植物の根というのは様々で、普段は隠れて見えませんが、植え替えをすると近縁な植物でも根の雰囲気が異なることもあります。しかし、根は隠れて見えないだけに、病害虫が気付かないうちに蔓延ってしまうこともあります。本日はそんな根の異常の1つである根コブ病についての話です。
植物の根にコブが出来る原因は様々です。コブがあったとしても必ずしも病気ではなく、マメ科植物やソテツの根粒だったり植物にとって有用なものもあります。しかし、基本的には根にコブが出来ると植物は極端に生育が悪化するか、枯れてしまいます。コブの原因は多くの場合はネコブカビかネコブセンチュウです。このうち、ネコブカビは主にアブラナ科植物に発生します。アブラナ科植物には、キャベツや白菜、大根、カブ、チンゲン菜、漬け菜類(小松菜、水菜、野沢菜など)があり、ネコブカビの発生は野菜の価格上昇につながり我々の生活に直結します。
本日はそんなネコブカビによる被害を防ぐためにはどうしたら良いのかを解説した『根こぶ病 土壌病害から見直す土づくり』(農文協, 2006)をご紹介します。
ネコブカビは名前の通りカビの仲間、つまりは菌類です。根にコブが出来ると、カビの菌糸が根の中で育ち、大量の胞子が作られ土壌中にばらまかれます。この胞子で増える性質は実に厄介です。なぜなら、カビの胞子には殺菌剤が効かないからです。活発に生長している菌糸には殺菌剤は効果的ですが、活動を休止し休眠状態の胞子には意味がありません。今までは根コブ病が発生すると土壌を殺菌剤で燻蒸していましたが、この対処法方ではカビの胞子を殺すことは出来ないのです。基本的に畑に何も植えていない時に殺菌しますから、効果のある菌糸は存在しない状態です。しかし、この土壌燻蒸はある程度の効果があるのも事実です。詳しい調べると殺菌剤が胞子の発芽を抑制していることが分かりました。しかし、広い畑の全面を燻蒸するのは多額の費用と手間がかかります。しかも、一度やれば終わりではなく、胞子は生きているので効果が切れる前に繰り返し燻蒸する必要があります。我々消費者から見ても、殺菌剤漬けの畑で作られた野菜はあまり食べたくありませんよね。
一般的にカビは酸性を好みますが、日本の土壌は酸性に成りやすい条件が揃っています。まず、雨が多く土中のカルシウムが溶けて流出しやすく、そもそも河川水が軟水で弱酸性です。さらに、畑では作物を連作しますから、どんどん酸性側に片寄っていきます。作物を植える前に石灰を撒きますが、それは一時的に中和されるだけで直ぐに酸性に戻ってしまい根本的な解決にはなりません。では、次に実験的にネコブカビの胞子を含むアルカリ性土壌で白菜を育ててみると、なんと白菜の根にネコブカビが感性していることが分かりました。では、アルカリ性にしても意味がないのかと思いきや、不思議といつまで観察しても根にコブは出来ません。さらに不思議なことに、土壌中のネコブカビの胞子が減少していることが分かったのです。これは、一体どういうことなのでしょうか? それは、土壌をアルカリ性にしてもネコブカビの胞子は死にませんし普通に発芽し感染しますが、感染しても菌糸は生長出来ず胞子を作ることが出来なくなるようです。しかも、どうやら土壌中の胞子はアブラナ科植物の根に触れると発芽します。ですから、アルカリ性土壌で育つ白菜の根に対しても胞子が次々と発芽してしまうため、土壌中の胞子も減っていくのです。
このアブラナ科植物の根に触れると発芽するネコブカビの胞子の性質を利用して、胞子を減らす方法も考案されています。実はアブラナ科植物の中で大根だけはネコブカビに感染しないことが確認されています。何故かは不明ですが、大根に含まれる辛味成分のおかげではないかとは言われています。大根を植えるとネコブカビの胞子は次々と発芽しますが、感染出来ずに死んでしまいます。ネコブカビは寄生カビですから、休眠に特化した胞子形態でないと土壌中で生きることが出来ないのです。ですから、大根と他のアブラナ科植物を交互に育てると、ネコブカビの被害を最小限に押さえることが出来るのです。
しかし、大根を植えることは対策のひとつであり、被害を減らすための工夫で、根本的な解決策ではありません。ではどうしたら良いのかと言えば、土壌をアルカリ性にしたらいいだけです。しかし、石灰を撒いても一時的なもので、土壌はアルカリ性にはなりません。大量に石灰を撒いても雨の多い日本では、直ぐに流出してしまいます。さらに言うと、ただの石灰を土壌がアルカリ性になるまで撒くと、マンガンやホウ素などの微量元素が不溶化してしまい作物が吸収出来なくなります。特にアブラナ科植物はホウ素要求性が高いので、過剰な石灰の使用は控えなければなりません。
そこで注目される資材が転炉スラグです。スラグとは鉱滓のことで、鉱石の精製過程で出てくる鉱石の滓のことです。転炉スラグの場合は、鉄鉱石を精製する際の残り滓です。その転炉スラグの主成分はケイ酸カルシウムです。畑に撒くとまずは微量に含まれる生石灰により土壌はアルカリ性となりますが、やがてケイ酸カルシウムがじわじわ溶けてアルカリ性を保ち続けます。最初に十分量を撒いておけば、効果は10年以上保たれることが確認されています。転炉スラグはマグネシウム、マンガン、ホウ素、モリブデンなどの微量元素が豊富で、しかも雨が降っても溶けだして流出しません。植物の根からは酸が出て根の周囲の鉱物を溶かして養分とする働きがありますが、転炉スラグに含まれる微量元素は「く溶性」(クエン酸に溶ける性質)であるため、植物が出す酸により少しずつ溶けて長期間吸収出来るのです。
土壌がアルカリ性だとネコブカビの胞子は発芽するものの育ちませんから、連作するほど根にコブが出来にくくなります。なぜなら、作物を植えれば植えるほど胞子が発芽して死にますから、年々土壌中の胞子が減っていくからです。ただし、転炉スラグにはマグネシウムがカルシウム分に比べて少ないため、マグネシウム不足になりがちですから水酸化マグネシウムを撒く必要があります。また、ジャガイモは土壌がアルカリ性だとジャガイモそうか病になりやすいため、育てることは難しくなります。
現在、戦火に見舞われているウクライナは豊かな土壌を持つ穀倉地帯として有名で、かつての旧ソ連の食を支えたことでも知られています。ウクライナには非常に豊かな黒土がありますが、不思議とネコブカビが発生しません。この謎は土壌がアルカリ性でかつマグネシウムなどの微量元素が豊富であるためです。
そういえば、鉱滓なので残存する重金属が心配される向きもかもしれませんが、炉は約1700℃の高温ですから水銀や砒素、カドミウムなどの重金属は蒸発しており、安全性は確認されている資材です。
根にコブが出来るのはネコブカビだけではなく、ネコブセンチュウが原因の場合もありますが、そちらはまた別の対策が必要となります。そのうち記事にします。
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植物の根にコブが出来る原因は様々です。コブがあったとしても必ずしも病気ではなく、マメ科植物やソテツの根粒だったり植物にとって有用なものもあります。しかし、基本的には根にコブが出来ると植物は極端に生育が悪化するか、枯れてしまいます。コブの原因は多くの場合はネコブカビかネコブセンチュウです。このうち、ネコブカビは主にアブラナ科植物に発生します。アブラナ科植物には、キャベツや白菜、大根、カブ、チンゲン菜、漬け菜類(小松菜、水菜、野沢菜など)があり、ネコブカビの発生は野菜の価格上昇につながり我々の生活に直結します。
本日はそんなネコブカビによる被害を防ぐためにはどうしたら良いのかを解説した『根こぶ病 土壌病害から見直す土づくり』(農文協, 2006)をご紹介します。
ネコブカビは名前の通りカビの仲間、つまりは菌類です。根にコブが出来ると、カビの菌糸が根の中で育ち、大量の胞子が作られ土壌中にばらまかれます。この胞子で増える性質は実に厄介です。なぜなら、カビの胞子には殺菌剤が効かないからです。活発に生長している菌糸には殺菌剤は効果的ですが、活動を休止し休眠状態の胞子には意味がありません。今までは根コブ病が発生すると土壌を殺菌剤で燻蒸していましたが、この対処法方ではカビの胞子を殺すことは出来ないのです。基本的に畑に何も植えていない時に殺菌しますから、効果のある菌糸は存在しない状態です。しかし、この土壌燻蒸はある程度の効果があるのも事実です。詳しい調べると殺菌剤が胞子の発芽を抑制していることが分かりました。しかし、広い畑の全面を燻蒸するのは多額の費用と手間がかかります。しかも、一度やれば終わりではなく、胞子は生きているので効果が切れる前に繰り返し燻蒸する必要があります。我々消費者から見ても、殺菌剤漬けの畑で作られた野菜はあまり食べたくありませんよね。
一般的にカビは酸性を好みますが、日本の土壌は酸性に成りやすい条件が揃っています。まず、雨が多く土中のカルシウムが溶けて流出しやすく、そもそも河川水が軟水で弱酸性です。さらに、畑では作物を連作しますから、どんどん酸性側に片寄っていきます。作物を植える前に石灰を撒きますが、それは一時的に中和されるだけで直ぐに酸性に戻ってしまい根本的な解決にはなりません。では、次に実験的にネコブカビの胞子を含むアルカリ性土壌で白菜を育ててみると、なんと白菜の根にネコブカビが感性していることが分かりました。では、アルカリ性にしても意味がないのかと思いきや、不思議といつまで観察しても根にコブは出来ません。さらに不思議なことに、土壌中のネコブカビの胞子が減少していることが分かったのです。これは、一体どういうことなのでしょうか? それは、土壌をアルカリ性にしてもネコブカビの胞子は死にませんし普通に発芽し感染しますが、感染しても菌糸は生長出来ず胞子を作ることが出来なくなるようです。しかも、どうやら土壌中の胞子はアブラナ科植物の根に触れると発芽します。ですから、アルカリ性土壌で育つ白菜の根に対しても胞子が次々と発芽してしまうため、土壌中の胞子も減っていくのです。
このアブラナ科植物の根に触れると発芽するネコブカビの胞子の性質を利用して、胞子を減らす方法も考案されています。実はアブラナ科植物の中で大根だけはネコブカビに感染しないことが確認されています。何故かは不明ですが、大根に含まれる辛味成分のおかげではないかとは言われています。大根を植えるとネコブカビの胞子は次々と発芽しますが、感染出来ずに死んでしまいます。ネコブカビは寄生カビですから、休眠に特化した胞子形態でないと土壌中で生きることが出来ないのです。ですから、大根と他のアブラナ科植物を交互に育てると、ネコブカビの被害を最小限に押さえることが出来るのです。
しかし、大根を植えることは対策のひとつであり、被害を減らすための工夫で、根本的な解決策ではありません。ではどうしたら良いのかと言えば、土壌をアルカリ性にしたらいいだけです。しかし、石灰を撒いても一時的なもので、土壌はアルカリ性にはなりません。大量に石灰を撒いても雨の多い日本では、直ぐに流出してしまいます。さらに言うと、ただの石灰を土壌がアルカリ性になるまで撒くと、マンガンやホウ素などの微量元素が不溶化してしまい作物が吸収出来なくなります。特にアブラナ科植物はホウ素要求性が高いので、過剰な石灰の使用は控えなければなりません。
そこで注目される資材が転炉スラグです。スラグとは鉱滓のことで、鉱石の精製過程で出てくる鉱石の滓のことです。転炉スラグの場合は、鉄鉱石を精製する際の残り滓です。その転炉スラグの主成分はケイ酸カルシウムです。畑に撒くとまずは微量に含まれる生石灰により土壌はアルカリ性となりますが、やがてケイ酸カルシウムがじわじわ溶けてアルカリ性を保ち続けます。最初に十分量を撒いておけば、効果は10年以上保たれることが確認されています。転炉スラグはマグネシウム、マンガン、ホウ素、モリブデンなどの微量元素が豊富で、しかも雨が降っても溶けだして流出しません。植物の根からは酸が出て根の周囲の鉱物を溶かして養分とする働きがありますが、転炉スラグに含まれる微量元素は「く溶性」(クエン酸に溶ける性質)であるため、植物が出す酸により少しずつ溶けて長期間吸収出来るのです。
土壌がアルカリ性だとネコブカビの胞子は発芽するものの育ちませんから、連作するほど根にコブが出来にくくなります。なぜなら、作物を植えれば植えるほど胞子が発芽して死にますから、年々土壌中の胞子が減っていくからです。ただし、転炉スラグにはマグネシウムがカルシウム分に比べて少ないため、マグネシウム不足になりがちですから水酸化マグネシウムを撒く必要があります。また、ジャガイモは土壌がアルカリ性だとジャガイモそうか病になりやすいため、育てることは難しくなります。
現在、戦火に見舞われているウクライナは豊かな土壌を持つ穀倉地帯として有名で、かつての旧ソ連の食を支えたことでも知られています。ウクライナには非常に豊かな黒土がありますが、不思議とネコブカビが発生しません。この謎は土壌がアルカリ性でかつマグネシウムなどの微量元素が豊富であるためです。
そういえば、鉱滓なので残存する重金属が心配される向きもかもしれませんが、炉は約1700℃の高温ですから水銀や砒素、カドミウムなどの重金属は蒸発しており、安全性は確認されている資材です。
根にコブが出来るのはネコブカビだけではなく、ネコブセンチュウが原因の場合もありますが、そちらはまた別の対策が必要となります。そのうち記事にします。
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