当たり前のルールです。今回は採取が目的ですから論文は書かれないかもしれませんが、国から研究費が出ていますから報告書の提出が必要です。しかし、この場合の報告書は論文よりさらに簡潔な無味乾燥な代物です。著者が見たもの感じたことは論文には示されません。このような本は大好物なので、見かけたら必ず入手するようにしていますが、大きな出版社ではなく有名なものではないため中々難しいものです。1960~1980年くらいには、この手の本はよく出ていたのですが、最近はあまりないみたいです。昔は海外調査自体が稀で、海外旅行も今より少なかった時代の読者も、見知らぬ海外に興味が高かったのかもしれません。現代人は海外旅行は当たり前な上、ネットの膨大な情報で、感覚的に秘境など無いに等しいのかもしれません。個人的には寂しくもあるのです。
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