フロリダソテツあるいはフロリダザミアは名前の通りフロリダに分布するソテツです。一般的にはZamia floridanaの学名で苗が販売されています。しかし、現在のところ学術的に認められているフロリダソテツの学名はZamia integrifoliaです。これはイギリス王立植物園のデータベースを根拠としています。そして、私もことあるごとにそう主張してきました。ただし、そう言うのもイギリス王立植物園がそう主張しているからというだけではなく、ちゃんとその理由もあります。それは、国際命名規約にある、先に命名された学名を優先するという「先取権の原理」をもとにしています。
簡単に結論だけまとめると、Z. floridanaの命名よりZ. integrifoliaの命名の方が早いというだけの話です。しかし、このことについて過去に疑義が提出されていることに気が付きました。しかも、その疑義に対する回答を提案している論文まで見つけました。果たして、一体何が問題だったのでしょうか? また、それに対する回答案とはどのようなものだったのでしょうか?

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Zamia floridanaか?Zamia integrifoliaか?

先ずは、Z. integrifoliaに対する疑義を提出した2009年のDaniel B. Wardの論文、『ZAMIA FLORIDANA (ZAMIACEAE), THE CORRECT NAME OF THE FLORIDA CYCAD』を見てみましょう。

著者は主張するところによると、Zamia integrifoliaはZamia pumilaの同義語として引用されたため違法な学名であり、Zamia floridanaが正しい学名であるとしています。ことの経緯を説明しましょう。
論文では解説もされず詳細は不明ですが、ニュアンス的にどうやらZ. integrifoliaはZ. pumilaと混同されてきたようです。Stevensonの1987年、1991年の西インド諸島のソテツのレビューでは6種類が区別されており、Z. integrifoliaの学名を採用しているようです。また、Landryの1993年の論文でもZ. integrifoliaの学名をを採用し、Z. pumilaと区別しました。

ここからは、話が少しややこしくなるため、論文の内容に進む前にフロリダソテツの学名について少しまとめます。
フロリダソテツが初めて記載されたのは、1789年のことです。記載はWilliam Aitonによるものです。著者が主張するZ. floridanaは1868年にA. DeCandolleにより記載されました。命名には79年の差があります。

Zamia integrifolia L. f., 1789
Zamia floridana A. DC., 1868

Z. integrifoliaを命名したのは現在の学名のシステムを考案したCarl von Linneの息子のLinne filiusです。この"filius"は名前ではなくて息子という意味ですから、"Linne filius"は「リンネの息子」という意味です。実は親子で同じ名前なのでこのような表現となっています。

さて、論文の内容に戻ります。
どうやら著者はZ. integrifolia=Z. pumilaと捉えているようで、Linne filiusがZ. integrifoliaについて同義語であるZ. pumilaを引用している誤りを犯しているといいます。詳しい経過を追って見てみましょう。
1763年にCarl von LinneがZ. pumilaを命名しました。Linneはラテン語の"Spadix more fructus Cupressi divisus in floscules"という語句を付けました。ラテン語はわからないのですが、「小さく分割された肉質花序、ヒノキより大きい球果」という意味でしょうか?
一方、Linne filiusは父親とは独立してZamiaを研究したようです。Linne filiusはロンドンでWilliam Aitonと仕事をし、執筆の手伝いもしました。Z. integrifoliaが初めて公表されたAitonの1789年の出版「Iortus Kewemis」では、Zamiaの説明はLinne filiusによるものです。Linne filiusはZ. integlifoliaにラテン語で"foliolis subintegerrimis obtusiusciilis miidcis rectis nitidis, stipites inermi"と記しました。ここで重要なのは、"stipites inermi"=「除外された異名」です。Linne filiusはZ. pumilaのみを参照として引用し、これを「除外された異名」と述べました。この除外された異名という文言がフロリダソテツの命名に関する不確実性の起源であると著者は述べています。
著者はフロリダソテツの命名に関する質疑応答を、国際命名規約の特派員とメールでやり取りしました。このあたりのやり取りは、規約に関する話ですから、私にはよく理解できない部分もあります。 しかし、内容的には、Linne filiusの「除外された異名」というワードについての議論が重要なようです。

ここで、また一旦立ち止まってデータベースの資料を漁ってみます。Aitonの1789年の書籍でLinne filiusはZ. integlifolia、Z. furfuracea、Z. debilisを命名しましたが、これらはZ. pumilaから分離されたものかもしれません。ちなみに、この内Z. debilisは現在ではZ. pumilaの異名とされています。


論文の内容に戻ります。どうやら、Linne filiusはZ. pumilaに複数の種が含まれていると考えていたようです。そして、著者はZ. integlifoliaからZ. pumilaが完全に除外出来ていないと考えているようです。しかし、特派員は除外出来ていると捉えており、Z. integlifoliaを異名とすることに慎重な姿勢です。

以上が論文の簡単な要約となります。国際命名規約の特派員とのやりとりは、実際には規約を巡る長い応報や、Linneが実際に植物を見たどうかといった細かい話が長々と続きますが、詳細は割愛させていただきました。最後に著者は、Z. integlifoliaを廃した場合でも、Z. floridana以外の命名もされているため注意が必要であるとして締めています。

長くなりましたが、続いてDaniel B. Wardの主張に対する返答をお示ししましょう。2011年のDennis W. Stevenson & James L. Revealの『(2004) Proposal to conserve the name Zamia integrifolia (Cycadaceae) with conserved type』という論文です。

この論文はZ. integlifoliaからZ. pumilaが排除出来ていることを示しています。特にLinne filiusの「除外された異名」というワードに対して、これをZ. pumilaと分ける重要な情報と捉えているようです。しかし、著者はWardの意見を尊重し、解釈の検討を提案しています。ただし、著者はZ. integlifoliaが長く使用された一般的な名前であり、保存されるべきであると考えています。
もし、Z. integlifoliaが廃された場合、Z. floridanaではなく、Z. media、Z. tenuis、Z. dentataといった学名が優先される可能性があります。しかし、最も古く一般的に使用されるZ. integlifoliaという名前を保存する事により、命名法上の安定性が最大となるとしています。

さて、論文の内容は以上ですが、解説が必要でしょう。実はZ. floridanaの命名より前に幾つかの学名が提案されています。以下に示します。2本目の論文にも出てきたZ. mediaやZ. tenuisがあります。Encephalartos pruniferは関係なさそうですが、Z. integlifoliaと同じ植物に対して命名されているため、この学名も候補です。その場合、Zamia pruniferという名前に変更されます。現在命名されているZamiaの学名と被らなければ有効でしょう。
Zamia integrifolia L. f., 1789
Zamia media Jacq., 1798
Zamia tenuis Willd., 1806
Encephalartos prunifer Sweet, 1839
Zamia floridana A. DC., 1868
 
ちなみに、論文に出てきたZ. dentataは、現在ではZ. pumilaの異名とされているようです。ですから、Z. integlifoliaの代わりにはなりません。
Zamia pumila L., 1763
Zamia dentata Voigt, 1828


さて、現在の学名はどうなっているのかというと、イギリス王立植物園のデータベースでは、Z. floridanaではなくZ. integlifoliaが正式な学名とされています。しかし、注意が必要なのは、学名の後ろに"nom.cons."という表記があることです。
nom.cons.とはラテン語でnomen conservandumの略で、英訳するとconserved nameで、いわゆる保存名(保留名)のことです。保存名とは命名規約によると「広く使用される名前が先取権によりsynonym(異名)として処理されると学名が混乱する場合」に適応される名前です。この場合は、学名がZ. integlifoliaではなくZ. mediaやZ. tenuisとされた場合に混乱が生じかねないとの判断でしょう。

Z. integlifoliaはどうやら、海外でも園芸的にはZ. floridanaの名前で流通しており、それは日本でも同じです。おそらくは、輸入種子もZ. floridanaの名前で輸入されているのでしょう。論文でもZ. integlifoliaとZ. floridanaが混雑しており、好ましいとは言えない状況です。しかし、Z. integlifoliaには疑義があったとしても、Z. floridanaは「流通している名前である」こと以外に使用される必然性がありません。しかし、命名規約上は「先取権の原理」が優先事項ですから、Z. floridanaが今後、正式な学名として採用される可能性は基本的にないと言えます。


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