私のメイン多肉はユーフォルビアですから、やはりユーフォルビアばかり集めていますが、実はサボテンも少しずつ集めています。どうにも、ギムノカリキウムGymnocalyciumの扁平な連中がどうにも気になってしまうのです。とは言うものの、TOCのビッグバザール等のイベントにせよ園芸店にせよ、今やサボテンは少数派。今やエケベリアやコーデックス、アガヴェの天下です。ビッグバザールと言えど平べったいギムノカリキウムでは、やはり怪竜丸やバッテリーばかりで、それ以外には中々お目にかかる機会はありません。
そんな中、ルートを調べて園芸店を徒歩でハシゴするという、暇人特有のばかばかしい遊びをしていた時に、侘しい冬の園芸店のビニールハウスに"瑞昌丸"なる名札がついた謎のギムノカリキウムと出会ったのです。

ラベルには"瑞昌丸"とありましたが、まあ瑞昌玉でしょう。サイズはまだ小さいため、最終的なトゲの強さはまだわかりません。ネットで瑞昌玉を探すと、たまにこのタイプが見つかります。
購入時は非常に弱トゲでしたが、新トゲは明らかに強くなっています。トゲはイボにあまり張り付かず、あまり瑞昌玉らしくありません。ただし、トゲの色は根本が赤く先端が白い典型的な配色。
肌は濃い緑色で、一般的に強光線に弱いとされる色です。実際、購入時に日焼けしてしまい、我が家の環境に慣れるまで1年かかりました。

次に千葉のイベントでサボテン専門のブースがあり、典型的な瑞昌玉があったので購入しました。
トゲはあまり強くないのですが、太く短いトゲがイボに張り付くように生える典型的な瑞昌玉。ただし、トゲに赤みがないタイプ。肌は艶消し状で緑色は淡い。
学名の謎
さて、瑞昌玉の学名について一席ぶつつもりだったのですが、これが中々どうして難しいのです。そもそも、日本のギムノカリキウムの園芸名と学名がリンクしていないという問題があります。これはややこしいのですが、事の経緯を説明します。
ここでは、仮想のギムノカリキウムとしてAという学名があったとしましょう。このAは産地によりいくつものタイプがあったとしましょう。しかし、これは良くあることなのですが、それぞれのタイプの間の産地には中間的な特徴を持つ個体も存在します。この時に、ある1タイプが日本へ輸入されてきました。このタイプに瑞昌玉という園芸名がつけられました。大抵、Aのある特徴を見て"瑞昌玉"としますから、種子を採った時に園芸上好ましい特徴が出たものを選抜していきます。
しかし、現在地のAは必ずしも園芸上選抜された瑞昌玉とは特徴が一致しないわけです。つまり、瑞昌玉はAの一部ですが、Aの様々なタイプを瑞昌玉とは言えないのです。
さらに言うと、瑞昌玉はGymnocalycium stellatum var. kleinianumあるいはGymnocalycium quehlianum var. kleinianumと言われていますが、実際にはどの学名にあたるのかよく分からないというか、そうではないかと言われているだけなのかもしれません。
まあ、それだけで済めばいいのですが、実際には原産地の瑞昌玉と瑞昌玉と近しいとおぼしき仲間についての学名、G. stellatum、G. quehlianum、G. asterium、G. bodenbenderianum、G. riojenseといったギムノカリキウムは皆良く似ており学術的にも混乱しています。
G. quehlianumに統一?
『The World Checklist of Vascular Plants』 によると、1925年に命名されたGymnocalycium stellatum (Speg.) Speg.や1957年に命名されたGymnocalycium asterium A.Cast.は、1926年に命名されたGymnocalycium quehlianum (F.Haage ex H.Quehl) Vaupel ex Hosseusの異名としているようです。しかし、よく読むとレビュー中とあります。まだまだ議論があるようです。
そういえば、瑞昌玉だけではなく、竜頭や鳳頭、新鳳頭もG. quehlianumではないかと言われています。単純な個体差を園芸品種として固定したに過ぎないのでしょうか?

竜頭

鳳頭

新鳳頭
論文
2011年に『MOLECULAR PHYLOGENY OF GYMNOCALYCIUM (CACTACEAE) : ASSESSMENT OF ALTERNATIVE INFRAGENETIC SYSTEMS, A NEW SUBGENUS, AND TRENDS IN THE EVOLUTION OF THE GENUS』というギムノカリキウムの系統を調査した論文が出ました。その論文ではフィールドナンバー付きの原産地で採取された株を用いて遺伝子を解析していますが、瑞昌玉が所属すると考えられるTrichomosemineum亜属で示されているのはGymnocalycium quehlianumとGymnocalycium bodenbenderianumだけです。しかし、これは2種類しか調べていないというより、G. stellatumやG. asterium、G. riojenseを学名として認めずに2種に統合しているように思えます。まあ、それほど沢山の株を調べたわけではないようですが。
※論文ではGymnocalycium ochoterenaeが扱われておりませんが、ただ調べていないだけなのか、G. ochoterenaeを認めていない立場なのかはよくわかりません。
遺伝子解析と定規
一般的な話ですが、遺伝子解析する場合はすべての塩基配列を調べているわけではありません。大抵は数種類の遺伝子を解析します。目的によりますが、様々な植物で調べられていて実績がある遺伝子がチョイスされがちです。実は各遺伝子は同じスピードで変異しているわけではなく、変異速度は遺伝子ごとに異なります。例えば、重要な遺伝子ほど変異しにくくなります。これは葉・茎・根などの基本構造や代謝機能を司る遺伝子は、もし変異が入ってしまうと変異の種類によっては生育出来ないので、子孫に変異が伝わることがないからです。ただし、重要な遺伝子でも変異が入っても問題がない場合もありますが、いずれにせよ変異が入りにくい傾向があります。逆に変異が入りやすいのは、重複した遺伝子です。遺伝子のミスコピーにより同じ遺伝子が2つになることがあります。この場合、重複した遺伝子の片方があればその機能を果たすことができますから、もう一つは機能的にいらないので凄まじい勢いで変異が入ります。実はこれが新しい機能を持った新しい遺伝子の進化を引き起こすきっかけだったりします。
それぞれの遺伝子の変異速度は計算できますから、変異が早い遺伝子、変異が遅い遺伝子をある種の定規として目的により選択します。短期間に進化した、例えばここ1000万年で進化したグループに単位が大きい定規(変異の遅い遺伝子)で解析しても違いを捉えられないでしょうし、逆に何億年単位の進化を調べるのに短い定規(変異の早い遺伝子)で解析しても測定出来ません。
ですから、ギムノカリキウムの系統を調べた論文では、恐らくはギムノカリキウム属全体を調べるのに適した長さの遺伝子が定規としてチョイスされているはずです。しかし、進化の末端である、まさに今進化している種分化を見るためには、もっと短い定規が必要です。G. quehlianumの類縁種は急激に拡散して進化した、割りと新しい種と見なされています。つまり、現在は長い定規で計ったので、G. quehlianumとされる種の園芸上では区別されている個体差を判別出来ていないということになります。ですから、短い定規による測定が出来ていない以上、すべてがG. quehlianumとすることはまだ出来ないのです。もしかしたら、まだ細分化される可能性はありそうです。

瑞昌玉の花
G. quehlianumの経緯
果たして瑞昌玉の学名がG. quehlianumにあたるのかどうかわかりませんが、今は一応そうであると仮定して学名の経緯を見てみます。しかし、G. quehlianumの学名はかなり混乱しており、実にややこしいことになっています。
1925年 Gymnocalycium stellatum
(Speg.) Speg.
1926年 Gymnocalycium quehlianum
(F.Haage ex H.Quehl) Vaupel ex Hosseus
1957年 Gymnocalycium asterium A.Cast.
このうちG. quehlianumに集約されました。学名は命名が早いものが優先されますが、一見すると1925年に命名されたG. stellatumになりそうな気がします。しかし、G. quehlianumは1899年にEchinocactus quehlianum F.Haage ex H.Quehlとして命名され、1926年にギムノカリキウム属に移動しました。ですから、G. quehlianumが一番早い命名なので、これが正式な学名となっています。
ややこしいのはここからで、例えばG. occultum=G. stellatum subsp. occultum=G. bodenbenderianumだったり、G. stellatum var. zantnerinum=G. quehlianum var. zantnerinum=G. quehlianumだったりします。このように、G. quehlianum、G. stellatum、G. bodenbenderianum、G. asteriumあたりは、どれかがどれかの亜種や変種として捉えられて来た経緯があります。本当にややこしいのですね。
学術的にもまだレビュー中ですからまだはっきりしたことは言えません。しかし、中々こういうある種の"役に立たない(=産業利用しにくい=金にならない)"タイプの研究は中々進展しない傾向があります。ただの一趣味家に過ぎない私などからしたら、いつの日か研究が進み整理されることを願うしかありませんけどね。
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ラベルには"瑞昌丸"とありましたが、まあ瑞昌玉でしょう。サイズはまだ小さいため、最終的なトゲの強さはまだわかりません。ネットで瑞昌玉を探すと、たまにこのタイプが見つかります。
購入時は非常に弱トゲでしたが、新トゲは明らかに強くなっています。トゲはイボにあまり張り付かず、あまり瑞昌玉らしくありません。ただし、トゲの色は根本が赤く先端が白い典型的な配色。
肌は濃い緑色で、一般的に強光線に弱いとされる色です。実際、購入時に日焼けしてしまい、我が家の環境に慣れるまで1年かかりました。

次に千葉のイベントでサボテン専門のブースがあり、典型的な瑞昌玉があったので購入しました。
トゲはあまり強くないのですが、太く短いトゲがイボに張り付くように生える典型的な瑞昌玉。ただし、トゲに赤みがないタイプ。肌は艶消し状で緑色は淡い。
学名の謎
さて、瑞昌玉の学名について一席ぶつつもりだったのですが、これが中々どうして難しいのです。そもそも、日本のギムノカリキウムの園芸名と学名がリンクしていないという問題があります。これはややこしいのですが、事の経緯を説明します。
ここでは、仮想のギムノカリキウムとしてAという学名があったとしましょう。このAは産地によりいくつものタイプがあったとしましょう。しかし、これは良くあることなのですが、それぞれのタイプの間の産地には中間的な特徴を持つ個体も存在します。この時に、ある1タイプが日本へ輸入されてきました。このタイプに瑞昌玉という園芸名がつけられました。大抵、Aのある特徴を見て"瑞昌玉"としますから、種子を採った時に園芸上好ましい特徴が出たものを選抜していきます。
しかし、現在地のAは必ずしも園芸上選抜された瑞昌玉とは特徴が一致しないわけです。つまり、瑞昌玉はAの一部ですが、Aの様々なタイプを瑞昌玉とは言えないのです。
さらに言うと、瑞昌玉はGymnocalycium stellatum var. kleinianumあるいはGymnocalycium quehlianum var. kleinianumと言われていますが、実際にはどの学名にあたるのかよく分からないというか、そうではないかと言われているだけなのかもしれません。
まあ、それだけで済めばいいのですが、実際には原産地の瑞昌玉と瑞昌玉と近しいとおぼしき仲間についての学名、G. stellatum、G. quehlianum、G. asterium、G. bodenbenderianum、G. riojenseといったギムノカリキウムは皆良く似ており学術的にも混乱しています。
G. quehlianumに統一?
『The World Checklist of Vascular Plants』 によると、1925年に命名されたGymnocalycium stellatum (Speg.) Speg.や1957年に命名されたGymnocalycium asterium A.Cast.は、1926年に命名されたGymnocalycium quehlianum (F.Haage ex H.Quehl) Vaupel ex Hosseusの異名としているようです。しかし、よく読むとレビュー中とあります。まだまだ議論があるようです。
そういえば、瑞昌玉だけではなく、竜頭や鳳頭、新鳳頭もG. quehlianumではないかと言われています。単純な個体差を園芸品種として固定したに過ぎないのでしょうか?

竜頭

鳳頭

新鳳頭
論文
2011年に『MOLECULAR PHYLOGENY OF GYMNOCALYCIUM (CACTACEAE) : ASSESSMENT OF ALTERNATIVE INFRAGENETIC SYSTEMS, A NEW SUBGENUS, AND TRENDS IN THE EVOLUTION OF THE GENUS』というギムノカリキウムの系統を調査した論文が出ました。その論文ではフィールドナンバー付きの原産地で採取された株を用いて遺伝子を解析していますが、瑞昌玉が所属すると考えられるTrichomosemineum亜属で示されているのはGymnocalycium quehlianumとGymnocalycium bodenbenderianumだけです。しかし、これは2種類しか調べていないというより、G. stellatumやG. asterium、G. riojenseを学名として認めずに2種に統合しているように思えます。まあ、それほど沢山の株を調べたわけではないようですが。
※論文ではGymnocalycium ochoterenaeが扱われておりませんが、ただ調べていないだけなのか、G. ochoterenaeを認めていない立場なのかはよくわかりません。
遺伝子解析と定規
一般的な話ですが、遺伝子解析する場合はすべての塩基配列を調べているわけではありません。大抵は数種類の遺伝子を解析します。目的によりますが、様々な植物で調べられていて実績がある遺伝子がチョイスされがちです。実は各遺伝子は同じスピードで変異しているわけではなく、変異速度は遺伝子ごとに異なります。例えば、重要な遺伝子ほど変異しにくくなります。これは葉・茎・根などの基本構造や代謝機能を司る遺伝子は、もし変異が入ってしまうと変異の種類によっては生育出来ないので、子孫に変異が伝わることがないからです。ただし、重要な遺伝子でも変異が入っても問題がない場合もありますが、いずれにせよ変異が入りにくい傾向があります。逆に変異が入りやすいのは、重複した遺伝子です。遺伝子のミスコピーにより同じ遺伝子が2つになることがあります。この場合、重複した遺伝子の片方があればその機能を果たすことができますから、もう一つは機能的にいらないので凄まじい勢いで変異が入ります。実はこれが新しい機能を持った新しい遺伝子の進化を引き起こすきっかけだったりします。
それぞれの遺伝子の変異速度は計算できますから、変異が早い遺伝子、変異が遅い遺伝子をある種の定規として目的により選択します。短期間に進化した、例えばここ1000万年で進化したグループに単位が大きい定規(変異の遅い遺伝子)で解析しても違いを捉えられないでしょうし、逆に何億年単位の進化を調べるのに短い定規(変異の早い遺伝子)で解析しても測定出来ません。
ですから、ギムノカリキウムの系統を調べた論文では、恐らくはギムノカリキウム属全体を調べるのに適した長さの遺伝子が定規としてチョイスされているはずです。しかし、進化の末端である、まさに今進化している種分化を見るためには、もっと短い定規が必要です。G. quehlianumの類縁種は急激に拡散して進化した、割りと新しい種と見なされています。つまり、現在は長い定規で計ったので、G. quehlianumとされる種の園芸上では区別されている個体差を判別出来ていないということになります。ですから、短い定規による測定が出来ていない以上、すべてがG. quehlianumとすることはまだ出来ないのです。もしかしたら、まだ細分化される可能性はありそうです。

瑞昌玉の花
G. quehlianumの経緯
果たして瑞昌玉の学名がG. quehlianumにあたるのかどうかわかりませんが、今は一応そうであると仮定して学名の経緯を見てみます。しかし、G. quehlianumの学名はかなり混乱しており、実にややこしいことになっています。
1925年 Gymnocalycium stellatum
(Speg.) Speg.
1926年 Gymnocalycium quehlianum
(F.Haage ex H.Quehl) Vaupel ex Hosseus
1957年 Gymnocalycium asterium A.Cast.
このうちG. quehlianumに集約されました。学名は命名が早いものが優先されますが、一見すると1925年に命名されたG. stellatumになりそうな気がします。しかし、G. quehlianumは1899年にEchinocactus quehlianum F.Haage ex H.Quehlとして命名され、1926年にギムノカリキウム属に移動しました。ですから、G. quehlianumが一番早い命名なので、これが正式な学名となっています。
ややこしいのはここからで、例えばG. occultum=G. stellatum subsp. occultum=G. bodenbenderianumだったり、G. stellatum var. zantnerinum=G. quehlianum var. zantnerinum=G. quehlianumだったりします。このように、G. quehlianum、G. stellatum、G. bodenbenderianum、G. asteriumあたりは、どれかがどれかの亜種や変種として捉えられて来た経緯があります。本当にややこしいのですね。
学術的にもまだレビュー中ですからまだはっきりしたことは言えません。しかし、中々こういうある種の"役に立たない(=産業利用しにくい=金にならない)"タイプの研究は中々進展しない傾向があります。ただの一趣味家に過ぎない私などからしたら、いつの日か研究が進み整理されることを願うしかありませんけどね。
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