私はユーフォルビア好きで、まあそのほとんどが普及種ですが育てています。ただ、ユーフォルビアには毒があり、扱いには多少なりとも気を付ける必要があります。しかし、やはり毒があるパキポディウムについては、なぜか語られることはありません。パキポディウムに毒? と思った方もおられるかも知れませんが、パキポディウムはキョウチクトウの仲間ですから、毒があることは意外とまではいかないのです。ただし、パキポディウムは別に毒が滲み出ているわけではありませんから、葉を毟って食べたりしない限りは特に害はありません。
日本ではパキポディウムと言ったらマダガスカル原産種が圧倒的で、P. rorulatum系(gracilius, cactipesなど)やP. brevicaule、P. horombense、P. densiflorum、P. windsoliiが主流です。これらのマダガスカル原産種は枝を剪定することは基本的にありませんから、毒があったとしてもそれほど注意が必要なわけでもありません。また、アフリカ大陸原産種のP. bispinosumやP. succulentumあたりは枝を剪定しながら育てますが、ユーフォルビアのように、切り口から乳液があふれ出るわけでもないため、それほど神経質にならなくても問題なさそうです。

パキポディウムの毒に関する論文
さて、そんな毒があるパキポディウムですが、どのような毒かは私も知りませんでした。しかし、調べてみるとパキポディウムの毒性について調べた論文を見つけました。それは、Anurag A. Agrawal, Aliya Ali, M. Daisy Johnson, Amy P. Hastings, Dylan Burge & Marjorie G. Weberの2017年の論文、『Toxicity of the spiny thick-foot Pachypodium』です。
この論文は意外性のある内容で、面白い試験をしています。というのも、例えば毒性のある乳液を出すユーフォルビアについて調べると、乳液の成分を分析した化学式や構造式が淡々と並ぶ論文が沢山あります。当然ながらこれらは科学的には重要で意味があるのでしょうけど、私には妙に味気無く感じてしまいます。それらに比べると、この論文はパキポディウムの種類によって毒性の強さに違いがあるのかとか、葉を食べるイモムシに対する毒性を見たりと中々変わったことをしています。というわけで、早速内容に移りましょう。

強心配糖体
ここで最初に用語の説明をします。パキポディウムの毒性を調べるために使用しているのがNa+/K+-ATPaseという酵素に対する反応です。このNa+/K+-ATPaseは、細胞の内外のナトリウムとカリウムの濃度を調整している酵素です。基本的に動物の細胞内にはカリウムが多く、細胞外の血液などにはナトリウムが多くなっています。この濃度の違い(濃度勾配)により、細胞外から細胞内へ、あるいは細胞内から細胞外への物質の輸送が行われます。つまり、このNa+/K+-ATPaseの働きを阻害してしまうことにより、動物に対して毒性が出るのです。具体的には強心配糖体と言って心臓にダメージが来る危険な毒です。

試験① パキポディウムの種類と毒の強さ
さて、このNa+/K+-ATPase(豚由来)に対する阻害を試験した結果、その毒性を5段階評価しています。この場合は数字が大きいほど、毒性が高いことになります。並びは遺伝子解析によるものです。

            ┏P. namaquanum
        ┏┫
        ┃┗P. bispinosum
    ┏┫ 
    ┃┃┏P. lealii
    ┃┗┫
    ┃    ┗P. saundersii
┏┫
┃┃    ┏P. ambongensis
┃┃┏┫
┃┃┃┃┏P. lamerei
┃┃┃┗┫
┃┗┫    ┗P. geayi
┃    ┃
┃    ┃┏P. rutenbergianum
┫    ┗┫
┃        ┗P. decaryi

┃    ┏P. windsorii
┃┏┫
┃┃┗P. baronii
┃┃
┗┫┏P. rosulatum 
    ┃┃       
ssp. rosulatum
    ┃┃        ┏P. inopinatum
    ┗┫    ┏┫
        ┃    ┃┗P. rosulatum ssp. bicolor
        ┃┏┫
        ┃┃┃┏P. horombense
        ┃┃┗┫
        ┗┫    ┃┏P. eburneum
            ┃    ┗┫
            ┃        ┗P. densiflorum
            ┃
            ┗P. rosulatum ssp. cactipes

以上の結果は中々面白いものです。上の4種類、P.namaquanum、P. bispinosum、P. lealii、P. saundersiiはアフリカ大陸の原産で毒性は高い傾向があります。次の5種類はマダガスカル島原産ですが、背が高くなるものが多くアフリカ大陸原産種に近縁です。これらはやはり毒性は高い傾向があります。赤い花を咲かせるP. baroniiとP. windsoriiは毒性が高い傾向があります。下の7種類はマダガスカル島原産で、背が低く幹が太ります。興味深いのは、分岐の根元に近いロスラツムやカクチペスは毒性が弱いのに、分岐先の1つであるイノピナツムは毒性が高まっていることです。一度弱毒となり再び強毒に進化するという奇妙なものですが、このような進化を誘うような要因が何かあるのでしょうか?

試験② オオカバマダラの幼虫の生長を阻害するか?
次に、オオカバマダラの幼虫にパキポディウムの葉の抽出物を食べさせる試験です。なんでこんなことをするのかを説明する前に、まずは背景をお話しましょう。
オオカバマダラは渡り鳥ならぬ渡りをする蝶として有名です。しかも、このオオカバマダラには毒があり、鳥ですら襲わない毒鳥です。オオカバマダラの幼虫は毒のあるトウワタ(Asclepias)の葉を食べて育ちます。そのため、オオカバマダラの体にはトウワタ由来の毒が蓄積しており、その毒でオオカバマダラは身を守っているのです。しかし、よく考えれば、オオカバマダラに毒があるのは、オオカバマダラにはトウワタの毒が効かないからでしょう。実はこのトウワタの毒はパキポディウムと同じくNa+/K+-ATPaseを阻害する強心配糖体です。もしかしたら、オオカバマダラにはパキポディウムの毒は効かないかもしれないのです。

結果として、オオカバマダラの幼虫はパキポディウムの葉(実際にはトウワタの葉に塗ったパキポディウムの葉の抽出物)を食べた量が多いほど、生長が阻害されることがわかりました。オオカバマダラにパキポディウムの毒が効いているように思えます。

試験③ オオカバマダラの酵素を阻害するか?
では、実際にどの程度、毒が効いているのか見てみましょう。最初の試験では使用したNa+/K+-ATPaseは豚由来でした。しかし、同時にオオカバマダラのNa+/K+-ATPaseの働きを阻害するのかも試験したのです。

さて、結果ですが、なんとオオカバマダラの
Na+/K+-ATPaseは、豚由来のNa+/K+-ATPaseと比べると約100倍もトウワタの毒に対して耐性があることがわかりました。オオカバマダラは酵素からしてトウワタの毒が効かなくなっているのです。では、パキポディウムの毒ではどうかというと、オオカバマダラのNa+/K+-ATPaseも豚由来のNa+/K+-ATPaseも、効果に差がありませんでした。つまりは、オオカバマダラはパキポディウムの毒には耐性がないということになります。

最後に
読めばお分かりのように、同じ強心配糖体とはいえ、トウワタとパキポディウムでは毒の成分は異なるのでしょう。とするなら、オオカバマダラにパキポディウムの毒が効くのは当たり前の話でしょう。一口にNa+/K+-ATPaseの働きを阻害すると言っても、どのように阻害するかは物質により異なる可能性が大です。さらに言えば、実際にパキポディウムの葉を食べるイモムシもいるということですから、一概にトウワタよりもパキポディウムの方が毒性が高いとも断言出来ません。パキポディウムの葉を食べるイモムシにトウワタの葉を食べさせたら、結構毒が効いてしまうかもしれません。
というように、非常に面白い研究ではありますが、結果ははっきりしないものでした。しかし、パキポディウムには強烈な毒性があることと、Na+/K+-ATPaseの阻害作用が明らかになりました。しかも、パキポディウムの種類により毒性も異なるのです。しかし、この差は何が原因でしょうか? 非常に気になります。


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