植物の葉の形は様々です。当たり前のように思われるかもしれませんが、生存に適した形や大きさというものがあるならば、似たような葉ばかりになるのではないのでしょうか? この葉の多様性は大変興味深い分野で、日本では植物学者の塚谷裕一さんが何冊か本を出しています。本日は日本植物生理学会が監修する2008年に刊行された『進化し続ける植物たち』(化学同人)という本から、塚谷裕一さんの論考、「植物の柔軟性はどのように進化してきたのか」をご紹介します。

屋久島は多くの植物が本土とは異なります。構成は同じなのですが、全体的に小型で大抵は本土に生える植物の変種扱いとされています。塚谷さんは屋久島の小型の植物は渓流植物ではないかと考えました。渓流植物は文字通り渓流に生える植物で、水の増減が激しい渓流ではふいに強い水流を受けやすい環境です。ですから、渓流植物は小型になる傾向があるのです。
例えば、屋久島原産のヒメツルアリドオシという植物は、日本各地に見られるアリドオシの変種とされます。ヒメツルアリドオシはまるでアリドオシのミニチュア版のような大変小さな植物ですが、ただ小さいから変種とするのは大げさではないかと塚谷さんは考えたようです。そこで、日本中のアリドオシを集めて葉の縦の長さと横幅を測定してみました。すると、日本各地のアリドオシは様々なサイズの葉を持ちますが、葉の縦の長さと横幅の比率はほぼ同じでした。縦軸に葉の長さ、横軸に葉の幅を表したグラフを書いてみると、綺麗な直線となるのです。驚くべきことに、ヒメツルアリドオシはその直線の一部で連続しており、確かに小さいもののアリドオシとの境は見つかりませんでした。ヒメツルアリドオシの葉を顕微鏡で見てみると、葉のサイズは異なるのにアリドオシとまったく区別はつきませんでした。つまり、細胞のサイズが小さくなるわけではなく、細胞数を減らしてミニチュアの同じ形を作っているのです。
次に金華山(宮城県)ではオオバコが小さな葉をつけ、しかもそれは鹿が食べるからだという話を聞き、調査に向かいました。実際に金華山で植物は小型化したり、匂いがきつくなったり、トゲが長くなったりと鹿に対する防衛策が発達しています。ちなみに、小さくなることがなぜ防衛策となるのかと言うと、鹿は地面に鼻を着けて草を食べないので背の低い草は食べられにくいということです。
さて、金華山には自然のブナ林がありますが、鹿が苗を食害してしまうため、新しい木がまったく育ちません。実は金華山にはもともと鹿はいなかったのですが、金華山に神社を建てた時に人為的に鹿を放したということです。鹿に苗を食べられてしまうため、ブナは古木ばりで若い木でも樹齢500年ということです。しかし、よく考えたら鹿が放たれたのは、500年前くらいだったのかもしれません。この樹齢500年の「若い樹」は鹿に食べられずに育ったからです。
ここで、面白いことに気がつきます。鹿が放たれてからたった500年ほどしか経っていないのに、植物は防衛策をこれだけ発達させているのです。進化は急激に進んだことが分かります(※1)。
(※1)直ぐに思い付く疑問として、なぜブナは食べられる一方で食べられないように進化しないのか?、他の植物が出来ているならばおかしいのではないか? というものです。私も最初、そう思いました。しかし、ブナは種子が発芽してから、その個体が生長して実をつけるまでの時間が長すぎるのではないでしょうか。発芽してから1年以内に種子をつける一年草とは条件が異なり、世代交代が遅く進化速度も緩やかなはずです。そして、そもそも実生が食べられてしまうため、次世代が育たないので進化しようがありません。ブナは倒木更新が一般的ですから、発芽して育つ苗自体の数も少ないので、鹿害を受けやすいのではないでしょうか。
これらは非常に希なケースかと思いきや、実は鹿のいる宮島(広場県沖)でもオオバコなどの植物が小さいというのです。島+鹿は植物の葉を小さくするのでしょうか? 。さっそく、全国の島を調査しましたが、必ずしも島+鹿で葉が小さくなる訳ではないようです。ある程度の大きさのある島じゃないと植物の小型化は起きないようです。どうやら、島が小さすぎると鹿が植物を食べ尽くしてしまい、植物が進化する前に全滅するということが分かりました。
さて、実は鹿だけではなく、古い神社仏閣に生えるオオバコなども小型化するということが知られているそうで、これを神社仏閣型と呼んでいるそうです。これは鹿ではなく、神社仏閣の境内など敷地内はよく整備されており、雑草が抜かれる傾向が強いからかもしれません。古くは江戸時代の書物にもその旨が書かれており、由緒正しい神社仏閣ほど小型化するとされていたようです。つまり、由緒正しいということは、その神社仏閣が古くからあるということでもあります。それだけ長い年月、植物に淘汰圧がかかっていたということのでしょう。ちなみに、古い神社仏閣は数百年の歴史があり、金華山の約500年と年月的に似ていますね。
オオバコは日本中に分布しますが、やはり屋久島のオオバコは小型でヤクシマオオバコとされています。しかし、やはり小型の宮島のオオバコもヤクシマオオバコではないかという考え方もあるのだそうです。しかし、日本中のオオバコを集めて遺伝子を調べたところ、意外なことが分かりました。大型のオオバコ、小型のオオバコがそれぞれ分布を広げたのではなく、小型化はあちこちでその都度起こっていたのです。様々な実例を見てきた私たちには特に意外な話ではありませんが、これまでの一般的な考え方を覆したのです。
葉の大きさは思ったよりも可変で、環境に合わせて柔軟に変わってしまうことが分かりました。しかも、それがせいぜい数百年で起こることも驚きです。植物は単純に大きさの大小で別種や変種に分類されたりしますが、もしかしたらそれらは誤りである可能性もあります。まあ、大きさに限らず、例えば日本の南北に分布する植物では、南限と北限の植物は驚くほど異なっていたりしますが、実際には南北の中間地点はグラデーションのように特徴が移り変わり、どこかで区切ることが出来ないこともあります。そもそも種とは何かとは大変な難問ですが、これらの知見を踏まえるとさらにややこしいことになり、恐ろしく曖昧なものになってしまうかもしれません。
さて、実は塚谷さんの本領はこれからで、葉のサイズに関わる遺伝子を解析しています。大変興味深い話ではありますが、またの機会とします。塚谷さんの著作は何冊か手元にありますから、またそのうちご紹介出来ればと考えております。
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屋久島は多くの植物が本土とは異なります。構成は同じなのですが、全体的に小型で大抵は本土に生える植物の変種扱いとされています。塚谷さんは屋久島の小型の植物は渓流植物ではないかと考えました。渓流植物は文字通り渓流に生える植物で、水の増減が激しい渓流ではふいに強い水流を受けやすい環境です。ですから、渓流植物は小型になる傾向があるのです。
例えば、屋久島原産のヒメツルアリドオシという植物は、日本各地に見られるアリドオシの変種とされます。ヒメツルアリドオシはまるでアリドオシのミニチュア版のような大変小さな植物ですが、ただ小さいから変種とするのは大げさではないかと塚谷さんは考えたようです。そこで、日本中のアリドオシを集めて葉の縦の長さと横幅を測定してみました。すると、日本各地のアリドオシは様々なサイズの葉を持ちますが、葉の縦の長さと横幅の比率はほぼ同じでした。縦軸に葉の長さ、横軸に葉の幅を表したグラフを書いてみると、綺麗な直線となるのです。驚くべきことに、ヒメツルアリドオシはその直線の一部で連続しており、確かに小さいもののアリドオシとの境は見つかりませんでした。ヒメツルアリドオシの葉を顕微鏡で見てみると、葉のサイズは異なるのにアリドオシとまったく区別はつきませんでした。つまり、細胞のサイズが小さくなるわけではなく、細胞数を減らしてミニチュアの同じ形を作っているのです。
次に金華山(宮城県)ではオオバコが小さな葉をつけ、しかもそれは鹿が食べるからだという話を聞き、調査に向かいました。実際に金華山で植物は小型化したり、匂いがきつくなったり、トゲが長くなったりと鹿に対する防衛策が発達しています。ちなみに、小さくなることがなぜ防衛策となるのかと言うと、鹿は地面に鼻を着けて草を食べないので背の低い草は食べられにくいということです。
さて、金華山には自然のブナ林がありますが、鹿が苗を食害してしまうため、新しい木がまったく育ちません。実は金華山にはもともと鹿はいなかったのですが、金華山に神社を建てた時に人為的に鹿を放したということです。鹿に苗を食べられてしまうため、ブナは古木ばりで若い木でも樹齢500年ということです。しかし、よく考えたら鹿が放たれたのは、500年前くらいだったのかもしれません。この樹齢500年の「若い樹」は鹿に食べられずに育ったからです。
ここで、面白いことに気がつきます。鹿が放たれてからたった500年ほどしか経っていないのに、植物は防衛策をこれだけ発達させているのです。進化は急激に進んだことが分かります(※1)。
(※1)直ぐに思い付く疑問として、なぜブナは食べられる一方で食べられないように進化しないのか?、他の植物が出来ているならばおかしいのではないか? というものです。私も最初、そう思いました。しかし、ブナは種子が発芽してから、その個体が生長して実をつけるまでの時間が長すぎるのではないでしょうか。発芽してから1年以内に種子をつける一年草とは条件が異なり、世代交代が遅く進化速度も緩やかなはずです。そして、そもそも実生が食べられてしまうため、次世代が育たないので進化しようがありません。ブナは倒木更新が一般的ですから、発芽して育つ苗自体の数も少ないので、鹿害を受けやすいのではないでしょうか。
これらは非常に希なケースかと思いきや、実は鹿のいる宮島(広場県沖)でもオオバコなどの植物が小さいというのです。島+鹿は植物の葉を小さくするのでしょうか? 。さっそく、全国の島を調査しましたが、必ずしも島+鹿で葉が小さくなる訳ではないようです。ある程度の大きさのある島じゃないと植物の小型化は起きないようです。どうやら、島が小さすぎると鹿が植物を食べ尽くしてしまい、植物が進化する前に全滅するということが分かりました。
さて、実は鹿だけではなく、古い神社仏閣に生えるオオバコなども小型化するということが知られているそうで、これを神社仏閣型と呼んでいるそうです。これは鹿ではなく、神社仏閣の境内など敷地内はよく整備されており、雑草が抜かれる傾向が強いからかもしれません。古くは江戸時代の書物にもその旨が書かれており、由緒正しい神社仏閣ほど小型化するとされていたようです。つまり、由緒正しいということは、その神社仏閣が古くからあるということでもあります。それだけ長い年月、植物に淘汰圧がかかっていたということのでしょう。ちなみに、古い神社仏閣は数百年の歴史があり、金華山の約500年と年月的に似ていますね。
オオバコは日本中に分布しますが、やはり屋久島のオオバコは小型でヤクシマオオバコとされています。しかし、やはり小型の宮島のオオバコもヤクシマオオバコではないかという考え方もあるのだそうです。しかし、日本中のオオバコを集めて遺伝子を調べたところ、意外なことが分かりました。大型のオオバコ、小型のオオバコがそれぞれ分布を広げたのではなく、小型化はあちこちでその都度起こっていたのです。様々な実例を見てきた私たちには特に意外な話ではありませんが、これまでの一般的な考え方を覆したのです。
葉の大きさは思ったよりも可変で、環境に合わせて柔軟に変わってしまうことが分かりました。しかも、それがせいぜい数百年で起こることも驚きです。植物は単純に大きさの大小で別種や変種に分類されたりしますが、もしかしたらそれらは誤りである可能性もあります。まあ、大きさに限らず、例えば日本の南北に分布する植物では、南限と北限の植物は驚くほど異なっていたりしますが、実際には南北の中間地点はグラデーションのように特徴が移り変わり、どこかで区切ることが出来ないこともあります。そもそも種とは何かとは大変な難問ですが、これらの知見を踏まえるとさらにややこしいことになり、恐ろしく曖昧なものになってしまうかもしれません。
さて、実は塚谷さんの本領はこれからで、葉のサイズに関わる遺伝子を解析しています。大変興味深い話ではありますが、またの機会とします。塚谷さんの著作は何冊か手元にありますから、またそのうちご紹介出来ればと考えております。
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